フェーズ7
獣化能力。数ある超能力の中でも数が少なく、フェーズ如何に関わらず稀少とされる超能力だ。その名の通り獣と化す、獣になる能力であり、フェーズやタイプによっても変身する獣は変わってくる。体の一部分だけを変身させる者もいれば、人と獣のハーフ、伝承にある狼男のような外形に変身する者もいる。
委員長はその獣化能力の中で全身をそのまま獣に変身させる能力者なのだという。
そこら辺の簡単な説明を愛生は委員長から受けていた。
「――で、たいていの獣化能力は人によってなれる動物が限られてくるんだけど、私の場合は犬。それも一種類にしかなれないのよ」
「一種類てことは、ボルゾイにしかなれないんだ」
「あ、ボルゾイってわかるんだ。犬好き?」
「動物好きなんだ。犬が一番好きなんだけどね。ラボラトリじゃ中々飼えないから残念だよ」
そう言って、委員長に視線を移す。委員長は現在愛生が着ていた長袖のシャツ一枚のあられもない姿でいる。それも先程の男の攻撃を防いだ際にシャツの左腕の部分は焼き切れて無くなってしまっていたので、何か非常にマニアックな姿になってしまっている。それでもさっきまでよりはマシなのだろう。最初は全裸だったのだ。裸の体を隠すように身を縮め、顔を真っ赤にして怒るような避難するような、それでいて今にも泣きだしそうな視線で睨みつけてくるのでいたたまれなくなり着ていたシャツを進呈したのだった。そのおかげで愛生も上半身だけ裸だが、男なので気にすることもない。
しかし、それにしても目のやり場に困るなと愛生は頭を悩ませた。
男にしては背も低く小柄な愛生の着ていたシャツでは委員長の上半身は隠せても下半身の露出は隠しきれなかった。委員長は必死にシャツの裾を伸ばし、なんとかしようとするがどうにもならずに裾の端から彼女の丸くすらっとしたお尻が見えてしまう。丸味を帯びた臀部から太ももにかけてのなだらかで柔らかそうな艶美なラインに思わず愛生は視線を這わせてしまう。
目のやり場に困るな、だとか思っておきながらの凝視だった。
愛生の視線に気づいた委員長は怒りを湧き上がらせたが、しかし両手でしっかり裾を掴んでおかなければ大事なところまで全てあらわになってしまうのでいつもの暴力ツッコミもできない。どうしようもない怒りと恥ずかしさが交じった絶妙な顔のまま上目使いで愛生を睨みつける。
「……」
どうしよう、何かいけないことをしている気分になるな……。
「やっぱり下も貸そうか?」
「……………………………………やめとく」
たっぷり悩んでから委員長は首を横に振った。
「パンツ一丁の我王くんと並んで歩きたくはないわ」
「まあ、それこそ警察を呼ばれることになるだろうね」
とは言っても、ここで警察を呼ばれることはないだろうと愛生は辺りを見渡す。
そこはかつて愛生が解体したチームのものがたむろしていたような使われなくなった廃ビル。あの場所と違うものではあるが、やはりどことなく雰囲気は似通っていた。人のいない、衰退した建造物だけが出せる物哀しい空気。実際は湿気とカビの匂いでしかないのだろうが、それでも哀しいと、愛生はそう感じる。
そんなビルに愛生は今、委員長と二人きりだった。
愛生はこんな時になって初めて気づいた。委員長が結構可愛いんだということに。
普段はあまり意識しないので気づかなかった。しかしこうしてよく見てみると彼女が可愛い女の子だということがよくわかる。少し童顔かな、と思う小さな丸顔。大きくくりくりとした茶色の瞳や小さな口。瞳と同じ濃い茶色のポニーテールを尻尾のように揺らす様は小さな背丈も相まって子犬のようだ。色白で細くしなやかな四肢にはどうしても目がいってしまう。
千歳や帝も可愛いと言えば可愛いが、しかしどちらかというと二人とも綺麗という言葉の似あう美人なので、委員長のように可愛い女の子は愛生はあまり目にしたことのない人種だった。
なんというか、こう保護欲を刺激されるなぁ。
千歳と向かい合った時は絶対に起こらない感覚。愛生にとっては殆ど初めてのようなもの。リナリアも保護欲を刺激するといえば確かにそうだが、リナリアと委員長の刺激の仕方は少し違うように思えた。愛生にもよくわからない違いだったが、しかしあえて言葉にするのなら――
委員長の方がエロい。
思わずそう呟きかけた自分の口を抑えて愛生は首を振る。何を言おうとしているんだ、今の状況を思い出せ、そもそもここに来てこんなことになっているのはなんのせいだと自分に語りかける。
ここに来たのは勿論あの男から逃げるため。愛生の自宅マンションは場所が知られている可能性があったので戻ることはできない。理由は定かではないが帝本人があのマンションの中なら絶対に安全だと言っているので、リナリアの心配はいらない。中が絶対に安全なら一刻も早く帰るべきかとも思ったが、あの男が玄関前で待ち伏せしているとも限らない。敵の正体も数もわからない今、軽率に罠に飛び込むわけにはいかない。
だからこの廃ビルへとやってきたのだった。とにかく姿を隠すために、そして委員長の安全を確保するため。
「ここら辺にしよっか」
愛生は廃ビルの一室。比較的に瓦礫や埃も少なく綺麗な場所見つけて中に入っていった。そこの隅の柱のあるところに腰かける。委員長も愛生の横に腰かけるが、その際シャツの裾を限界まで長く引き伸ばしお尻と床とでサンドして押さえる。おかげでようやく委員長の下半身の露出も隠せたが、愛生のシャツが無残なまでに伸びきってしまっていた。それなりに気に入っていたものだったが仕方ないと諦める。
「随分古いとこね……今にも崩れ落ちそう」
小さな声だったが、それはビルの全体に響くようにして反響した。他に人もいないので、余計によく聞こえる気がした。
「委員長」
反響する自分の声を聴いていた委員長に愛生は向き合う。
「委員長。さっきも言ったかもしれないけど改めて、助けてくれてありがとう。本当に助かった」
「い、いいのよ。別に。お互い怪我もなかったわけだし」
「でも助けられたことも事実だ――それにしても凄かったね、委員長の能力。獣化能力って初めて見たけど惚れ惚れしたよ」
「え、そ、そう?」
驚いたように目を見開く委員長にそうだよ、と愛生は告げる。
「本当に凄いよ。羨ましいくらいに。犬っていうのも可愛くていいしね」
嘘じゃない、事実だ。確かに愛生は委員長の能力を見て、凄いと、そう思った。愛生に褒められた委員長は目を伏せた。恥ずかしがっているのか、とも思ったのか顔が見えないのでなんとも言えない。ただ、何故か声は震えているように聞こえた。
「あたし、あんまり自分の能力って好きじゃないけど……でも、我王くんがそう言ってくれるなら嬉しい、かな?」
彼女の言葉に少し首を傾げた愛生だったが、特に気にすることもなく話を続けた。
「でも、どうしてあんな所にいたんだ?」
「ちょっとコンビニ行こうと思って外に出たら我王くんの匂いがしたから、近くにいるのかなー、もしかしてこの辺りに住んでるのかなーって思ってその匂いを辿っていたら――――」
と、そこまで言って委員長は慌てて口を塞いだ。そして何故か放たれる右ストレート。
「ま、待って! 今のなし! 今の忘れて!」
「それはいいけど、なんで……」
殴ったのかと聞こうとしたが、それを遮るように委員長が声を大きくする。
「とにかく! 偶然、そう偶然! あいつと我王くんが対峙しているところを見つけちゃって、ただならぬ雰囲気だと思っていたらあいつが我王くんに火を放とうとするもんだからあわてて飛び出したのよ! 能力使って全力疾走なんかしたら服とか脱げちゃうことも忘れてね!」
キッ、と非難の目が愛生に向けられる。そんな目を向けられても愛生は困ったように笑うことしかできない。
だが今は、笑っている場合じゃないことも知っていた。
愛生は途端に真面目な顔になる。それに釣られるように委員長も非難の目を和らげる。
「それで委員長。あの男について聞いてもいいかな?」
彼女は少しだけ目を伏せてから口を開く。
「あいつは、あの施設によく手伝いにくるやつ。あたしたちの二つ年上で、無愛想で、口も悪いけど、子供好きのいい奴よ……それがどうして、我王くんを殺そうとなんか……」
一部始終を見ていたのだろう。委員長は状況を理解していた。そして理解した上でわからないと呟くのだ。
「どうして、あいつが……」
「僕にもわからない」
嘘だ。今、愛生は嘘を吐いた。わからないことは確かに本当かもしれないが、しかし見当がつかないわけでもない。確実にリナリア関連のことであろうと目星はつけていた。なんの根拠もないが、超能力者に狙われる理由なんてそれしか考えられない。政府がリナリアを取り戻すためにあの男に命じたのだ。我王愛生を殺すのだと。
この考えなら誰かに言われて愛生を殺しに来たという男の境遇にも一致する。リナリア奪取のために何故愛生を殺すのかという理由もなんとなくだが察してはいる。つまるところ、見せしめだ。リナリアを、あの子供をかくまうことが一体どんな危険を孕んでいることなのか政府は彼女に関わる全ての人間に教えてやろうとしているのだ。そういう意味ではろくな力も持たない愛生は格好の獲物だっただろう。
勿論こんなものは愛生の考えた可能性でしかないが、全て外れているということはないだろう。しかしわからないこともある。あの男だ。あの男と政府との接点がわからない。そこら辺の事情を委員長が理解しているとは思えなかった。だからとにかくわかることを聞こうと愛生は考える。
「そうだ、委員長。あいつの能力について何か知ってない?」
すると委員長が似合わないくらい顔を険しくさせる。それはまるでこれからよくないこを話すぞと前置きをしているようで、愛生も身構える。
「詳しくは知らない。ただわかっていることは、能力は火炎操作系で、あいつはラボラトリに三人しかいないフェーズ7だということ」
その言葉に愛生は愕然とした。
「フェーズ7!? そんな……!」
「事実よ。我王くんは《777》(スリーセブン)って知ってる?」
愛生は首を横に振る。知らない、と。そっか、と委員長はむしろそうだよねと言いたげに呟いた。
「我王くん、この手の話あんまり好きじゃなさそうだもんね。《777》っていうのはラボラトリに三人しかいないフェーズ7たちを合わせた呼び方。主に面白がって言われているだけだけど。あの男はその内の一人。ラボラトリ最強の男、裏方八九郎よ」
「最強?」
愛生の疑問詞を委員長は頷きで返した。
「《777》の三つの7はそれぞれに役割を持っている。最強と最悪と最良の三つよ。最悪のほうは百人殺しって呼んだ方が我王くんはわかりやすいかしら」
「ああ、前に投獄されたって聞いた」
「そ、その百人殺しの殺人鬼がラボラトリで最も凶悪とされるフェーズ7。最良のフェーズ7は他の二人に比べると影も薄いし目立たないやつ。そして最強のフェーズ7が、さっきのあいつ。八九郎よ」
裏方八九郎。
愛生はその名前を何度か復唱する。
ラボラトリで住んでいた期間が短く、友達も少ない愛生はそういう都市伝説めいた噂やラボラトリの事情などは詳しくないので、聞いたことのない名前だったが、委員長が言うのなら間違いはないのだろう。彼女ほど人望の厚い人物ならその手の話に事欠かないはずだ。
「前に一度、お互いに能力を見せ合ったことがあるんだけど…………あいつの力は並みじゃない。ラボラトリ最強っていう謳い文句も決して間違いじゃないわ。あれは確かに最強よ……」
委員長が身を縮める。怖いというよりは不安なのだろう。同じ施設に顔を出す見知った人間がクラスメイトを殺そうとしているのだ。どうしてだかわからない。その思いが彼女の不安を煽っているのだ。
しかし、そんな委員長を気遣っている暇もないというのが愛生の現状だった。相手はラボラトリ最強のフェーズ7。相手が能力者であるというだけで愛生にとっては十分すぎるほどの敗因になり得る。そしてそれが最強だ。どう考えてもまともに戦って勝てる相手ではない。
ただ、まともにやりあわなければ勝算はあるだろうと愛生は考えていた。
フェーズ7。それは我王帝と同じステージに立つ能力者だ。愛生は帝と何度も始末屋の仕事をしたが、どんな状況だろうとどんな相手だろうと、帝が負けるかもしれないなどと、ましてや死ぬかもしれないなんて思ったことはただの一度さえもなかった。
まさに最強と呼ばれるにふさわしい人物。それが我王帝である。たとえフェーズの上ではならんでも、その実力は敵わないと愛生は確信する。裏方八九郎は我王帝には敵わない。それは自分が勝てる証拠にはならないが、愛生の心をいくらか冷静にさせてくれた。
まあこの部屋にいるうちは大丈夫だろうと、そう自分を納得させる。
そうしてからようやく委員長を気遣う余裕ができた愛生は彼女に視線を送る。すると、彼女は愛生の左腕をじっと見つめていた。こちらが見ていることには気づいていないのか、何も言わずに愛生の左の指を撫でるようにして触れた。
神経と繋がり、まるで自分の腕のように動かせる最新型の義手だが、しかしさすがに触覚までは再現できないので、委員長の手の感触は愛生には伝わらない。
どういう意図の行動なのかわからなかったが、愛生は興味深そうに腕を触る委員長を見て少し悪戯心が沸いた。驚かせようとわざと左腕を大きく動かしたのだ。案の定、委員長は「きゃっ」という声と共にのけぞるようにして驚いた。そうして顔を上げてみると、丁度愛生と目があった。笑いを堪える愛生を見て状況を察したのか、委員長は頬を膨らませて抗議する。
「驚かせないでよ、もう……」
「ごめんごめん」
「こんな状況じゃなかったら噛みつくところよ」
「殴るんじゃないんだ……」
殴るの一段上の行為なのだろうかと、愛生が余計なことを口走りそうになった時、委員長が少しだけ険しい顔で呟いた。
「ねぇ、それ義手だよね」
「そうだけど、それがどうかしたの?」
「どうかしたのじゃないわよ! もしかして学校で言ってた怪我って……」
ちょっと考えればすぐに委員長の言いたいことが理解できた。つまり彼女は愛生が学校でしていたギプスはこのためだったのかと勘違いしているのだ。
「違うよ。この腕は入学前からこうなんだ」
「でも、普通に肌色の、普通の腕だったじゃない」
「あれは人工皮膚。よくできてるだろ? ギプスをしてたのは人工皮膚が色々あって剥がれちゃったから」
剥がれたというか剥がされたのだが、と心の中だけで付け足す。
「だからギプスはカモフラージュ。本当は怪我なんかしてないんだ。ごめんね、いらない心配させちゃって」
「なぁんだ。そうだったのか。それならよかったよ――」
アッハッハッハ、と快活に笑って、そして固まって、しばらくたってから(一〇秒ほど)委員長はよくない! と叫んだ。
「よくない。いやよくないよ! むしろ深刻だよ! どうして腕ないの!? どっかに置いてきちゃったの!?」
「それは凄い状況だな……」
「置いてきたって、そんな軽く忘れる物なわけないでしょ!!」
「自分でツッコんだ!」
セルフツッコミだと愛生が感心していると、委員長は未だ叫ぶような声だったが、少しだけ抑えるようにして言った。
「生まれつきなの? それとも……?」
「失くしたんだ。置いてきたわけじゃないけどね」
冗談めかしく笑ってみせるが、委員長の顔に笑顔は浮かばない。ただ愛生の義手を見つめている。
「聞いても、大丈夫なこと?」
「ごめん。聞かれても話せないと思う」
この左腕のことは千歳にさえ、まだ話していないことなのだ。
愛生にとって大きな人生の転機となった一一年前のテロ。その八年後に訪れたもう一つの転機。愛生が帝とともに始末屋として生きることを諦めた――――否、諦めざるを得なかった事件の時に、左腕を失くした。何も腕がないから諦めたのではない。それ以上の、もっと根本的な問題があってのことだったが、その問題は他人に話せるほど愛生の中でまだ整理がついていなかったのだ。
自分の幼なじみが片腕を失くして帰ってきたときの、千歳の顔を今でも愛生は忘れられない。何も話せない。何も言えない。言いたくないと、弱音を吐き続ける愛生に対して泣きそうな顔で聞かない。大丈夫だと千歳は繰り返した。そのことに途方もない負い目と感謝を抱きながら、愛生はまだ話せずにいるのだ。
それを、今ここで委員長に対して言えるわけがなかった。話したくないという大きな思いと、ただ意味もなく千歳を裏切ってしまうのではないかという思いがあった。
話せない、と言った愛生の顔を少し見つめてから委員長は首を横に振った。
「ううん。いいの。話したくないことなら、話さなくて。あたしも、そういう話はあるし……こっちこそごめんね、不用意に聞いちゃって」
「気にしないで。悪いのは僕だ」
そう言うと、委員長が違うと反論したが、それを愛生は聞かなかった。自分が悪いと、そう思っておいたほうが楽なことがある。
何を言っても無駄だと察したのか、委員長は反論やめる。そして愛生の左腕から体にかけて、視線を這わせていく。
女子に見られるというのは意外と緊張するものなんだな、と愛生は呑気な感想を思い浮かべる。
「傷だらけだね」
委員長が囁くように言った。上半身を晒した愛生の体は確かに生々しい傷痕に溢れていた。夏場でも半袖を着ることを躊躇うほどの傷が愛生の体には刻まれている。
「さ、触っていいかな」
委員長が身を乗り出すようにして尋ねる。息が多少上がっているのが気になったが了承する。
「じゃあ……い、いただきます!」
何をいただくつもりだとツッコむ前に委員長の手が愛生の胸に触れた。まずひんやりとした指先の感触が伝わり、それはすぐに熱を帯び温かくなっていく。
「我王くん。結構鍛えてあるよね。細いし、服の上からじゃ全然わかんないけど」
「そういう風に鍛えてあるからね」
「わかりにくいように?」
「見せる筋肉と使う筋肉は違うってこと。ボディービルダーのは見せる筋肉。格闘家のが使う筋肉。人が鍛える以上、使う筋肉を鍛えるつもりでもどうしたって見せる筋肉がついちゃうんだけど、僕はそこを殆ど完璧に使う筋肉だけにしてるから」
「凄い……そんなことできるんだ」
「優秀なコーチがいたからね」
言っている間にも委員長の指先は愛生の体を物色するかのように動く。胸から腹へ、そして脇腹。更にその下に進もうとした瞬間――――愛生と委員長は同時に音を聞いた。
それはカツカツ、とリズムよく刻まれる音であり、すぐに何者かの足音であると察しがついた。
「委員長……!」
「しっ。わかってるから」
委員長もすでに何者かの足音に気づいているようだった。愛生はそれに驚く。自分のように訓練や経験を重ねた人物ならともかく、一般人にそれができるとは思えなかったらだ。
「わかるのか?」
声を潜めた短い問いに委員長は頷きで返す。
「あたしとしては我王くんがわかる方がびっくりよ。あたしは獣化能力の影響で通常時でも嗅覚とか聴覚とか視覚がある程度犬に近づいているからわかるけど……」
「ああ、それじゃあさっきの僕の匂いを辿ってきたみたいなことを言っていたのは獣化能力者ならではの小粋なジョークじゃなくて本当のことだったんだ」
「わー! 違うそれ違う! 忘れてっ! 忘れろっー!!」
「しっー! 委員長声大きい!」
瞬間、足音が止まる。同時に愛生たちも動きを止める。張りつめたような空気。それが喉にまとわりつくようで不快だった。
「ハッ。随分と仲良さそうにしてるじゃねぇか」
そう言って男は現れた。
裏方八九郎。
ラボラトリ最強の男だ。




