第12話
炎弾で引き付けたカレンは、そのまま自身へと【ファストエンチャント】を使用して【ウォーターウォーキング】の魔法スキルを使用した。
【ファストエンチャント】は、魔法スキルひとつを即座に使用するスキルだ。ゲームでは、戦闘中の時間単位である一ラウンドに一回しか使えないスキルである。
アールシア戦記TRPGの戦闘での時間単位である一ラウンドは、約三十秒。
つまり、【ファストエンチャント】は後三十秒使えないことになる。
一方で【ウォーターウォーキング】は水上を歩行できるようになる魔法スキルだ。これは戦闘シーン中効果が持続するが、現実となった今では時間では解除されず、キャラクターが戦意を持っている限り持続する。
カレンはその効果を頼んで海の上へと飛び出した。
軽い水音をたてて海面に着地すると走り出す。その足が、海中へと没することはなく、彼女は波紋を作りながらスキュラクラーケンの左側へと回り込んだ。
彼女が両手に一丁ずつ構えた銃杖は攻撃魔法の使用に適した魔術補助具だ。
短杖から改良されて生まれたものだが、今はひとつの武器として完全に独自運用されているほど浸透している道具だ。
火薬の無い設定のアールシア戦記TRPGにおいては、大砲や銃器が発展する余地はなかったが、魔法攻撃を銃撃に見立てて拳銃に似た道具である銃杖が開発された設定になっている。
もともと短杖は魔術の焦点具として、魔力集束やターゲット能力に優れたものだが、これをさらに追求して銃杖という形になったのだ。
これが浸透した結果、他に長銃槍や、爆射杖などといった派生種も増えている。
カレンがサブクラスに指定している銃使い《ガンスリンガー》というクラスは、これらを銃杖とその派生種を扱うことに特化したクラスである。
メインクラスが魔術師の上位クラス、魔導師である彼女は、本来の呪文を唱えて魔術スキルを使用することも可能だが、この銃杖を使用することで即座に攻撃可能となる。
銃使い《ガンスリンガー》をサブクラス指定しているということは、より戦闘よりの魔法使いであることの証左だ。
その例に漏れず、カレンが炎弾を次々に撃ち放ち、スキュラクラーケンの体に着弾していく。
巨大な獣魔に対し、炎弾は小さく見えるが、カレンとてスノウには劣るが、高レベルのキャラクターだ。
その一発一発に込められた破壊の魔力はかなり高い。
命中した炎弾が炸裂し、スキュラクラーケンの蛇頭のひとつが大きくのけ反る。
それを見てカレンが素早く呪文を唱えた。
「“疾走する炎群、火竜の息吹。すべてを焼き尽くす焔の嵐と化せ”」
二丁の銃杖の先端に位置する宝玉の先に、赤い魔法陣が出現し、回転し始め、炎が点る。
「“その嵐、螺旋のごとく敵を貫かん”!」
呪文が完成し、カレンが二丁の銃杖をスキュラクラーケンへ向けた。すると二つの炎が逆巻き、絡み合って巨大な炎の槍と化し、回転を始めた。
「“スパイラルストームフレア”っ!!」
魔術の銘を解き放つことで、魔法が完成する。
そして、回転速度が急激に上がり、甲高い音をたてながら炎の槍が二丁の銃杖の間から射出される!
それが、蛇頭の一本に命中し、固い鱗を抉り穿ち、貫通する。
「“ブラスト”!」
カレンのコマンドワードが木霊した瞬間。炎槍が光輝き膨張して、爆発した。
特大の花火が炸裂したような重低音とともに蛇頭が爆炎に包まれた。そして、頭を失った一本が力を失い崩れ落ちて海面を叩いた。
上位魔法スキル【ストームマジック】と【エレメントスペル:火】、【スパイラルピアサー】、【バーストマジック】、【ブラストインパクト】などといった複数のスキルを併用したカレンの切り札のひとつだ。発動難度が高いため呪文を唱える必要があるが、その威力は折り紙付きだ。
ただ、この一発で、カレンのMPが三分の一は消し飛んだ。
魔法攻撃職として高いMP保有量のある彼女をして、それほど消耗する魔法攻撃。
しかし、それを以てすら八本ある蛇頭のひとつを破壊したに過ぎない。
このような巨体のモンスターは、複数の部位に分けられていることが多く、それぞれがHPを持ち、本体への攻撃を阻害する効果の特性を持っていることがしばしばだ。
スキュラクラーケンもその例に漏れない。
こういった敵を相手にする場合、広範囲を一気に攻撃できると楽になる。阻害される本体以外の複数の部位にダメージを与えられるからだ。
しかし。
「……わたくしの広域攻撃魔法で焼ききれるかが問題ですわね」
そう、これほどのモンスターであれば、雑魚系モンスターとは違い部位毎のHPが高くなる。
先程使用したの魔法はカレンの最大火力というべき魔法だ。
広域攻撃魔法は単体攻撃魔法に比べれば火力で数段劣るのが常識。
最大火力で首一本落とすのがやっとという状況では、広域攻撃魔法では首の一本一本も落としきれないだろう。
カレンは唇を噛んだ。
しかし、立ち止まるわけにはいかない。
首を一本落とされ怒りに燃えるスキュラクラーケンは、まずカレンに狙いを定めたようだ。
波を立てながらその巨体がカレンの方を向く。
「……く、それでも囮の役目は果たせましたわね」
大きく波打つ海面に、転ばないようバランスを取りながらカレンは向こうを見た。
不思議な雰囲気のエルフ少女。
彼女がいるだけで、カレンの心は恐怖と絶望にすり潰されることなく立ち向かう勇気を得られている。
スノウのメインクラス、戦将のパッシブ《常時》発動スキル【ライオンハート】と、
同じくパッシブスキル【ブレイブアーミーズ】の効果だ。
【ライオンハート】は、自分への“恐慌”をはじめとする精神的状態異常を無効化できる。
さらに【ブレイブアーミーズ】はこの【ライオンハート】をはじめとしたいくつかのパッシブスキルの効果を味方全員と共有する強力なスキルだ。
当然【ブレイブアーミーズ】の取得には、複数の前提スキルが必要となるが、高レベルキャラであるスノウは問題無く取得している。
それらの効果を受けつつカレンはスキュラクラーケンへの攻撃の手を緩めない。
時間を稼いで欲しいと言ったスノウの言葉を信じて。




