委員長騒ぎ
委員長落下事件(極秘)からしばらくたった直塚高校では、ちょっとした異常事態が起こっていた。とある人物が一週間も学校を休んでいるのだ。しかしながら、確かに一週間という期間はそこそこに長いが、学校に欠席の連絡はいっているようだしわざわざ異常事態と名乗るまでもないのかもしれないが……しかし休んでいる人物が委員長だと言うのが問題だったのだ。
委員長。愛生のクラスの委員長であり、何故か他のクラスからも委員長と呼ばれる彼女は今まで学校を休んだことがない。明朗快活。誰に対しても分け隔てなくそのハキハキサバサバとした物言いで生徒だけでなく間違ったことがあるならば先生にさえも噛みつく狂犬っぷり。しかしいっそ清々しいほどの正論と善意によって構成される性格を嫌う者は殆どいなかった。つまり彼女は多くの人から慕われていた。
そんな彼女が一週間も学校に来ていないのだから、生徒たちの間ではかなり騒ぎになっていた。心配する声と大丈夫だろうと楽観する声とありもしないような噂を流す声がクラス中を飛び交っていた。そんな中でも冷静に事態を見ていた男子数人が「誰か委員長を見た人はいないのか」とみんなに質問する。しかし誰もそれに答えられる者はいなかった。愛生一人を除いては。
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委員長が欠席を始める丁度一日前の火曜のことだった。愛生は宝守のお使いで訪れた本屋で実は委員長と顔を合わせているのだ。それは予期せぬ偶然だった。宝守に頼まれたマンガのタイトルを新刊が積み重なった棚の上で見つけて手を伸ばした時、その手が誰かのものと重なったのだ。伸ばしていた手が左手だったこともあり、包帯を巻いていたので大丈夫ではあるのだが反射的に急いで手を引っ込めると相手も同じ行動をしていたようで、すみませんと顔を上げる動作まで重なる。と、同時に視線も重なり……
「委員長?」
愛生は思わず彼女を呼んだ。
いつもの活発そうなポニーテイルは目深に被った帽子に丸々隠され、縁の大きな眼鏡をかけているために若干わかりづらかったが、背丈や体格なども合わせてみれば確かに委員長その人であった。
「へ? ふぇ!」
対する彼女は名前を呼ばれたことがよほど予想外だったのか、裏返った声を出してのけぞった。その反応に首を傾げながら、愛生は笑顔を見せて委員長に話しかける。
「委員長も本屋で買い物?」
「え……あの」
突然声をかけられて混乱しているのか、委員長は焦ったように手を顔の前で振るだけで何も言えないでいる。どうも様子がおかしい。態度もそうだが、服装も変だ。いつもの明朗快活なイメージに逆らうような眼鏡に帽子。ふわっとしたワンピースを着こなす様は大人しめな文学少女のようにも見えなくもない。全体的に違和感があるが、そうでもないような気もする。どうしたものかと愛生は一呼吸おいて、
「でも帽子に眼鏡で変装なんかしてどうしたの?」
「へ、変装じゃないわよぉ!」
場を和ませようと発した冗談だったのだが、お気に召さなかったのか思い切りのいい右フックを貰う。しかし、その過剰なツッコミや「まったく……」と言いながら腕を組む姿からいつもの委員長だと安心する。
「……どうでもいいけど、我王くんって頑丈よね」
「そうかな?」
「一度あたしのツッコミを受けた男子はもう二度とあたしの前で馬鹿やったりしないのに」
「なんだその暴力統制……」
「切助みたいに全部避けてくる奴はいても、大人しく殴られる人は我王くんが初めてよ」
委員長は少しの間愛生の顔を見つめて一言。
「M?」
「勝手に殴っておいてその誤解はあまりにも酷くないかなぁ」
苦笑いする愛生だったが、本気で疑っているのか委員長の視線はまだ疑惑の色に染まっている。これ以上話を広げられても面倒なので、とりあえず話を逸らそうと愛生は考えた。
「委員長、眼鏡も結構似合うんだね」
「は、はぁ!?」
千歳との付き合いで女性と会話で困ったときはとりあえず褒めておけば間違いはないと愛生は学んでいた(とは言うもののこの作戦が千歳に対して成功したことはあまりない)。これが委員長には驚くほど効き目があった。
「は? え、ちょ……ええ!?」
というか効きすぎだった。委員長は明らかに余裕を失い狼狽する。対応を間違えたのかと不安になるが、高校に入るまでは同年代の女子と話をしたこともなかったし、入ったあとも殆ど千歳としか会話をしていないのでこれ以外の対応を愛生は知らなかった。自分のコミュニケーション能力に失望しながらどうしたものかと考える。考えるが、考えてもわからなかったので委員長が落ち着くまで待つまでことに。
たいした時間を待つことなく、委員長はため息と共にいつもの雰囲気に戻った。
「なんか、我王くんって切助に似てる。あたしの精神を必要以上に乱してくるとことか」
「あいつと一緒にされるのは嫌だなぁ……」
真面目な顔でそう言うと、委員長が初めて笑顔を見せた。
「ごめんごめん。そりゃあれと一緒は嫌よね」
酷い言いようだと思ったが、確かに嫌なので頷いておいた。
「でも、できれば仲良くしてあげてね。あいつあれで結構我王くんのこと気に入ってるみたいだから」
愛生が露骨に嫌な顔をするのを見て委員長はまた笑った。そして、棚の上にあった宝守から頼まれたタイトルのマンガを委員長は手にする。
「しっかし驚いたなぁ。まさか我王くんがあたしと同士だったとは」
「え?」
ニヤニヤしながら、委員長は手にしたマンガを突きつけた。
「隠さなくてもいいのよ同士なんだから。これに目を付けるなんて中々コアな趣味と見たわ。ちなみにあたしは三巻一八ページのクミたんの『パンはパンでもお兄ちゃんのパンツが食べたい!』って台詞がお気に入りなんだけど、我王くんはどう? やっぱクミ派? それともミサキ派?」
「えっと……」
「あ、駄目よ! アニメの話はしちゃ駄目! あれはあたしの中ではなかったことになってるから、黒歴史だから」
いきなり饒舌になった委員長に驚きつつも、愛生は苦笑しながら答える。
「ごめん委員長。別に僕はこのマンガのファンとかじゃないんだ」
バイトで忙しい知り合いの代わりに買いに来ただけだということを告げると、委員長の顔が見る見る内に青くなっていった。その変化の意味に気づかず、愛生は突きつけられたマンガを手に取って続ける。
「僕はよくわからないけど、委員長はこういうのが好きなの?」
「そ、そそそそそんなわけないじゃない!」
両手を振って早口でまくしたてるように委員長は否定した。
「あた、あたしがそんないかにもオタクが読むようなオタクっぽいオタクなマンガすすす好きなわけないじゃない!」
「え? でもさっき随分と詳しく話していたような……」
「そ、それはあれよ! えっと、なんだっけ――そう、妹! 妹が好きで読んでたから覚えちゃっただけよ。べべべべ別にあたしはクミたんもミサキたんも知らないし、妹がどうしてもって言うから買いに来ただけで、自分で読んだことだってないわけだし――――」
何かよくわからない言い訳めいたことを繰り返す委員長。さっきは好きだと言っていたはずなのに、その手のひらの返しように愛生は首を傾げるが、まあ深く考えないことにした。それよりも問題は愛生がこのマンガを宝守に頼まれて買いに来たこと。委員長も妹のためにこのマンガを買いに来たこと。
「そしてこのマンガがあと一冊しかないこと」
どうも愛生が手にしている分で最後のようなのだ。人気のある作品なのだろうか。愛生が聞いたこともないタイトルだが、そもそも流行には疎いので自分の記憶は当てにはならないだろう。
「ねぇ、委員長」
「な、何!? なんでもないわよ! オタクだと思った人にオタ話振ったら全然違くて焦ってるとか、別にそんなんじゃないんだからね!」
愛生には委員長の言っていることが理解できなかったが、放っておくとそのまま頭を抱えて走り去って行ってしまいそうだったので、委員長の手にマンガを無理矢理握らせた。委員長は受け取ったマンガを見てポカンとしていたが、すぐにその意味に気づいたようだった。
「え、でもこれ我王くんも買おうとしてたでしょ?」
「いいよ、委員長に譲る。僕は他の本屋見てくるから」
「でも……」
「いいって。妹さん、待ってるんでしょ」
委員長は再びポカンとして言葉を失う。
「あれ? なんか委員長顔赤くない?」
「あ、赤くないわよ!」
そう怒鳴られてまた拳が飛んでくるのかと思ったが、そんなことはなく、委員長は手にしたマンガで顔を隠して小さな声で呟く。
「あれ? 我王くんって意外と……」
「え? なに聞こえないんだけど」
「な、なんでもないわよ! この、えーっと――紳士野郎!」
「その悪口は微妙すぎないかな」
「ナイスミドル!」
「それはちょっと違うでしょ」
笑いながら、愛生は本屋をあとにしようとする。自分がいては委員長も買いにくいだろうと思ったのだ。その意図をわかっていたのか、委員長も引き止める事はしなかった。ただ、それほど大きくない声でありがとうと、去っていく愛生の背中に呟いただけだった。
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そんなことがあった次の日から委員長は学校に来ていない。委員長が来なくなった件と本屋での遭遇に関連性があるとは思えないが、みんなの中から委員長の目撃証言が出ていないのできっと愛生が最後に委員長に会った人物なのだろう。しかし偶然会っただけの出来事を話すのはみんなの不安を煽ることになるかもしれないな、と愛生は話すべきか話さないべきか思考していたが、そもそも話す機会を貰えなかった。言いだしっぺの男子たちはクラス全員に聞いて回っていたが、愛生と切助にだけは何も聞かずにスルーしたのだ。顔パスだった。
ま、どうせ何も知らないだろうと思われて当然か。
なら話さない方がいいだろうと判断して、愛生は傍観に徹することに。すると隣で腕を組んで座っている切助が愛生に話しかける。
「一週間もあの小うるさい女を見ないとなると、確かに異常事態と言われても仕方ないかもな」
「僕は騒ぎ過ぎだと思うけどな。そもそも、誰か携帯に電話とかしたのか?」
「した。しかし何があったのかと聞いてもはぐらかされるようだ」
「なんだ、音信不通ってわけでもないのか。なら平気じゃないか」
「そうだな。大事に巻き込まれていることはないであろう。案外、嫌になって逃げただけかもしれん」
「嫌になったって、何がだよ」
「あれは中々、見栄っ張りな女なのだ」
切助の物言いに変な違和感を覚えたが、追及はせずに思考を停止させた。もしたいした理由でなければ、騒ぎ立てられても迷惑だろう。自分一人黙ったところで意味はないだろうが、意味はなくともせめて黙っていようと、愛生は口をつぐむのだった。
++++++++++
更に時は経ち、日曜日。委員長連続欠席事件になんの進展もみられない中、愛生はリナリアと共にあるデパートの屋上に来ていた。
事の発端は宝守からリナリアへ『ギリギリ真美子』のショーがラボラトリで行われるらしいとの情報が流れたことだ。外部のイベントやアーティストのライブなんかがラボラトリでとり行われるのは非常に珍しいことで、それにリナリアが行きたいと言い出したのだ。
勿論外にリナリアを連れ出すことは大変な危険を伴うことである。いつ誰に襲われるかもわからない。出来ればリナリアは外には出したくないのが愛生の本音だった。リナリアは口数が少なく、愛生に対してもまだ少し遠慮を見せるところがあるので駄々をこねるようなことはなかったが、しかし我慢していることがわかりやすいため愛生にとっては逆に断りにくいのだった。強くものを言えない愛生が帝に連絡を取って間接的に駄目だと言ってもらおうとチキン作戦に打って出たが「別にいいんじゃないか?」と一言でゴーサインが出てしまい、退くに退けなくなってこの状況である。
我ながら情けないと思う反面、どこか安堵していたのも確かだった。できれば、リナリアの願いは全部叶えてあげたいと愛生は思っている。それくらいしてようやく彼女の過去を清算できるというものだろう。
もしかしたら自分はリナリアを連れて行く口実が欲しかったのかもしれない、と思いもよらぬ方向に思考を飛ばす。が、愛生の意識はすぐに現実に引き戻された。
「見え、ない」
リナリアがそう呟いたのだ。確かに屋上に設けられたステージには既に人だかりができていて、子供からその保護者らしき人たちまでもが詰め寄っていて、愛生でさえステージが全て見えない始末だった。これではリナリアの目線からでは誰かの背中しか見えていないだろう。
リナリアは無表情だが、その無表情が少しづつ曇って行くような気がした。勿論、そんなものは愛生の思い込みでしかないのだが、それでもそんな気がしてしまったのだ。もっと早く来るべきだったかと心の中で反省をするが、しかし愛生は別段落ち込んではいなかった。こういう時どうしたらいいのか、愛生は知っていたのだ。
「リナリア。ちょっとじっとしてろよ」
そう言って、愛生はリナリアの軽い体を持ち上げて、そのまま彼女を肩車した。
愛生の身長はお世辞にも高いとは言えないが、人だかりもそこまでの高さと厚さを持っているわけではなく、これだけでも十分ステージを覗けるだろう。
リナリアは慌てたようにバランスを取っていたが、すぐに落ち着き、愛生の頭に手を乗せてステージを見た。
「見えるか?」
そう聞くと、リナリアは少しだけ弾むような声で「うん」と頷いた。そして、乗せていた手で愛生の頭を撫でるようにして今度は小さく呟いた。
「ありがとう」
その言葉が何だかとてもくすぐったくて、愛生は照れ隠しにその場で一度ジャンプしてやった。驚いたリナリアが頭にしがみつくのを感じて愛生は笑った。怒ったのか、リナリアが愛生の頭をペチペチと叩いてきた。
そんな風にしてしばらく二人でちょっかいを出し合って遊んでいたが、ショーが始まるとリナリアはそっちに集中をした。他の子供たちがワーワーキャーキャーと声を出している中、リナリは声をあげる事なく黙っていたが、ステージの盛り上がりに合わせて愛生の頭を掴む手に力が入るので楽しんでいることは凄くわかりやすかった。
「がんばれー!」
「まけないでー!」
子供たちの思い思いの声援。愛生はステージの全てを見れてはいなかったが、連日のリナリアとの鑑賞会のおかげで作風は把握していたので、声を聴くだけでも大体何をしているのか見当がついた。今、丁度真美子がカボタン将軍行きつけのレストランにアルバイトとして入り込み将軍の毒殺を試みているところだ。相も変わらずギリギリな魔法少女である。
子供たちの声援が響く中、時折目立つ声も上がっていた。明らかに子供のものではない声と声量で「将軍! カボタン将軍こっち向いてー!」と叫ぶ女の声が聞こえてくるのだ。それも愛生の真横から。みんながみんな真美子を応援する中、何故かその人物だけは一心不乱にカボタン将軍を応援していた。一緒に見ている内にはまってしまった保護者の誰かなのだろうなと愛生は予想。主役よりも脇役を応援したくなる気持ちはわからなくもなかったし、一体どんな人なのか気になったのでリナリアを動かさないように首だけでその声の方向である自身の真横を見てみる。
すると早速目があった。その人物は腕を振り上げた体勢のまま表情も一緒に固まる。
「委員長……?」
愛生がこの前も見た休日ルックスの委員長に声をかけると、彼女は振り上げた腕をそのままにゆっくりと膝から崩れ落ちた。
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ショーが終わればすぐにでも家に帰る予定だったのだが、急遽予定が変更された。
リナリアを連れている以上、外に長居するわけにはいかないのだが、そうも言っていられなくなったのだ。
「このまま捨て置くわけにもいかないもんなぁ」
デパートの地下に造られたフードコート。その一席、対面に突っ伏したまま動かない彼女を見て愛生はため息を吐いた。ショーの最中に愛生と目が合って崩れ落ちたまま動かない委員長を半ば無理矢理連れ出して、とりあえず座れる場所まで連れてきたのはいいものの委員長は一向に動く気配がない。だらりと机に投げられた彼女の手首を握って脈は確かめたので死んでいるだとか、体調がおかしいとかそういうことはないはずだが。
しかし何故倒れたままなんだ。
目があった瞬間に倒れられた時はびっくりしたものだった。目があっただけで意識を奪える超能力があると聞いたことがあるが、一瞬だけ愛生は自分にその可能性があることを疑った。すぐに「いやないな」と自己完結したが、それくらいの衝撃だった。
あんなゆっくり膝から崩れ落ちる人は初めて見たな……。
スローモーションのようだったと感想を漏らすと、不意に突っ伏していた委員長の体が少しだけ動いた。
「ふ、ふふふふふふ」
そして何故か突然突っ伏した体を震わせて笑い出したのだ。
「愛生……」
「大丈夫。多分、大丈夫だから……」
隣でジュースを飲んでいるリナリアが委員長に対して何か言いたげな顔をしていた。多分大丈夫だからと頭を撫でてやる。大丈夫のはずだ。自分の交友関係の中では委員長はかなりの常識人のはずだと自分に言い聞かせる。
「終わりよー! もう終わりだわ!」
がばっと勢いよく体を起こした委員長が叫ぶ。
「もう隠しきれないわ!」
「えっと、委員長? 隠すって一体なんのこと……」
「何よ、とぼけてないで笑えばいいじゃない! 笑いなさいよ! このオタク女って罵ればいいのよ!」
委員長の迫力に愛生は困惑するばかり。そんな愛生を無視して、委員長は続ける。
「必死に今まで隠してきたのにバレてしまったああああ! いるわけない妹のためだとか最低な嘘までついて隠してきたのに……アニメとマンガを生きがいにしている女だってバレてしまった……それも子供向けアニメのショーに子供に交じって参加してひたすら敵キャラを応援する痛い女だとバレてしまったああああああ……これがゲシュタルト崩壊!? 死亡フラグ!? いやむしろ即死イベントぉ!?」
「……」
委員長が何か愛生にはわからない言葉を発している。同年代との会話ってこんなに難しいものだったのかと愛生は苦笑した。
「よくわかんないけど、委員長はそういうのが好きって隠しておきたかったの?」
愛生が尋ねると、委員長は力強く「当たり前じゃない!」と返した。
「なら黙ってるよ。なんなら忘れる」
当然のように愛生は言う。それが予想外だったのか、委員長は途端に静かになって動きを止めた。
「そりゃ本当に忘れることなんてできないけど、委員長が望むなら忘れたフリくらいはするよ。フリっていうか、見なかったことに」
ポカン、と委員長はしばらく口を開けて呆けたあとに、どうしてと尋ねた。
「なんで、そこまで」
「なんでって、人間誰しも他人に言いたくない秘密を持ってるよ。それを無理に聞き出したり言いふらしたり、好きじゃないんだ。そういうのは」
僕の秘密を上げていったらキリがないよ、と愛生は笑いながら言った。
「我王くんって……やっぱり紳士だね」
委員長は照れたように笑った。乱れた髪を手櫛で直しながら、ありがとうと呟いた。
「ありがとう、ほんとに。だけど忘れたりとかしなくていいよ。フリとかされてもこっちが困るというか……あたしが罪悪感で死にそうになるというか……」
どうやら委員長は愛生に嘘をついたことをかなり気にしているようだった。やっぱり人がいいんだなと愛生は再認識する。
「ああ、でも黙っておいてくれると助かるかなぁ。二人だけの秘密ってことで」
「ベランダからの垂直落下と同じように秘密にしとけばいいんだね」
「からかわないでよ。今机挟んでて殴れないんだから」
「うん。わかって言ってる」
「む。我王くんのくせに生意気な」
不満げな目で愛生を睨む委員長。
「あーあ。なんで我王くんにばっか秘密がバレちゃうんだろ。もしかしてあたしのことつけてる?」
「そんな最悪の可能性をサラッと言わないでください」
愛生にとっても心外すぎる疑いだ。
でもさ、と愛生は委員長に気になったことを尋ねた。
「その、僕は詳しくないからよくわからないんだけど、オタク趣味ってやつは隠しておきたいものなの?」
愛生の知っている限り、その手の話に通ずる人物は宝守くらいだ。しかし彼女は隠すどころか何もわからない愛生に対して全てをぶちまけてくるし、リナリアに至っては同じ道に引き込もうとしている。別に愛生に止めるつもりもないのだが。趣味や好きな物を持たないリナリアには丁度いいと思い静観している。
愛生にとってオタクのイメージはほぼ宝守のキャラそのものだった。
勿論だが、宝守と委員長はまったく似ても似つかない。
委員長は少し考えるようにして机に肘をついて手に顎を乗せた。
「人によって、だと思うわよ。無理して隠さなくてもオタク趣味自体に偏見を持ってる人なんて今の若い子にはそうそういないし、むしろオタクは同士を見つけて群れる傾向にあるわ。ただ、あたしが特別なだけ」
「特別って、どういうこと?」
「あたしは《委員長》だから」
彼女の言っている意味がわからず、愛生は難しい顔をする。
「ほら、あたしってちょっと暗めで真面目ないかにもな委員長じゃなくてさ、男女共に人気のある元気娘が委員長やってますみたいな感じじゃない? そのイメージが壊れちゃうのよ」
確かに彼女の持つイメージとオタク趣味というのはあまり結びつかないことだ。実際愛生もそこそこ驚いている。
「あたしにとっては、イメージって結構死活問題なのよ」
委員長は悟ったような口調で続ける。
「我王くんほどじゃないけど、あたしもあの学校に置いてはそれなりに異分子なのよ」
切助が彼女の能力の稀少性について語っていたのを愛生は思いだす。委員長の能力がどんなものかは知らないが、本人が言う以上稀少性が高いことに間違いはないようだ。
「だから仲間外れにされないようにとか、これでも必死なのよ。笑えることにさ」
「別にそれは、笑えることではないんじゃない」
自分は必死にはなれなかった。一年の初め、友達作りに失敗したあと、愛生は何もしなかった。失敗したあとに何も続けようとしなかった。諦めてしまったのだ。仕方ないな。こんなものだろうと諦めた。切助がいなければ、きっと愛生は今でも一人で昼休みを過ごしていたことだろう。
だから愛生は素直に委員長を凄いと思うのだ。みんなと仲良くなろうと頑張った彼女のことが。
「そんな良いもんじゃないわよ」
彼女はそれを否定する。
「頑張った結果できたのは友達じゃない。委員長という偶像よ。みんなが見てるのはあたしじゃなくて委員長なの。みんな我王くんのことを異分子としてしか見てないのと一緒。それも段々嫌になってきちゃってさぁ。もういっそ全部ぶちまけてイメージ壊してちゃってもいいんだろうけど、あたしって臆病だから。踏ん切りがつかないの」
その言葉に一層難しい顔をしてしまう愛生を見て委員長は苦笑いを浮かべた。
「ごめんね。なんか変な話しちゃって。つまんないよね、そっちの子も退屈してる」
そっちの子、と言われたリナリアは視線を委員長に向けた。何も見ていないような瞳が真っ直ぐに彼女に向けられる。
「今日はその子のために来たんだよね。どこの子なの?」
「親戚の子だよ。訳あって、今うちで預かってるんだ」
さらりと、平気な顔で愛生は嘘をついた。この応答ももう慣れたものだった。
「へぇ、そうなんだ」
言いながら、委員長はリナリアに話しかける。
「初めまして、難しい話ばっかしててごめんね。お名前なんて言うのかな?」
リナリアはどうすればいいか問うように愛生に視線を向けた。愛生が頷きで返すと、委員長に向き直り、
「……リナリア」
と、小さな声で言った。
「リナリア……? 外国の子なのかな?」
「…………」
リナリアは何も答えない。が、委員長はめげることなく続けた。
「あたしもギリギリ真美子好きだから、きっと仲良くなれるよ」
子供の扱いには慣れているのか、委員長は無口なリナリアに物怖じすることもなく話しかける。
「……リナリアも、真美子好き」
リナリアがたどたどしい口調で委員長に言う。
「卑怯に見える、けど。実は優しくて、かっこよくて、可愛い真美子が好き」
でも、とリナリアが何故か少しだけ声を張った。
「そんな真美子にいじめられるカボタン将軍が一番好き」
委員長はしばらく放心したあと――――
「我王くん! この子かなり見どころがあるわ!」
親指を立てて力強く愛生に告げた。
どう返していいのかわからず、愛生はとりあえず笑っておいた。
何の見どころがあるかは聞かないでおくことにした。




