暴走
目を開けたとき、その視線の先には燃え盛るビルがあった。暗い夜の闇のなか、真っ赤に燃える炎を少しだけ綺麗だと思った。それは前にも体感した感覚だ。彼に能力を見せてもらったとき、同じことを思った。綺麗な能力だと、素晴らしい力だと。
だが彼はそれを否定した。こんなものは人殺しの力だと真面目な顔で言った。でも自分はそうだとは思えなかった。闇を照らすことのできる力が、素晴らしい能力じゃないわけがないのだ。
だから比べてしまう。自分の力と、比べてしまう。こんなにも醜く、おぞましいものが自分の力なのだと思うと、あたしは――――
少女の意識はそこではっきりとした。今、自分が見ている炎がなんなのか、自分が置かれている状況がどんなものなのかをはっきりと思い出したのだ。
倒れていた体を起こす。そして後ろを振り向くと、そこには予想もしない光景が広がっていた。
燃え盛るビルを背にして立つ八九郎。そしてどこかで見たことのあるような女の子を背にして立つ愛生。二人が、まるで睨み合うかのように対峙していたのだ。
燃える右腕をぶらぶらとさせる八九郎。彼の目は冷たく、冷徹なまま愛生を見つめる。愛生はその目に臆しながらも拳を握り構えを崩さない。気を失う前の少女の記憶の中では愛生は八九郎の力を目の前にして震え、怯え、逃げ惑うことしかできていなかったが、今は人が変わったように八九郎の前に立ちふさがっていた。
現状を理解することはできなかった。突然現れていた女の子の存在や、愛生の胸から伸びる不可解な黒の刺青。様々な情報が少女の頭を混乱させていく。
ただ一つはっきりとわかったことは、彼らが完全に敵対しているということだけだった。
敵対している。先程まで愛生はあくまでやられたから防衛しているだけだった。防衛にしてはやり過ぎな面もあったが、あくまでも防衛。自分から向かっていくようなことはなかった。それがどうだ、今彼は裏方八九郎と戦おうとしている。拳を握り、構えをとり、戦う姿勢を崩さない。
何が彼をそうさせるのか、その理由を少女が理解しようとする中、愛生はじりじりと八九郎に近づき始めた。
いや、駄目!
自分ではそう叫んだつもりだったが声はでなかった。駄目だ、止めなくちゃ。我王くんが死んじゃう。心は叫び、声を出そうと口を開くが無理だった。声がでないだけじゃなく、視界まで霞んできた。どこかで頭でもぶつけたのか、意識も段々と薄れていく。
止めなくちゃ。彼が死んでしまう。それは嫌だ。絶対に嫌だ。
偶像ではない自分を見てくれる人。これからもっと、仲良くなろうと決めた人。
彼が遠くに行ってしまうような気がした。
どうにかして助けたい。そう考える少女はすぐに思い至る。自分の能力を使えば助けられるのではないかと。変身し、犬になり、さっきそうしたように彼を連れて走ればいいのだ。
しかしそれは困難を極めた。超能力はかなりの集中力を必要とする。今の薄れていく意識の中では発動すらままならない。それでもなんとかしようと発動を試みるが、失敗。何もおこらない。意識は徐々に薄れていく。それを必死で繋ぎとめようとするが、抵抗虚しく意識は殆ど混濁状態となる。それでも無理に発動させようと、躍起になる。
それほどまでに守りたかった。失いたくなかった。
お願いだから、と懇願するように発動を繰り返す。するとほんの少しだけ変化が現れた。自分の右腕だけだが、変身することができたのだ。茶色の体毛に覆われた犬の前足。
それを見て、少女は思ってしまった。
ああ、なんて、なんて醜い…………。
その時、少女の中で何かが切れた。
++++++++++
「いやああああああああああああああああああああああああ」
鼓膜を切り裂くような甲高い叫び。愛生はもうすぐにでも八九郎に飛びかかる態勢だったが、その声によって二人の相対は中断された。それほどまでに大きく、何より痛々しい叫びだったのだ。
声の方向にいたのは委員長だった。彼女はまるで自分の体を抱きしめるようにして震えている。怯えるようでも、拒むようでもあった。
震える彼女の体は所々が茶色い体毛で覆われ、右手は完全に犬のものになっている。そして彼女の顔の半分は人でも、犬でもない何かに変形していた。その顔の半分はザワザワと風など吹いていないにも関わらず揺れていた。
「どうした亜霧!」
八九郎が彼女の名前を叫んだ。彼女の異常な体の震えが彼にも見えていたのだろう。愛生との戦いも投げ出して彼女に近づこうとする。対する愛生は声をかけることもせず、その場から動くこともできないでいた。
嫌な、予感がしたのだ。彼女の状態がもしアレの前兆だとしたら……。
その時、愛生は彼女と目があった。すると、彼女はたった一言懇願するように言う。
「我王くん――――見ないで――――」
次の瞬間、一瞬で彼女の体が茶色の体毛に覆われその姿が変化した。しかしそれは先程愛生が見た犬のものではない。野性的な狼の姿。それも姿かたちは普通の狼だが、生物としてはありえないほど巨体だった。体高だけで優に三メートルは越すほどの巨大な狼に委員長は変身したのだ。
しかしその変化は一分と続かなかった。すぐに巨大な狼の体が溶けだしたのだ。まるでもうこの状態を保ってはいられないというかのように、細胞一つ一つが崩れるようにして溶けだし、肉と毛の塊となってアスファルトへと落ちる。そうして狼の体が消え去り、面影のない肉塊が散らばったその中心に委員長が倒れていた。意識はないようだ。だけど愛生も八九郎もすぐに駆け寄ることができなかった。あの狼の姿はあまりにも衝撃的だったのだ。
そして何もできないままに次の変化が起きた。散らばった肉塊が委員長へと吸い寄せられたのだ。集まった肉塊は彼女の体を覆い、あっという間に彼女を見えなくしてしまう。それだけではない。彼女を包んだ肉塊はその状態のままブクブクと泡を立てるかのように膨れ上がって行く。時折膨れ上がった肉から血が噴き出し、あっという間に肉塊は血まみれになった。
肉と血の塊とでも言うべき物体。手足や獣の顔らしきものはあるが、手や顔のような形をしているというだけで器官として役割を果たしているわけではないだろう。
あまりの出来事に思わず放心していると、その手のような物体の一つが愛生に向かって振り下ろされた。咄嗟にリナリアを抱えて後ろに飛び退いた。それによって正気を取り戻した愛生はリナリアを通りから離れた建物の影に降ろして、彼女の肩を掴んで目線を合わせて言った。
「いいか、ここを離れるなよ。絶対だ。絶対にでてくるなよ!」
返事も聞かずに元の通りへと戻る。肉塊は暴れるように手足を振り回していた。見るからに無差別な動きを見ると、さっきの攻撃も何も愛生を狙ったものではないのかもしれない。
「おい。なんだよ、なんなんだよこれは!」
肉塊に向かって八九郎が叫んでいた。
「畜生。亜霧! 聞こえてるか、亜霧ぃ!」
返事はない。あるはずがなかった。彼女は今、あの肉塊の中にいるはずなのだから。
「くそが! この化け物が、亜霧を帰せ!!」
八九郎がその右手大きく自身の後ろに引き構えをとる。あの肉塊を攻撃するつもりなのだ。まずい。愛生は焦りを感じながら駆ける。
「待て、やめろ!」
今にも振りぬきそうだった八九郎の右腕を愛生は力強く掴むことで制した。焦りが出ていたのか、彼の能力を考慮せず右手で掴んでしまい、じゅううと自分の手が焼ける音と共に痛みを覚えたが、放すわけにはいかなかった。
「てめぇ、放せ! あの化け物の中に亜霧がいるんだ! 早く助けてやらねぇと――――」
愛生を振りほどこうと暴れる八九郎。彼の腕を握る手に益々力を入れながら、愛生は怒声を上げた。
「落ち着け、やめろって言ってるだろ!」
「なんでだ!」
「よく考えろ! あんたの能力は常に熱を帯びる。近づくだけで花を燃やすだけの熱だ。あれは肉と血の塊だぞ? 火なんか燃え移ったら中の委員長まで焼け死ぬ。あんたが行けば彼女が死ぬんだ!」
愛生がやめろと言った理由を理解したのか、八九郎は抵抗をやめた。腕を握る手の力を弱めると、乱暴に振り払われた。
「くそ……あれは一体なんなんだ……」
苛立たしげに八九郎は呟く。それに対して愛生は知らないのかと投げかけた。
「授業で習わなかったか? 超能力者の暴走現象。暴走だ。あれは変身能力者の典型パターンだよ」
暴走。その言葉を聞いて、八九郎の顔が青ざめる。
「ふざけんな! だったらもう亜霧は……!」
その先は言わなかった。だが続けようとした言葉は予想できた。もう亜霧は助からないと、八九郎はそう言おうとしたのだ。それはあながち間違いではないし、彼の気持ちもわからなくはなかった。
暴走は超能力者特有の病気のようなもの。超能力が本人の意思とは無関係に発動し、自分の意思では止めることができなり、暴走する。明確な発生条件はなく、突発的。超能力を持つ人間なら誰しもが発生する可能性を持っている。意識的には回避不可であり、また能力の暴走は周囲に多大な被害を与え、怪我人を出すこともあるので世間一般では病気というよりは災害としての見方が強く、超能力者が忌避される理由の一つだった。
そして、暴走した患者の死亡率は八割を超えていた。発生したが最後、周りの全てを巻き込んで死に至る。それが暴走と揶揄されるものだった。
「そんな、暴走だなんて……んなこと…………」
八九郎は必死で現実を否定しようと言葉を探すが、見つからないようだった。否定しきれるはずもない。言われてしまえば、あれは暴走現象に他ならないのだ。
「あの中に、亜霧はいるのか?」
八九郎が絞り出したのはそんな言葉だった。
「これが暴走なら、あいつもすでにあの化け物の一部になってるんじゃ……」
「いや、それはない。委員長は確かにあの中にいるはずだ」
暴走した能力者は死ぬ。その死因は自身の身に余る力による脳のオーバーロードだ。人間の体は脆いもので、どんなに自身の超能力に適応した進化を遂げようとも下手をすれば自分で自分を傷つけてしまう恐れがある。人の筋肉が常に力をセーブしているように、超能力もまた無意識下で力をセーブされるものだ。しかし暴走はその枷を簡単に外してしまう。枷を失った超能力は周りだけでなく自分自身ですら傷つけて壊してしまう。そのことがわかっているのか、もしくは人間の防衛本能なのか、例え意識のない状態でも暴走を引き起こした超能力者は若干の抵抗を見せるのだ。その抵抗は殆ど無意味なものだが、しかし変身能力者の場合は少し勝手が違う。自分の体そのものを別の形状物質に変化させる彼らの能力だが暴走中に限ってはそのなけなしの抵抗によって自分の肉体だけは必ず保とうとする。時間と共に肉体もまた変化を始めてしまうが、しかし今ならばまだ委員長はあの中にいるはずなのだ。能力を使い続け、暴走しているのはあくまでも外側の肉塊だけであり、中の彼女はわずかながらの抵抗によって生身のままであり続けているはずだ。あの中で捕らわれているはずなのだ。
「それに、もう助からないと決まったわけじゃない」
青ざめた顔で頭を抱える八九郎に愛生は告げた。助ける方法はあるのだと。
「助けられるのか!?」
八九郎が声をあげる。その必死な表情はさっきまで自分を殺そうとしていた彼とは似ても似つかない。どちらが本物の裏方八九郎なのだろと、そんな疑問が浮かんだが考えている場合ではなかった。疑問を振り払い、愛生は頷いた。
「どうすればいい。どうすればあいつを救える!」
「暴走した能力者はフェーズが高いほど死亡率が跳ね上がる傾向にある。強い能力ほど、救出が困難になるからだ。場合によっては能力者が死ぬまで放っておくしかないこともある」
ここまでは授業で説明された知識。担当の先生の言葉だ。そしてここから愛生自身の言葉。
「逆に言えば、早く救出して治療を施せば、高位能力者でも死ぬ可能性は低くなるということだ。委員長も同じだ」
「……猶予はどれくらいだ」
「一〇分。いや、五分もないかもしれない……」
「それじゃあ結局無理じゃねぇか! 五分以内に亜霧を病院に連れて行って治療するなんて不可能だ! あんな化け物、警察だって対処しきれるわけねぇ!」
苛立ちを隠さない八九郎に愛生は冷静に語りかける。
「あの肉塊から委員長を引っ張りだせれば、負荷は弱まる。それで二〇分は稼げるはずだ。それだけあれば、救急車を呼んで彼女を病院に搬送するには十分な時間だ」
「じゃあ誰があいつを引っ張り出すってんだ!」
「僕がやる」
そう言うと、八九郎はますます顔を怒りで歪める。
「あれを見ろ!」
そう言って指を指す先にあるのは委員長が飲み込まれた肉塊だった。
「あれがお前の身長の何倍だと思ってんだ! 大きさが倍なら体重はそれ以上だぞ! いいか、大きいということは強いってことだ。重いってことは、ただあいつが腕を振るっただけでお前は死ぬかもしれないってことだ! お前の能力がなんなのか俺は知らねぇが、簡単に言うんじゃねぇよ!」
「なんだ、心配してくれるのか。あんたにとっちゃ僕は死んだ方が都合がいいんじゃなかったのかよ」
八九郎が発していた怒りが苛立ちを含んだものから、敵意や殺気を含むものへと変わる。愛生を睨みつける瞳は徐々に冷えたものへと戻って行く。
「そんなに死にてぇなら、今ここで殺してやろうか」
「やるならやれよ。でもそんな場合じゃないってことは、あんたもわかるだろう?」
それに、と愛生は少しだけ間を置いて言った。
「簡単に言ったりしない。委員長は僕を助けてくれた。あんたの炎から僕を救ってくれた。彼女のために戦うことを簡単だなんて思っていない」
覚悟を語る愛生。八九郎は鋭い視線を緩めない。
「そんな震える体で、何ができるんってんだ」
愛生ははっとして、左腕で右腕を抱き込むようにした。震えている。情けなく、怯えている。だが、それがどうしたというのだ。もう自分が弱いことも、情けなく臆病な人間であることも愛生は知っている。それでも守りたい気持ちは本物なのだと、そう信じたから自分はリナリアを助けたのではないか。なら委員長も変わらない。愛生は、彼女を守りたいのだ。
「あんたは救急車を呼んでおいてくれ!」
それだけ言って、愛生は肉塊に向かって走り出した。震える体に鞭をうって駆け抜ける。
肉塊は、まるで何かを形作るのに失敗した粘土のような不気味な形状をしている。近づくにつれて、腐臭のような妙な臭いまで漂ってくる。
変身能力者は自身を細胞レベルで変質させることで変身を可能とする。彼らの暴走は多くの場合その変身の過程で異常をきたし、未熟な欠陥品とでも言うべき細胞を異常増殖させる。欠陥品である細胞は元の役割を果たすことなく死んでいく。この腐臭はその臭いなのだ。生まれては死んでいくを繰り返す細胞たちの死の臭い。
あの中に委員長がいる。
無造作に手足を振り回す巨大な肉塊。すぐにでも近づき、委員長を救出しようと愛生は考えていたがそう上手くはいかなかった。
「!?」
突然、愛生の真上から肉塊の腕が振り下ろされたのだ。ぐちゃりと肉が潰れる嫌な音と赤い血が飛び散った。
「我王!」
八九郎の声が聞こえた。彼の声で愛生は投げ出されそうになっていた意識を引き戻す。あまりに突然の攻撃だったので驚愕によって一瞬放心していた。腕自体は殆ど反射神経で考える間もなくかわした。肉が潰れた音も赤い血も全て肉塊自身のものだった。欠陥だらけの細胞で作られた体は自分の攻撃ですら傷つくくらいに脆いのだ。
だがしかし……。
鼓動する心音を聞きながら、愛生は考える。今の攻撃には違和感があった。一体それはなんだ。
「くっ!?」
考えている間に肉塊の足と思われる部分が愛生を薙ぎ払うように横に振るわれた。姿勢を低くしてそれをかわす。そしてその二回目の攻撃で愛生の違和感は確かなものへと変わった。
「直接僕を狙っているのか!」
見るからに無差別に振るわれていた攻撃が、愛生が近づいた瞬間はっきりと意思のあるものへと変化したのだ。その変化は外から見てもわかるほどで、事実八九郎も気づいていたようだった。
「くそっ!」
愛生は悔しげに呟きながら、振るわれる肉の腕をかわし続ける。こんなことをしていては時間がなくなってしまう。事は一刻を争うのだ。五分以内に救えなければ、委員長は……。
その先を考えると、愛生は突然泣きたい気持ちになった。どうにかそれを抑え込み、腕をかわしながら一歩前に踏み出す。
迷っている暇も考えている暇もない。敵の攻撃が自分を狙ってくるものならば誘導することもできる。むしろ無差別に振るわれるよりもマシだと、自分に言い聞かせながら愛生はある攻撃を待った。狙うのは最初の一撃のような上段から地面へ叩きつける攻撃だ。
チャンスは思いのほかすぐに来た。振り下ろされる腕。飛び散る血、潰れる細胞。そして叩きつけられた腕の上を愛生は走った。ぐちゃりと嫌な感触を靴の裏ごしに感じながら肉塊のてっぺんまで登りきる。そして左腕を思いっきり振り絞り、黒の拳を叩きこんだ。すると肉塊のてっぺんに簡単に穴が開いた。同時に血も吹きだしたが、そんなことに構ってる暇はない。開いた穴に両腕を突っ込んで、無理やり穴を押し広げる。すると、月明かりに照らされた肉塊の中に委員長の姿を見た。
「委員長!」
何も着ていない裸の状態の委員長はまるで肉に張り付けられるように両腕を広げていた。頬や腕、腿、腹など所々が肉と癒着してしまっているがそれだけだ。
「委員長! 委員長!」
再度愛生が彼女を呼ぶ。すると委員長はゆっくりと瞳を開けた。
よかった、まだ生きている。
とてつもない安堵を感じながら、愛生は委員長に手を伸ばした。しかし、委員長は伸ばされた手を呆けた目で見つめ、そして愛生と視線を重ねた瞬間、どうしてか泣きそうな顔になった。
「いや……いやぁ…………」
小さな声だったが、彼女は何かを訴えていた。その目に涙をためて、懇願するように呟いた。
「いや、お願い見ないで…………あたしを、あたしを見ないで!」
瞬間、肉塊の内側から無数の手のようなものが現れ、愛生を弾き飛ばした。不意打ちに愛生は受け身を取ることもできずにアスファルトに叩きつけられた。それはまるで委員長自身に拒絶されたようで…………。
愛生が立ち上がるよりも早く、肉塊の足が地を引きずるようにして愛生の体を直撃し、吹き飛ばしたのだ。
まるで紙屑のように吹き飛ばされた愛生の体は不様に地面を転がった。全身が悲鳴をあげている。痛みまで麻痺しているのか、ただ揺れる視界が肉塊の一撃の重さを物語っていた。
ただの一撃でも、立ち上がることさえできない。
《黒》の能力は確かに愛生を強化しているはずだ。それなのに、この有り様だ。助けられるなどと大口をたたいておきながら、何もできなかった。
舞い上がっていたのか。調子に乗っていたのか。リナリアを助けられたのだから、彼女だって救えるなどと夢を見ていたのか。リナリアを救えたこと自体、自分にとっては奇跡のようなものなのに、二度も奇跡を望むのか。
これはその傲慢さの罰なのかもしれないな。
自分に向かって振り下ろされる巨大な腕を見ながら、愛生は自分の命を投げ出した。




