第14話
スキュラクラーケンに向けて走り出したスノウは、そのまま海へと脚を沈めていく。
そして蒼い魔剣を海面に突き込んだ。すると蒼い魔剣はその先端から海水を吸い上げて体積を増やしていく。そして剣先から下に水で出来た大きな笹の葉状の板を作り上げた。それは水で出来た透明なサーフボードのような姿で、スノウを乗せて浮かび上がる。
「お願いね」
スノウのその言葉に、サーフボードの先端と剣先が繋がったままの蒼い魔剣の柄が仄かに光を発した。
そして、サーフボードは前方から海水を吸い上げ、後方に噴出させる水流ジェット推進のような方法で移動を始めた。
その速度は人が走る程度だが、水上移動できる点を考えれば、有用だ。
そのままスキュラクラーケンを目指し、スノウは蒼い魔剣から手を離し、コントロールを魔剣に宿る意思に任せると、スキュラクラーケンを見つめる。そんな彼女の左手が突然現れた真っ赤な炎に包まれた。炎が剣の形となり、魔剣と化す。
エルフと炎の相性は必ずしも良くはない。
しかしながらスノウは、魔剣に宿った妖精との絆のお陰で、この炎の力が宿った紅い魔剣を自在に操れる。
スノウはその紅の剣先をスキュラクラーケンに向けた。
「“祖は幻。夢うつつの内に在りしモノ。その身を映し出し、この世に現出せん”!」
紡がれた言霊に従い、スノウの左腕沿うように、幻影が現れた。
その姿は剣。それが次々に現れ、スノウの左腕をぐるりと囲むように空中にとどまる。
【クリエイトイメージ】の魔法スキルによる幻影の剣である。
その数、七本。自身のレベルが10を越えるごとにふたつ増やせるためトータル七つとなる。幻影の精度を向上させるパッシブスキルの【ミラージュアーティスト】が最大のスキルレベルあるため、その幻影は精緻の一言につきる。
そしてスノウが、さらにスキルを使用する。
「【マテリアライズイリュージョン】!」
声に応えるように、幻の剣は次々に実体化した。
幻影の実体化スキル。
イリュージョニストのスキルの中では、最大レベルの【ミラージュアーティスト】をはじめとして前提スキルの多いかなり上位に来るスキルだ。
「フィアフェアリー! お願いっ!」
スノウの意思に応えるように紅い魔剣が炎を噴き上げた。それが実体化した幻剣にまとわり付き、七つの剣が炎の剣となる。
「シュートっ!」
掛け声と共に実体化した炎の幻剣が、スキュラクラーケンに向けて次々に撃ち出された。スノウの装備魔術、“ソードシューター”の効果により、刀剣を投射しているのだ。
着弾した炎の剣が、次々に爆発し巨大な蛇頭にダメージを与えた。
【ラピットショット】と【ブラストミラージュ】によるダメージ強化により、高いダメージを叩き出している。
そして、射出された剣は【リピートプロジェクション】というスキルで再度セットされる。
この【リピートプロジェクション】は、【クリエイトイメージ】で作った幻影を再投影するというスキルだ。MPコストはそこそこあるが、“ヘスペリアの戦鎧”が内包する潤沢な魔力量が負担を軽くしてくれる。
“ヘスペリアの戦鎧”の保有MPは四つの部位それぞれを合わせれば、戦士職であるスノウの最大MPに匹敵する。
つまり、現在のスノウは同レベルキャラの二倍のMPを保有していることになる。
それは魔法攻撃職であるカレンのMP保有量に匹敵するほどだ。
ただし、戦鎧が保有するMPは自然回復以外で回復しない。
TRPGのルール上ではシナリオ中は一切回復せず、次のシナリオの頭で回復することになっている。
現実となった今、いつ回復するかわからないが、スノウはためらうこと無く使っていく。
出し惜しみをして勝てるほどスキュラクラーケンが甘い相手では無いことをスノウはよく承知している。
ネームドエネミーのHPは、PCであるスノウの十倍以上はあるはずだ。
高い火力で攻撃を繰り返さなければ、撃破はおぼつかないだろう。
それでも、スノウは恐れることもなく疾走する水のサーフボードに立ち乗りしたままカレンとは反対側へ移動しながら攻撃を続けた。
巨大な蛇頭が一本、力を失いって海面を叩くように落ち、海中に没した。
こうなるとスキュラクラーケンは、スノウにも注意を払うようになる。そしてそれはカレンが待っていた瞬間だ。
「……待っていましたわ!」
素早く呪文を唱えて、スパイラルストームフレアを準備する。さらに魔力を追加消費してダメージを向上させるスキル、【チャージマジック】を使用し、炎の槍は、丸太のように太くなる。
「ふうっ、はあっ……」
残るMPのほとんどを費やしたカレンは、玉のような汗を流し始め、息は荒くなる。
MPは精神力にも直結している。消費しすぎれば精神的疲労は無視できないほどだろう。
それでも、限界まで魔力をこの魔法に込めたことで、スパイラルストームフレアは破城鎚のごとき太さとなり、高速回転を続けている。
さながら巨大な炎のドリルである。その威圧感に気づいてか、スキュラクラーケンの蛇頭が一本、カレンの方を向いた。
だが。
「……もう手遅れですわ」
にやりと笑うカレン。
その脅威に、蛇頭が三本まとめてカレンに襲いかかった。
同時にカレンが巨大な火炎のドリルを撃ち出した。
カレンの体が反動で後方へと飛ぶ。
そして、炎の破城ドリルは蛇頭のひとつを穿ち砕き、他の二本を抉り削ぎながら、さらにスノウの方に注意を向けていたもう一本を貫いて大爆発を起こした。
巨大な爆炎が、スキュラクラーケンの巨体を覆い隠さんばかりに広がった。
世界が震えたかと錯覚するほどの重低音が空気を揺らしながら響き渡る。
そして衝撃で海面が半球状にへこみ、ちょっとした津波が海岸線を襲った。
「すごっ?! うわっと」
その瞬間を目撃したスノウは、驚きに目を見開いた。
直後に襲ってくる衝撃波を翠の魔剣のエアカーテンで相殺しつつ、一時的に荒れた海上で転倒しないようにバランスをとった。
そんな状態を作り上げた巨大な爆炎が薄れゆくと、スキュラクラーケンの巨大な姿が現れた。




