第1章 (1)
まだ寒さの残る早朝は、布団から出ようとする気持ちを壊してしまう。
時計を見ればもう起きなければいけない時間だ。
河野 樹は仕方なく温もりから離れ、身支度をすることにした。
今日は樹が通う高校―――聖南高校の入学式。
天気は絵に描いたように鮮やかな青空で、雲ひとつなかった。
新たな門出にはいいスタートではないか、と、樹の心も少し躍った。
「いっちゃーん。ご飯ですよー」
樹の母・悠佳の声がリビングから聞こえた。
樹は小さく「はーい」と返事をし、階段を下りて行った。
リビングにはいつもと同じ朝食が置かれてあり、悠佳は洗い物をしていた。
聖南高校は樹の家から徒歩で20分で着き、高校に行く途中商店街を通るので帰りはそこを寄り道していける。
特にやりたいことも将来も決めていない樹は、家から通学できる高校を選んだ。
母はそんな樹に反対することはしなかった。
父が単身赴任で今、河野家には樹と悠佳しかいない。
そんな悠佳を一人にするのも…と思い、高校を決めた。
「じゃあ、行ってきます」
「はい。気をつけていってらっしゃいね。
母さんも、後で行くから」
ニコニコと告げる母に見送られ、樹は家を出た。
「…?」
ふと、後ろから違和感を感じ、振り返ってみる。
自分の後ろには特に変わったものはない。
(気のせいか…?)
樹は再び歩き出した。
『―――――――――アレが、神器の器…。
とっても美味しそうな匂いがするわね…』
その声は、誰に届くこともなく―――――――――――青空に飲み込まれていった。