その4
さて、あれから数ヶ月経ったのだが・・・
私は弓道場にいた
どうしてこうなったかと言えば運命の悪戯だとかある神が気紛れで起こした事態とか・・・という訳ではない
単に刀剣や銃の類を扱う技能が壊滅的だっただけである
刀剣を振ればお約束と言わんばかりに手から離れて吹っ飛んでいき、背後にいた訓練生らしき人の頭に突き刺さり、銃を手にすれば何故かまた背後にいた訓練生らしき人に全弾命中していた
これはこれで凄い気がしなくもないが、実戦でこんなことになっては洒落にならないし、まさか敵に背中を向けたまま戦うわけにもいくまい
因みに頭に刀剣が突き刺さった上に手持ちの短機関銃の弾を全て喰らった人はいつもこうなるらしい
周りで誰かが失敗を起こすとその厄災が一斉に降りかかるから禍津日とか周囲から呼ばれている・・・とのこと
厄災の神様が自ら厄災を被るとかどういうことだとか気にしてはいけない
ともかく、永琳と訓練所の指導員さんは揃って頭を抱えていた
次いで連れられてきた弓道場では全身隈無く西洋の鎧のような防具を身に纏った永琳が師範となって教えてくれたのだが、今度はどういう訳だか最初の数発を除いて的の中央に全て命中していた
とりあえず近くにいた他の訓練生の外れた顎を蹴って元通りにしながらこっちを向き直った永琳が「凄いわね・・・」と感心していた
そして話は暴投もとい、冒頭に戻る
なんでも、そう遠くない将来に妖怪の集団が攻め入ってくるらしい
なぜそんなことになるのか、と永琳に訊いたら少し考えてから
「貴女もこの都市の周りの森の妖怪を殲滅していることは知っているでしょう?
それで、当初は散発的に攻撃を仕掛けてきていた妖怪達も知恵を付けたのか、集団で行動するようになってるって報告されてるの
遭遇率は前よりもずっと低くなったけれど、代わりに見かけるときは大抵数十の個体が集まって行動してて、こっちの人間を見かけても、威嚇こそすれど攻撃まではしてこないんだって」
「それって妖怪が攻撃を諦めただけなんじゃないの?」
「それがそうでもないの
こっちから攻撃を仕掛けると、あっちも集団を生かして確実に倒しに来るそうよ
だから掃討部隊も前ほど手を出せなくなってるんだって報告が上がってるわ」
成る程、道理で最近兵士の募集が頻繁に行われている訳だ
街頭での広報活動のみならず、弓道訓練場にもそれっぽい人が来ている
・・・尤も、私に気づいた瞬間に明後日の方向を向いて見なかった振りをしていたが
最近は弓道場に出入りしている男の人と言えばその勧誘に来る兵士さんか師範代の人しか居らず、訓練していても明らかに人が減ったのが分かるのだ
此処へ来たばかりの頃のバタバタしていた感じもここ最近は落ち着いていたため、与えられている自室で物思いに耽ることが多くなった
昼間は青い空に白い雲がたなびき、夜は星空が広がり、日によっては月のようなものも見える
つまり、ここは地球だと考えてもいいのだろう
事実、僅かに形が違ったりするものの夜空には見覚えのある星座が幾つも浮かんでおり、月の模様は私も見覚えのあるものだ
・・・尤も、記憶にある月よりは随分大きく見えている気もするが
そして、気になるのがこの都市とその周りだ
この都市の外れには僅かに開拓されていない平原がある他は都市の何倍にもなる森林が広がっている
その外は出たことがないが、そもそもこのような発展した都市があるのはここだけなんだという
つまり、この森の外は未だに原始が転がっている・・・ということだ
ここが地球であるならば、今は私の知る時代よりも遙か昔なのだろう
そして、都市の中にも気になることはある
此処にいる人間は必ず、多かれ少なかれ霊力の様な物を持っているのだ
少なくとも、私の知る世界ではこんなことはなかった
不特定多数の人間が集まるところですら、微弱な霊力を持った人間を探すのが精一杯だったのだ
そして何より・・・永琳
彼女に限らず、ここに居る人間は黒や茶、金やブロンドの髪を持つ者の方が少数で、大多数はフィクションの中でしか見られないような色の髪を持つ者なのだ
訊けばこれでも地毛なのだという
そして、落ち着いて周りの人間を見てみれば、皆どこかで聞いたことのある名前ばかりなのだ
つまり、十中八九東方projectの世界に入り込んでしまったと考えてもいいだろう
なぜ私が異端な存在と化したは知らないが、少なくともあの画面を見たとき、引きずり込まれるような感覚があったことからも間違いなく本来別々であるはずの2次元と3次元が交わってしまった、というのが私がここ数日で出した結論だ
・・・私の居なくなった外の世界はどうなっているのだろうか
もしかしたら家族が心配して捜索願を出しているかもしれない
それとも私が2次元に引き込まれるというイレギュラーが起こって外の世界も時が止まったか、若しくは事実の改変が起こったのかもしれない
家族や友達から私が忘れられるのは・・・嫌だな
そんなことを考えているうちに眠りに落ちたのか私の意識がふと浮遊感に包まれる
周囲は白い霧に包まれたかのように何も見えないのだが、何処かに向かっているのは何となく分かる
やがって減速するような感覚の後、前方の霧だけが薄まったようにぼやけた景色が広がる
そこには見慣れぬ男の人が病院のベッドのようなところで眠っており、周りにいる男の人の家族らしき人たちが何か必死に叫んでいるように見える
だが、それが音として私に届く前に私の意識が後方に引っ張られ、周囲が黒く染まる
気が付くと、目の前には私と瓜二つの女性が居た
彼女も私に向かって何か訴えかけている様に見えるのだが、何も聞こえない
『詞!?』
気が付くと、私は自室のとは異なるベッドに寝かされていた
さっき私の名前を呼んだのは・・・ああ、永琳か
「心配したのよ、お夕飯の時間になっても部屋から出てこないし、ノックしても返事がないから入っていったら息も心臓も止まってたんだもの」
ああ、あの浮遊感は夢を見ていたのだと思ってたけれど、あれが死の間際に見る夢だったのか
漫画でしか読んだことがなかったからまさか自分の身に降りかかろうとは思いもしなかった
その後、白衣を着た男の人がどうやって蘇生させたかを説明していたのだが、殆ど耳に入らなかった
ぼーっとしているうちに話は終わったらしく白衣を着た男の人が出て行き、私は1人にされ・・・いや、万が一が起きないように監視係の人が居た
食事はどうするか、と訊かれて時計を見る
・・・もう遅い時間だな
お腹も空いていないので断ると、素直に引き下がった
・・・彼女は知らぬことだが、『その時』は確実に近づいてきていた
前半はコメディ調だったのに後半はシリアスに喰われるという謎の事態に
思いつきなら仕方がない