愚痴りたい気分だから
話したいことがある。
愛生は委員長から突然そう告げられた。一週間彼女が学校を休んでいた理由を話したいと、そう言われたのだ。
何故、クラスの誰にも話していないことを自分に話すのかと聞くと、
「もう二つも秘密漏れちゃってるし、今更一つ増えたって同じでしょ? ちょっと愚痴りたい気分だから付き合ってよ」
とのこと。そしてなんの話をするのかと思いきや見た方が早いと愛生を連れて学校を休んでいた理由に関係のある場所に行くと言い出した。リナリアがいる以上、ここは断るのが得策だが……。
僕自身も気になってはいるんだよなぁ。
委員長が何故一週間も学校を休んでいるのか、その真相に興味があった。それでも最初は渋っていたのだが、最終的には委員長に押し切られて行くことになってしまった。押しに弱いにもほどがあるなと今更ながらに後悔しつつ、数歩先を歩く委員長のあとに続く。
何があってもすぐに対応できるように右手はリナリアと繋ぎ、左手にはどうしてか委員長が道中大量に買い込んだお菓子の入った袋を持っている。愛生の手をぎゅっと握ったリナリアはこれまた道中に委員長がリナリアのためにと買ってくれたアイスを頬張っている。
リナリアは何も言わないし、勿論無表情だが、多分そこそこ楽しんではいるだろう。最近は殆ど外にも出ていなかったし、いい気晴らしになったのかもなと早速愛生が楽観的になり始めた頃、前を行く委員長が口を開いた。
「そういえばさ、我王くん左手怪我してたよね。治ったの?」
彼女は包帯を巻かれた愛生の左手を見て言った。愛生は少しだけドキリとしながら、左手を上げて見せる。
「一応ね。まだ包帯は外せないんだけど」
「そっか。学校じゃギプスしてたし、ちょっと心配してたから。我王くんよく怪我してるじゃない」
「そうかな?」
「そうだよ。いっつも絆創膏顔に張り付けてるイメージ」
そうだっただろうか、と頭を掻きながら苦笑する。そんな愛生の困った顔が面白かったのか、委員長は笑顔を見せる。
「気を付けなさいよ。可愛い顔してるんだからさ」
男子に言う言葉じゃないよなぁ、と愛生はまた苦笑する。
すると、委員長が足を止めた。
「着いたわよ」
そう言われて委員長が視線を送る建物を見る。そこは背の低く平らな建物だった。門の向こうにはまず開けた広場があり、ブランコや滑り台などのちょっとした遊具と砂場、そして背の低い松の若木が広場の隅に植えてあり、その奥に建物があるという構図。広場には十数人の子供たちが遊んでいた。年齢も性別もバラバラの子供たち。
「養護施設?」
愛生が尋ねると、委員長は首を横に振った。
「似てるけど、違うところよ」
そう言って、彼女は門を開けて中に入って行った。
++++++++++
「ここはね。親のいない子供たちの施設なの」
委員長がそう切り出した。
建物の中、その廊下で子供たちがいる部屋を窓から覗き込みながら愛生と委員長は会話をしていた。リナリアは分けてもらったお菓子を食べながら、愛生の右手を握ったままだ。子供たちの中に交じって来てもいいよと言ったのだが、頑なに手を放さなかった。鋤崎の研究所の時と違い、子供の数も多いし年齢もバラバラなので入りづらかったのだろう。もしくは、リナリアなりに外が危険だということ理解しているのかもしれない。
子供たちは施設の職員と思しき人と笑いながらお菓子を食べている。
「親がいないって、そのままの意味でとっていいの?」
愛生が聞くと、委員長は少し難しい顔をした。
「半分はそうね。でも半分は違う。いないというより、捨てられたって言った方が的確かも。ここはラボラトリだから、勿論あの子たちも超能力者。……世の中にはね、超能力者ってだけで自分の子供を捨てる親がいるのよ」
悔しそうな過去を語るように、委員長は唇を噛んだ。
身勝手な親の行動に怒りを覚えると同時に、愛生の中の冷たい自分がありえない話じゃないなと言っていた。
世間での超能力者への風当たりは弱まる気配がない。生む親と超能力の発生にはなんの関係がないことも言われているが、人間はそんな簡単に割り切れるものではない。超能力者の親だというだけで陰で何か言われてしまうことだってあるのだ。ましてや超能力者はラボラトリに住まわなくてはならない。そうすれば成人するまでは殆ど会えなくなってしまう。それならばいっそ……とそう考える親の気持ちを全て否定することは愛生にはできなかった。
ただ、怒りを覚えるのも確かな話だ。
「外の病院だとか、河原だとか、コインロッカーだとかに捨てられていた子。最初は両親共々普通に暮らしていたけれど、ラボラトリに来た瞬間に親と連絡がつかなくなって、寮や学校に払われるはずのお金も届かなくなって普通の学校にはいられなくなった子。そんな子が集まる施設なのよ、ここは。身よりのない、頼るもののない子供たちが最後に訪れる場所」
私も似たような施設にいたのよ、と委員長は無理に感情を押し殺したような声で続けた。
「あの子たちの気持ちも少しだけならわかってあげられるから。だから、よくこういうところに出入りしてるのよ。職員さんを手伝ったり、子供たちと遊んであげたりね。意外でしょ?」
「《委員長》的には意外かもね。でも、実際そういうとこはらしいと思うよ」
「ほ、褒めたって何も出ないわよ」
委員長はちょっとだけ顔を赤らめる。そんな彼女の変化に愛生は気づかず、話を進める。
「でも、この施設が委員長の欠席にどんな関係が?」
「……近々ね、解体されちゃうのよ。この施設」
「解体って、なくなっちゃうのか」
「そう。政府の意向でね。ここは政府直属の施設ではないにしても、政府からの援助金で持っている施設だから。逆らえないのよ。お金を止められたら、ここにいる子供たちみんなが路頭に迷ってしまう」
「でもそれは解体されたって同じことじゃないか。子供たちはどうなるんだ?」
「全員、研究所に移すんだって」
研究所。その言葉にリナリアが少しだけ反応する。愛生はリナリアをあやすように頭を撫でながら、
「移すってどういうこと?」
と尋ねた。
「そのままの意味よ。他の研究所とかに全員移すんだって。みんなバラバラになっちゃうかもだけど、一応生活の保障はできる」
でも、と拳を握りしめて彼女は言い放った。
「そんなこと、許容できるわけないじゃない! 研究所なんて連れていかれたら、あの子たちが何をされるか……」
委員長の気持ちがわからない愛生ではない。愛生も研究所には圧倒的に嫌な思い出の方が多い。ラボラトリに住まう超能力者は総じてあまり研究所をよく思っていない傾向があるのだ。自分たちを閉じ込めているものだと、そういう認識があるからだろう。
しかし、それだけで研究所を悪だとするには愛生は鋤崎や第27研究所を知り過ぎていた。
「でも、きちんと子供たちのことを考えてくれる研究所だってあるんじゃないか」
第27研究所にいた子供たちが不幸だとは思えなかった。
「僕の知っている研究所に施設が併設されているんだけど、そこの子たちはみんな楽しそうにしているよ。研究所の器具に悪戯してみんなして怒られて、研究所中駆けずり回ったり」
「でも、その子たちは親のいる子たちでしょう」
委員長は難しい顔を崩さぬまま言った。
「ここの子たちは親がいない。守ってくれる人がいないのよ。もしこの子たちが死んでしまった時、どうして死んでしまったんですかと言ってくれる人がいないの。それってつまり、無茶な実験の果てに死んでしまっても、階段から落っこちたとか適当に嘘を吐いて偽造するだけで、簡単にこの子らを実験台にできるのよ」
「そんな……」
「もしこの子たちのことをきちんと考えてくれる研究所に送るのなら、あたしたちにその場所を教えてくれるはずよ。なのに政府の役人たちはまだ決まってないだとかはぐらかすばかり。……信用なんか、できるわけないじゃない」
委員長は表情こそ崩さなかったが、その声はどこか泣きそうだった。
「じゃあ、委員長は施設解体を止めようと……?」
「そ。一週間も駆けずり回っていたわけ。でもちょっと疲れちゃって、少しだけ息抜きにって好きなアニメのショー見に行ったら、我王くんがいたの」
酷い偶然よね、と委員長は力ない笑みを見せた。そんな彼女の笑みを見て、愛生は思案するように手を口元に当てる。
「委員長。駆けずり回ったって、具体的には何をしてたの?」
委員長は一瞬だけ固まったが、すぐに話してくれた。
「とりあえず最初に超能力者支援団体に話をしたわ。そのあとは政府がお金を止めても施設を存続できるようにスポンサーになってくれる企業を探してた。支援団体は色々動いてくれていたけど、スポンサーは全然見つからなくて」
「そっか。……ネットは使ってみた?」
「ネット?」
「専用のホームページを作って、SNSで拡散とかして、なるべく多くの人にこの施設のことを知ってもらうんだ。あとは、この辺りに住んでる人に話をしたりして……とにかく沢山の施設解体への反対意見を集めるといいよ。そうすれば政府もあまり強気には出られない。企業を見つけるまでの時間稼ぎにしかならないと思うけど、話題になればスポンサーを名乗り出る所も出てくるだろうから」
愛生のアドバイス。それを聞いた委員長は驚いたように口を開いて、ポカーンとしてしまった。
「……どうしたの?」
愛生がそう聞くと、何か振り払うように頭を振ってから委員長が答えた。
「いや、なんかびっくりしちゃって。そんな真剣に考えてくれるなんて思わなかったから」
「当然だよ。友達なんだから」
委員長が再び驚く。それを見て、愛生はしまったと思って慌てたように顔の前で手を振った。
「ご、ごめん。嫌だった? 馴れ馴れしかったかな……?」
無意識で友達と呼んだことで委員長が嫌な思いをしただろうかと、愛生は危惧していた。馴れ馴れしいぞと怒られるかと思っていたが、それは杞憂だった。
「は、ははははは」
委員長はおかしそうに笑いだしたのだ。
「我王くんって、面白いね」
「お、面白い?」
そんな形容のしかたは初めてだった。自分ほどつまらない人間はいないと思っていたので意外でしかない。
「うん。面白いよ。平気でぐいぐい近寄ってくるくせに、あと一歩のところで引いちゃうんだから。そこできちんと踏み出せれば、もっと友達できると思うよ」
「そんなこと、ないと思うけど……」
「できるよ。我王くんいい子だもん」
そうだろうか。と愛生は疑問する。自分はいい子ではないけれど、それでも踏み出せばあるいは……。
するとその時、部屋の扉が開いて中から人が出てきた。一人はエプロン姿の二十代後半くらいの女性。セミロングほどの髪を後ろで束ね、おっとりとした顔をした見るからに保母さんという雰囲気の女性は愛生を見つけると小さく頭を下げた。
「紹介するわ。この施設を実質一人で回している晶子さんよ」
「一人でだなんて。色んな人が手伝ってくれてるおかげよ」
薄く微笑みながら晶子は愛生を見つめる。
「この子は佳苗ちゃんの彼氏?」
「ち、ちちち違いますよ! 変なこと言わないでください!」
委員長が顔を真っ赤にして否定する。その様子がなんだかおかしくて愛生が笑うと、思い切りのいい左のストレートが顔面に飛んできた。
「わ、ら、う、な!」
「はい……」
と、馬鹿なやりとりをしていると微笑む晶子の後ろからもう一人が顔を出した。
まず目をひいたのは真っ赤な髪だった。尖るように立てられた攻撃的な髪型をした男。瞳の色も髪を同じ赤に染まっている。背は高いようだが、猫背のせいかそこまで威圧感はない。一見すると不良かチームの人間にも思えるが、目つきが悪いだけでその他の服装などにはそういったわかりやすい特徴は見られない。
扉からでてきた彼と愛生は目があった。直後、男が目を見開く。その赤眼はどうして、という疑問と敵意を同時に向けた眼で、愛生は思わず警戒を強めた。
なんだろう、どこかであったことでもあるのだろうか。知らない内に敵に回していたとか。
急いで記憶を探るがそんな事実はない。気づくと彼は愛生からとっくに視線を外して、どこか別の場所にその瞳を向けていた。
「佳苗ちゃん。私たちお夕飯の買い出し行ってくるから、その間子供たちよろしく頼めるかしら」
晶子にそう頼まれた委員長は笑顔で頷いた。
「それじゃ、よろしくね」
そう言って、晶子は赤髪の男と一緒に去って行った。
赤髪……染めてるわけじゃないよな。
だとしたら、劣性形質だ。リナリアとは違い、高位能力者の劣性形質発現でいいだろう。
「委員長、さっきの人は……」
「ん? ああ、あの赤い方のこと? あたしもよく知らないんだけど、あたしがここに顔を出す前から手伝いだとかに来てる人よ。目つき悪いし口も悪いけど、性格は悪くないから怖がらなくても大丈夫よ」
怖がったわけじゃない。ただ、確実に気にはなっていた。自分を見る彼の目が、ただ事ではないような、そんな気がしたのだ。
ま、気がするってだけなんだけど。
考え込んでも仕方ないと思考を振り払う。委員長はそんな愛生を見て少し笑ってから、
「もう用事は終わったから、帰っていいよ」
「手伝わなくていいの?」
「いいの。子供の相手は慣れてるし、あんまり連れ回してもリナリアちゃん疲れちゃうでしょ? それに、我王くんなんだかさっきから凄く周りを気にしてるし、これからなんかあるんじゃない? これ以上は無理に付き合わなくても大丈夫よ」
警戒していたことがバレていたのかと、愛生は反省。しかしあまり外にいるのが好ましくないのは確かなのだった。手伝うといっても、リナリアがいる以上あまり力にはなれないだろうし、帰った方がいいだろうと判断。お言葉に甘えて帰ることに。
いざ帰ろうと、背を向けた時、後ろから委員長が呼び止めた。
「あの、我王くん!」
振り向くと、何故か指を組ませて恥ずかしそうにしている委員長がそこにいた。この姿こそイメージとは違うのではないかと思いながら、愛生は何を言われるのかと待つ。
「えっと、あのね。なんていうかその……あの……いいや、なんでもない!」
「言いたいことがあるなら――」
「う、うるさい! なんでもないって言ってるの! 殴るわよ!」
彼女のパンチくらいなんともないが、またM疑惑をかけられても困るので、そのまま急いで施設をあとにした。建物の中から、委員長がいつまでもこっちを見ている気がしたのだが、多分気のせいだろうと自分に言い聞かせながら。