漫画風の世界
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こんな夜遅くに出掛けたのは久しぶりだった。
僕は健全なる女子高校生をやっていて、更には帰宅部。
日が暮れた後に外出することなんて友人と遊ぶときくらいだ。
スカートを撫で上げる晩秋の夜風が冷たい。
それにしてもこんな下らない事を日本語で僕は思考しているわけだが、やはりアメリカ人は英語で思考するのだろうか?
英語で思考するならば、テレパシーや読心術を使えても、英語が理解できなければアメリカ人の考えていることは理解できないのではなかろうか?
だが僕は日本人なので、こんなことを考えている時にテレパシーや読心術を持った日本人に出会ったりしたら、変な人だと思われてしまうだろう。
まぁ、僕がそういった類いの人間だけれど。
さて、超能力とも言うべきこのチカラを僕はこれを読んでいる皆さんに説明しなければならない。
これはテレパシーや読心術ではない。
その前に説明すべきこと。僕は耳が全く聞こえない。そもそも音と言うべきものを知らない。
しかし、僕が耳を聞こえないと知っている人はいない。僕自身も一年前まで知らなかった。
何故か。
ここで本題である僕のチカラ。
{コミックスタイル}とでも名付けようか?
僕の視界には、音という音全てが文字で映る。
人の話し声は吹き出しが出てそこに文字が映り、効果音なども擬音語として見えるのだ。
あたかも漫画の様に。
例えば、人がしゃべったら口から吹き出しが飛び出してきてそこに文字が映るわけだ。
他人からしたら珍しいであろうこのチカラ。
残念ながら僕は何とも感じない。
僕にとってはこれが普通だから。
閑話休題。
このチカラがなぜテレパシーや読心術のようなものになるのか?
簡単に言えば進化したのだ。
一昨日に。
確かに元々は音が僕の視界には文字として映るというだけのチカラだった。
その事実に相違はない。
それはこの{コミックスタイル}の進化の歴史を紐解けば分かるだろう。
{コミックスタイル}の話を少しだけしよう。
僕は幼い時は寡黙だった。
いや"寡黙"ではなく全く一言も喋らなかった。
何故なら音が聞こえないのだ。
当たり前であろう。
それが今ではちゃんと喋れる。
何故か?
僕が予想するにテレビの影響ではないかと思うのだ。
僕の家庭では一日中テレビが点いていた。
更に言うと字幕と人の唇の動き。
これによって一応は人の喋っていることは理解できるようになったのだろう。
この時の僕の年齢は確か4歳程度だ。
僕の4歳の誕生日の記憶の中に朧気ながら文字が浮かんでいたから。
4歳で言葉を覚えた僕だが、言葉が喋れるようになったのは更にまたその2年後だ。
僕にとって喋るという感覚は、吹き出しに文字を映すというだけの意味だ。
だからあまり言葉の習得にはあまり苦労しなかった。
6歳まで全く言葉を話さずに両親は不審がらなかったのか? という話だが全く不審がらなかった。
何故なら僕の生みの親は僕が2歳の時に交通事故で死んでいるからだ。
僕の両親が僕がショックで言葉を話せなかった、失語症になっていた、と考えたとしても不思議ではない。
まぁ、言葉を理解し、喋るようになってからは楽しく過ごしてたわけだ。
そしてこの{コミックスタイル}は日進月歩で10歳の頃には言葉だけでなく効果音等もは総じて僕の視界に文字として現れるようになった。
この時点ではまだ少しも自分の特異性に気付いていなかった。
僕はこれが普通だと錯覚していた。
気付いた、いや気付いてしまったのは15歳の秋だった。
何で気付いてしまったのかは今となっては記憶に無い。
僕は人とは異なっている、その事実だけが僕を混乱させた。
その時以前から多少の違和感は有った。
だが、脳内は真っ白になった。
気付く前から多少の違和感があったからといって拭えるような衝撃ではなかった。
自分の信じきっていた世界が崩壊したのだから。
自分は人間か?という問いにさえ答えられない。
自殺すら考えた。
しかし時間というのは恐ろしく、同時に素晴らしくて、1ヶ月経つ頃にはその問いも雲散霧消。
僕はごく普通に青春時代と呼ばれるものを謳歌していた。
高校に登校し、友人と遊び、恋愛をし、幸せな青春を謳歌していた。
だが、自分は人間か?
という問いがまたもや出てきたのだ。
そう。簡単に言えば進化したのだ。
{コミックスタイル}が。一昨日に。
だから僕は自分が人間かどうか疑わなければならなくなった。
一昨日までは確かに音が文字として視界に映る。
これだけの能力だった。
それが友人と会話している最中に突然、会話の吹き出し以外の吹き出しが現れた。
僕も突然のことで吃驚したのだけれども、やはりそこはポーカーフェイスで会話を続けた。
だが僕は会話の途中でその突如として現れたその吹き出しが何を表すのか気付いた。
友人の言葉とは丸っきり異なった文字が映っていたのだから、当たり前であろう。
現れた吹き出しが示す物。
それは
本心。
そこでやっとテレパシーや読心術と言ったものに僕の{コミックスタイル}はなった。
これで読者の皆さんにも僕の{コミックスタイル}がテレパシーや読心術といった類いの物になったことが理解頂けただろうか?
ここで1つクイズを出そう。
人の本心が見られるようになった、なってしまった僕はどうなってしまったか?
何時だか自分のチカラに気付いた時の様に、進化したこのチカラによって僕の世界は大きく崩れ去った。
まぁ、この先の展開は読めるだろうか?
絶望したのだ。
この世界に。
{コミックスタイル}が本心を視られる様になってから本心の吹き出しには何時でも負の感情が視られた。
どれもこの場では言えないような物だった。
友人、先生、隣人、一切の例外もなく全員が何時も言葉にするのとは、全く異なった本心を抱いていた。
誰と会話しても僕は負の感情を突き付けられた。
変容した僕の世界からは愛が一切合切消え去った。
僕は精神面が強くない。だから耐えられなかった。
愛と言う物の存在を確かめたくなった。仕方がなかったのだ。
仕方が、なかったのだ。
残念ながら僕には恋人がいない。
従って、それを確認する相手は家族しかいなかった。だから母親に確認した。愛の存在を。
確認するが僕の生みの親は事故によって死んでいる。
今一緒に住んでいる父母は育ての親だ。
だが、だからこそ僕は信じていた。
愛していない者を育てるわけがない、と。
ほんの4時間前のことだ。
僕は母に
「僕を愛しているか?」
と言う問いを投げ掛けた。
その問いを投げ掛けた瞬間に効果音逹は僕の世界から姿を消した。
会話の吹き出しは
「何でそんなことを聞くの?」
と文字が映った。
本心の吹き出しは
《愛しているよ》
と文字が映った。
僕は愛の存在証明に心の底から嬉し泣きをし、狂喜し、 感動した。
そしてその瞬間に世界が滅びれば、ハッピーエンドだった。
ハッピーエンドだった。
だが都合良く世界は滅びたりしなかった。
今一度、愛の存在証明をするために僕は本心の吹き出しを見た。
僕の目が捉えたのは、
吹き出しに
ヒビが入り
砕け散っていく。
その様子だった。
愛の仮面を剥ぐ様にして現れたのは
《愛してない》
の一言だけであった。
その時は《愛していない》の意味が分からずに母に微笑を浮かべ自室に帰ることしか出来なかった。
自室で思案に耽ったことでやっと理解したのだ。
母は僕を愛していない。
恐らく母は僕を愛している、ということを自らに言い聞かせたのであろう。
自分に暗示を掛けたのだろう。
だから母自身は僕を愛している、と思っている。
しかし無意識では思っていない。
無意識は自己暗示では変わらない。
本心と無意識が一致していない。
だからあの様な現象が起こった。
君達にこの感覚は解りにくいだろうか?
とにかく、僕は誰にも愛されていなくて、この僕の世界には愛が存在しない。
だから僕は死のうと思う。
11階建てのこのビルの屋上から飛び降り自殺をする。
晩秋の夜風は冷たい。
僕が愛を求めたこの世界に愛は存在しない。
けれど、それでも僕は愛の存在否定をしたくない。
僕は愛のない、絶望だらけのこの世界はもう視たくない。
さようなら、世界。
さようなら、絶望。
僕は愛を探しに行きます。
PS:"超能力"はそんなに楽しくはない。
何故なら人と異なった世界でも、それを普通と感じるか
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「やぁ、お嬢ちゃん。元気かい?」
遺書とでも呼ぶべきであろうこれを書いていると、知らない吹き出しがこんな言葉で僕の視界を遮った。
おそらく字体からして相手は男だ。
「何か用ですか?」
振り向かずに立ち上がり僕はそう返した。
「用っていうかナンパ?これじゃ人聞きが悪いか。うーん、そうだなぁ…。そう!勧誘!うん、いい響きだ」
男はこのような吹き出しを作った。
「なんの話ですか?この時間に女子高校生に向かってナンパとか言ったら冗談では済みませんよ。僕はこれから用がありますので。用が無いならさようなら」
僕はこれから死ぬのだ。
誰かに邪魔されたくはない。
こんな意味の分からない男になら尚更だ。
因みに本心の吹き出しはその人の方向を向かないと視えない。
従って今は視えていない。
「だからぁ、用事は勧誘だって。あと自殺を黙って認めるわけにはいかないなぁ」
僕は驚いた。
何故、僕が自殺すると分かる?
この男は一体何者だ?
そこで僕は初めて男の方向を向いた。
「やっとこっち見てくれたね、お嬢ちゃん。うん、可愛いね。ビックリした顔がそれを助長させてるよ」
若い。
20歳代前半であろうか?
黒のスーツを着ている。ワイシャツは第2ボタンまで開かれ、ネクタイはしていない。
そして、男の本心は俗的な物ばかりであった。
{コミックスタイル}今思っていることしか視えない。
生憎、男が何者かまでは{コミックスタイル}では分からない。
従って、男に質問した。
「あなたは一体何者ですか?」
しかし、返ってきた男の答えはふざけたものだった。
「斎藤京介。皆からはキョウとか呼ばれてるよ」
「そんなことを聞いてはいないです」
僕は言葉を続けた。
「何故僕がこれから自殺すると分かったのですか?」
すると斎藤京介こと男は照れながら言った。
「何だ、その事か。そうならそうって言ってよ。……あっ、ということはもしかしてお嬢ちゃん、まだ進化してからそんな時間経ってない?」
斎藤京介は意味の分からない吹き出しを沢山作った。
自然と僕の言葉に怒気が混じる。
「だから、何の話ですか?僕にも分かるように説明してください!」
「だから、お嬢ちゃんも自覚したんだろ?自分のチカラに。そして進化したんだろ?そのチカラが」
斎藤京介は言った。
「人からは超能力と言われるようなチカラがね。君がそのチカラに驚いて自殺するんなら、やめた方がいいよ。その特別は、決して特別じゃない」
特別が特別じゃない? 意味が分からない。
「あー、何も分かって無さそうだね。だから説明すると、俺たちのこの特別なチカラは、元々短所を補うためにあるんだ。
誰でも持ってる短所を、ね。それが自分だけの物だと気付いて、そしてそれが少しばかり進化しちゃった。それがこのチカラの正体さ。誰でも小さな超能力は持ってる。短所がある限りはね」
記憶を辿ると確かにそうだ。
耳が聞こえない代わりにこのチカラがある。
少し心が軽くなった気がするのは気のせいだろうか。
「で、何でお嬢ちゃんが自殺しようとしているのが分かるかって話だったね」
斎藤京介は自分の左目を指差して言った。
「この左目は未来が見える。色んな制限はあるけどね。お嬢ちゃんがそこから飛び降りる未来がこの目には映っているんだ」
どんな短所があるかは聞かないでね、と斎藤京介は付け足して言った。
特別が特別じゃない、か。
確かに僕の特別だけが特別なわけではないらしい。
「俺たちみたいな超能力者、俺たちは“気付いた者”って呼んでるけど、こいつらはたくさんいる。そこで勧誘なんだけど、俺たちの仲間にならない?」
僕が世界の異端である、ということも自殺の一端だったのであろう。
この時点で僕の死のうという決意は相当揺らいでいた。
それでも敢えて僕は言った。
「ふざけないで下さい。僕は死にたいんです!僕は人の本心が視えます!憎しみだらけの、愛の無いこの世界に僕は絶望したんです!」
斎藤京介の本心には何故か負の感情がないことには僕も気づいていた。
言い負かされることは分かっていた。否、僕は言い負かされたかったのだ。
僕だって本当は、
死にたくない。
「お嬢ちゃんはチカラのある世界を知らない。この夢みたいな世界に入ってから決めても遅くはないよ」
暫くの沈黙の後、
……僕はコクリと頷いた。
やはり僕は死にたくないのだ。
その事を再確認。
斎藤京介はゆっくり微笑んだ。
僕が新しい世界に踏み出すことが決定した瞬間だった。
僕はこの夢みたいなチカラと絶望だらけの現実の境界線上で何を思うだろうか?
「それじゃあ行こうか」
斎藤京介はのんびりとした口調で言った。
「少し待ってください」
僕はそう言うと遺書になるはずだった物の最後に書き加えた。
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何故なら、超能力なんて世界中に溢れている物だから。
だから僕が見ていて視ているこの世界は
そんなに楽しくはない。
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僕はそれで紙飛行機を折り、ビルの屋上から飛ばした。
綺麗に直線を描いて飛んでいった
それを見送り、僕は言った。
「行きましょう」
そろそろ夜が明ける。
Fin.
処女作。
16歳で人生で初めて書いた小説。
まあ、ここでものんびりとやっていきます。
これを書いた時からどの程度成長したか見る、という意味も込めてこの作品は誤字脱字あろうとも修正しません。




