第15話
姿を現したスキュラクラーケンの体は黒こげになりかけ、ところどころ炎上しておりボロボロだ。
八本あった蛇頭はすでに二本しか残っておらず、どちらも傷ついている。
かなりの大ダメージだ。
一方カレンは、海上で片膝を着き、肩で息をしながら呼吸を整えていた。
銃杖を手にしたまま指で引っ掛けるようにして、ポーションの小瓶を取りだし、蓋に歯を立てて無理矢理開けてから一気に煽る。
MPの回復ポーションだ。
しかも店売りアイテムとしては最高級グレードの奴である。
これ一本でもラ・エルサ大金貨十枚(=約一千万円)という超高額ポーションだ。
レベルが一桁のPCなら、大抵鼻血を吹くほどMPが回復するが、高レベル魔導師であるカレンの最大MPの三分の一ほどしか回復しない。
飲み干して空になった小瓶を小袋へと放り込み、カレンはさらに移動する。その反対側では、スノウがカレンを援護するように牽制攻撃を続けていた。
【リピートプロジェクション】で剣を再度作り出し、さらに撃ち出していく。
その様は、さながら剣を弾丸としたガトリングガンのようでもある。
その連続射撃を受けるスキュラクラーケンも、ただの的ではない。
スノウの方へと蛇頭をひとつ向け襲いかかる。
幌着き馬車ですらまるごと飲み込めそうなほど巨大な顎が、剣を撃ち出すエルフ少女へ迫る。
しかし彼女は慌てた様子もなく、左手から剣を撃ち出しながら右手に持った翠の魔剣を振るった。吹き荒れる風が蛇頭を一瞬押し止め、剣の群れが鼻先に着弾して炸裂した。
その隙にスノウを乗せたサーフボードは滑るように離脱した。
そこを狙ったかのように、巨大な蟹鋏が振り上げられた。
迫るそれに一瞬目を見開くが、逆巻く風が、水のサーフボードを空中へと巻き上げた。
空中で回転しながら鋏を躱すスノウ。波しぶきの激しい海にうまく着水しながら遠ざかる。
そのまま右手を横に振って反転する。その腕の残像が残った。
否、そこにあるのはまたもや剣。幻影の剣が七本、等間隔に並んで出現していた。
「行けっ!」
スノウの指示に従い、幻影の剣が飛翔する。
【マテリアライズイリュージョン】のスキルで実体化されたそれは、鋭い輝きを曳きながらスキュラクラーケンの巨大な鋏へ向かう。
この剣を射出する攻撃は、魔法ではあるが、射撃攻撃として扱われる。
そして、スノウの纏う“ヘスペリアの戦鎧”は、射撃攻撃に大きなボーナスがある鎧だ。
先ほどまでの連射にしても、まるで砲弾を連射するがごとき威力だ。
次々に着弾し、鋏が爆煙に包まれた。
だが、煙が晴れた先に見えたのは、煤が着いた程度のダメージしか受けていない鋏だ。
「嘘っ?!」
その事実に驚くスノウ。その足下に影が迫る。
「っ!」
ざわりとした悪寒に身を翻す。その瞬間、海中から巨大な蛇頭が大口を開けながらスノウを飲み込まんと出現した。
鋏に気をとられた隙に、蛇頭を海中から接近させてきたのだ。
これを間一髪で避けたスノウは、仕切り直すために距離を開ける。
そこへ、スキュラクラーケンが本体を持ち上げてクチバシのような口腔を見せた。
刹那、そこから水流が発射される。
「っ!? フィアフェアリーっ!」
意表を衝かれながらも、なんとか翠の魔剣を振るった。剣は風へと変じ、水流を迎え撃つ。
一瞬の均衡。
そして風は水流に打ち砕かれて霧散した。
だが、稼げた一瞬はスノウに機会を与えた。
水流のブレスの射線から逃れながら、左腕に配された剣群を撃ち出していく。
スキュラクラーケンはすぐさま本体を降ろして口腔を海中に隠してしまった。
単調な攻撃だったのが、行動が変化した。ネームドモンスターは残りHPによって行動や攻撃方が変化することも珍しくない。
八本あった蛇頭が二本まで減らされたことも無関係ではないだろう。
そして、攻撃が激しくなったということは、こちらの攻撃によってスキュラクラーケンが追い詰められている証拠だ。
スノウは軽くくちびるを舐め、不敵に笑った。
カレンもまた、戦闘が順調に推移していることを感じていた。だが、自身のMP消費が激しすぎる。
減ったMPを最高級のポーションで回復させているが、二本目を飲んで三分の二まで回復した。
しかし、最高級だけあって数は少ない。この二本で打ち止めである。
標準グレードのMP回復ポーションなら数を保持しているが、その回復量は、最高級の十分の一程度だ。
非戦闘時に時間をかけ、がぶ飲みして回復するには良いが戦闘中に回復させるには手間が掛かりすぎる。
スキュラクラーケンの状態から本番はこれからだ。
最大火力のスパイラルストームフレアはあと二回しか使えないだろう。
手数で勝負するか、一撃の威力に賭けるか?
その判断は難しいところだ。
戦力がふたりしかいないというのも問題だ。
スノウもカレンも、防御型キャラではないし、回復キャラでもない。どちらも攻撃役だ。
カレンはある程度ポーションの作成が出来るため、そちらで回復を賄えるが、本職に比べれば格段に劣る。
高い火力でダメージを与えている辺り余裕そうに見えるが、実は速攻で仕留めなければ敗北必至の綱渡り状態なのだ。
故に、カレンは火力を選択する。
この巨大な敵を打ち倒すために。
カレンの足元に魔力の光で描かれた魔法陣が展開した。
使用する魔法を強化する【サークルエフェクト】のスキルである。
「“天を灼き、地を焦がす獄炎よ! 我が意に従い百竜と化し敵を討ち滅ぼせ!”」
カレンが言霊を紡ぎ、魔法陣が回転を開始し、魔力を集束し始めた。
さらに二丁の銃杖の先にも魔法陣が展開し、こちらも魔力を集束していく。
カレンはそれをスキュラクラーケンへ向け、銘を解き放った。
「【ハイドラバースト】っ!」
言霊に導かれ、銃杖から炎の竜が撃ち出された。
それは百にも及ぶ炎の竜の群れと化し、スキュラクラーケンへと襲いかかった。




