第13話
カレンが必死にスキュラクラーケンを引き付けている間、スノウは遊んでいたわけではない。
スノウ本来の戦闘能力を発揮させるため、彼女はキャラクターシートとにらめっこしていた。
データを閲覧したいと念じたところ、目の前に現れたのだ。
「えと、各装備を装備させて……」
どうしたら良いか分からずに、キャラクターシートにスノウが触れると、中空に光る鉛筆が現れた。
「まさか……これで書き込むの?」
驚きながら鉛筆を手に取り、所持品欄にあるスノウの魔法武具を確認し、装備欄に名前を書き込んだ。
すると、所持品欄にあった名前が消え、装備欄にそのアイテムによる修正が現れた。
「……全部書く必要は無いんだ。ちょっと便利かも」
言いながらメインの防具や装身具を装備させていく。
装身具とは言ってもただのアクセサリーではなく、れっきとした魔法具だ。
ほどなく武装を終えると、装備魔術も選び始める。
「……装備魔術は……“ソードシューター”に、“ブレイドスケイル”。それから“トリプルブーストフィジカル”……っと違う違う、“カースディストラクション”だ」
装備魔術は、身に帯びる魔法である。
攻撃や防御、身体強化など様々な効果を文字通り装備するのだ。付け替えは自由だが、MPの上限が低下する弊害があり、強力なものほど低下する量は多くなる。
それでも、強化魔法を事前に掛けておくくらいには強力で、後から普通の強化魔法をかけても効果が重複する。
高レベルで、MP成長値にボーナスがあるエルフ族であるスノウならば、かなり強力なものを装備しても余裕がある。
反面、エルフはHP成長値が低いので、同レベルの前衛戦士系と比べると耐久力で劣るのだが。
とは言っても、そこは高いレベルを擁するキャラクター。
魔法職に比べればかなり高いと言えよう。
そして、スノウは全身に自分のメイン装備を身に着けた姿となった。
「よしっ!」
すべての装備がきちんと装備されているのを確認し、スノウはひとつ頷いた。
まず、体を守るのは胸甲。スノウの大きな女性の象徴をしっかり包み込んだそれは、まるで生い茂る森林のように深い、しかし瑞々しいほどの深緑。
その素材は金属では無かった。
常緑神ヘスペリアの加護を受けて、大量のマナを内包した世界樹。
その若い葉と新鮮な樹皮が材料だ。
若いだけあって生命力に溢れ、マナを多く秘めた葉を魔法加工し、樹皮を魔力を用いて枯れない内になめして仕立てあげた特殊な鎧である。
所々にある青いクリスタルは、水穣神レーネアの加護を得た水を固めて作り出したクリスタルであり、この鎧の生命力を支えている。
そう、この鎧そのものが、ひとつの樹木、いや森のようなものなのだ。
そして、ヘスペリアに創造されたエルフは、植物や森林と共にあることでボーナスを得る。
さらに鎧の持つ強い生命力と、大量のマナにより、スノウのパラメータが大きく上昇した。
次いで手足を守るのも、胸甲と同じく、世界樹の若い葉と樹皮。芸術品レベルの細工が施されたそれは、スノウの細い腕や脚にしっかりフィットしている。
そして、頭には絡み合った蔓と左右三枚ずつの葉をあしらい、正面中央に青いクリスタルを据えたサークレット。
装備箇所としては、頭、胴体、腕、脚の四ヶ所。
これらはすべて同じ系列の防具で、“ヘスペリアの戦鎧”と呼ばれるアーティファクト級の防具だ。
それぞれに異なる特殊効果を持つ上、シリーズ四点セットをすべて装備する事でセット効果という追加効果を発揮する。
それは、常緑神ヘスペリアの象徴武器でもある弓にちなんだ、射撃系攻撃への高いボーナス効果だ。
しかし、スノウが持つ武器は四本ひと組の魔剣フィアフェアリーシスターズのみ。
このボーナス効果がどう発揮されるのか? 興味は尽きない。
他にもスノウは、蔦と宝石で出来た指輪や木製の腕輪。露出した太ももには左側だけ細長い葉を巻き付けたようなガーターリング。
そして首周りには紅玉の着いたチョーカー。
どれもこれも様々な高い効果を内包した魔法の品である。
これらの品々だけでそこそこの国が傾くほどの金額になるような、世界に一点ずつしかない稀少な魔法具だ。
それらの特殊効果を受けて、スノウの戦力は先ほどまでの数十倍にまで高まる。
金髪のエルフ少女が、海上で銃使いへと攻撃を仕掛ける巨大獣魔を見やる。
そしてスノウが左手を横に挙げると、村の方から青い光が飛来した。
それは、小さな瓶一本分ほどの水である。
それが、まるで生き物のようにうねりながら飛翔し、スノウの左手へ。
たちまちの内に水が剣の形を取ったかと思うと、フィアフェアリーの一本である蒼い魔剣に姿を変じた。
「……えと、“我が姿、そこに無く、またそこに或。我が影、彼の地にて現さん”【ホロヴィジョン】」
スキュラクラーケンから目を離さずに、スノウはイリュージョニストの魔法スキルを使用した。
遠方に幻影の映像を写し出す魔法だ。
すると、ざわめいていた漁村の上空に、スノウの姿が映し出された。
スノウは右手の翠の剣を逆手に持ち換えると、その柄を口許へと近づけた。
『みんな、すぐに避難して! 巨大な獣魔が上陸しようとしてるの! あたし達があいつを引き付けている間に、少しでも遠くへと逃げて!』
翠の魔剣の風に声を乗せて告げるスノウに、村人達は一瞬ざわめくが、すぐに落ち着きを取り戻して避難を開始した。
スノウは狙ったわけではないが、戦将の【ライオンハート】と【ブレイブアーミーズ】の効果である。
奇しくも恐慌状態などを無効化する効果が、村人達を恐怖から守ったのだ。
そんなこととは露知らず、スノウは【ホロヴィジョン】を解除してスキュラクラーケンを睨み付けた。
「……いくよ」
静かに、しかし力強く呟いて、スノウは走り出した。




