第三話 俺は亀よりも鈍いらしい
獲得アイテムの売却と次の冒険に向けての回復アイテム補充のためリサの店にやってきた俺とリサ、そしてレオ。
店内に並べられているのは基本的に剣や盾、その他装備品が主で、薬草、ポーション、及び携帯用の道具は裏に保管してあるーーとリサが以前言っていた。
その方が販売効率がいいらしい。
顔馴染みの店での売買のメリットは売る時は少し多めに、買う時は少し安くしてもらえることだ。
ただし一般客がいるとき以外に限るが。
逆にデメリットといえば……そうだな。
大したことではないが、リサに絶対に他の店で買い物やら売却やらをしないでほしいと言われ違う街で近くに道具屋があってもここにワープで戻ってこなくてはいけないことだろうか。
ダンジョンとダンジョンの間にある店に限ってはそこでワープするとまた同じダンジョンを抜けなければいけないため利用を許可されているがそれ以外は認められていない。
なんでも他を利用するとここでの癖が出るかもしれないので他のお客さんにバレると後々面倒で云々だと。
一度だけリサに黙って別の店を利用したことがバレて怒られ、さらに何故か知らないがそこがたまたまリサと同じく女性プレーヤーが経営している店だということを知ると余計に怒りさんざん言われたことがあるのでそれ以降必ずここを利用することにしている。
やっぱり経営者としてのプライドがあるのだろうか。
その点は確かに面倒ではあるが、メリットの分の得を考えるとデメリットはさほど大きな問題ではない。
システムメニューの道具ウィンドウを開き、獲得した道具全てをカウンターの上に出した俺は肩にレオがいないことに気がついた。
店内を見てみると、レオは並べてある剣を忌々しそうに見つめ何やらブツブツと文句を言ってるようだった。
「おいレオ。何を言ってるんだ?」
「あぁ、ここに並んでる剣を何度か見たことあってな。こんな市販の剣で俺を斬りつけようとしてたとは俺も舐められたもんだと思ってよ」
「へぇ。お前もやっぱりプレーヤーと戦ったことはあるのか」
「当たり前だろ? ま、そいつらは全員一撃で倒してやったけどな」
「そいつらだいぶショックだっただろうな……」
よもやスライム如きに、しかも、たったの一発で殺られたなんて自信喪失もいいところだ。
あんなところにスライムがいたなら噂の一つや二つ流れてもいいんじゃないかと思ってたいたが、これでその疑問も解決した。
そりゃあいくら高階層でスライムを見ようが、スライムにやられたとなれば誰も言いたくないのは当然のことだ。
それでそんな噂が一つも流れなかったわけか。
やべぇ……レオやべぇよ……
やっぱりお前はただのスライムじゃなかったんだな。
「いいんじゃないのか? どうせ俺を倒そうとしたやつなんて『おっ、こんなところにスライムが。もしかすると簡単にレアアイテムがドロップできるかも!』なんていう甘い考えの野郎なんだ。お灸の一つ据えてやるのが礼儀だよ」
「そ、そうですか……」
なんだよその『ヤ』で始まる職業の人が使いそうなセリフ。
お灸の一つ据えてやるのが礼儀、なんてそこらのチンピラでも言わないぞ。
そのまましばらく剣を見つめたレオは鑑賞に飽きたのか俺の肩に飛び乗ると大きく欠伸をして目をウトウトさせはじめた。
「なんだ眠いのか?」
「それなりにな。なんか疲れたわ。早くどっかで寝ようぜ……」
「ちょっと待ってろ。今リサに査定してもらってるからさ。これ終わったらもう宿舎に行くから」
「ルカ、査定終わったよ!」
ん、もう終わったのか。
ナイスタイミングと言わんばかりのところでリサから声がかかり、すぐにカウンターに戻る。
そこには先ほど出したアイテムは無くなっていて、代わりにエメとポーション、薬草が出され置いていた。
「アイテムは全部で2万6500エメ。その量と素材からルカが補充する分をある程度予想してここに薬草とポーションを置いたんだけど、この分の代金まで差し引いたのが2万1200メルだよ」
「おっけー。補充分まで俺の予定していたとおりだ。いつもありがとな」
「ううん。お礼を言うのはこっちの方だよ。ルカは強いからいつもレアアイテムを持ち帰ってくれるからさ。その分査定のしがいもあるし。……それよりさ、ルカは晩御飯まだだよね? もし良かったらーー」
カランカラン
受け取ったメルと薬草にポーションをウィンドウに入れつつ、耳半分をリサの話に当てているとリサの話の途中で店内に誰かが入ってきた。
リサは話を途中で遮られたせいなのか、少しムッとした表情で俺の後ろの入り口に視線を向けた。
「お客様、申し訳ありませんが今は営業時間外でしてーーってエレン…? 何しにきたの?」
けれどそのムッとした表情はすぐに消え、変わりに不思議そうに入り口に立つ人を見た。
彼女の名はエレン。
役職が剣士である俺に対し、彼女は魔導師を役職とし冒険をしている。
またエレンは俺と同じく巷ではそこそこ有名なプレーヤーとしてその名を通しており、その可愛いというよりも綺麗と形容したほうが正しい容姿から魔導師アイドルとしてもまた有名な人物である。
俺とエレンの接点は剣士と魔導師は元々相性がいいので、エレンとパーティーを組んでクエストに挑んだことがしばしばあり、リサと同じくらい仲良くさせてもらっている。
そんなエレンはここらでは珍しい漆黒の、それでいて輝いているとも錯覚するロングヘヤーを靡かせながら俺に近づき、細く繊細できめ細かい指を俺の胸に当てた。
「ルカったらまた一人で冒険にいって! 今日はちゃんと一緒に行くって約束したでしょ!?」
「あ〜……そうだっけ…?」
「もうっ! またそうやって誤魔化して! 私がついていくと面倒!?」
「いやそういうわけじゃないんだけどさ…。今日の午前のクエストを間違って一人用取ったからエレンがくる前に済ませようと思ったんだけど予想以上に手間取ってな……。その…すまん……」
頬を掻きながら軽く頭を下げる。
本当にわざと約束をすっぽかしたわけじゃない。
ただ何となく掲示板を見てたら割のいいクエストがあって勢いで引き受けたらそれが一人用クエストで。
で、話の通り予定に間に合うよう頑張ってみたわけだが、運悪く強敵に囲まれて予定時間を過ぎてしまい、気がついたらその約束すら忘れてしまっていた。
なんか頭に引っかかるものがあると思っていたんだがこれのことだったのか。
悪いことをしてしまったと罪悪感を感じているとエレンもまた、レオの存在に気がつく。
「あれ? これスライムじゃない? 一体どうしたの?」
「こいつは今日付で俺の仲間になったスライムのレオだ」
「スライムが仲間!? ルカそれって正気!?」
「正気だよ。中々強いんだぜ? こいつ」
「す、スライムがねぇ……」
半信半疑のエレンだったが、その表情をキリッと戻すと再び俺につっかかる。
「それよりルカ、どうしてくれる?」
「……因みにお前はどうしてほしい…?」
「そ、そうね……。例えば晩御飯を一緒に食べるとか…。そ、その…あたし美味しいお店見つけたから……」
顔を突然紅くしたエレンは俺に見えないように顔を伏せ、その威勢のいい物言いも一気に沈んでいく。
その時レオはははんと何か分かった様子だったが、何を察したのか後で聞こう。
「あぁ! エレンズルいよ! 私の方が先に誘ったのに!」
「べ、別にいいじゃない! どっちが先だろうと決めるのはルカなんだから!」
「む〜っ! ルカ! ルカはどっちと晩御飯を食べるの!」
「もちろんあたしよね!?」
二人の美少女が一気に顔を近づけてきたので、俺も少し動揺し顔が火照るのを感じたが、すぐにコホンと咳を一つし心を落ち着かせると冷静な対応を取った。
「悪い。今日は早く宿に行かないといけないんだ。こいつが眠たいらしい」
「おい、俺を逃げる理由に使うんじゃねぇよ」
「だから今日のところは両方無理なんだ…。この埋め合わせはいつかするからさ、それじゃ!」
「あっ! 待ってよルカ!」
「今日のすっぽかした分はどうするのよ!」
「分かったよ。エレンの分は明日にしよう。10時に中央広場に時計台。明日なら絶対に行くから」
「うっ……。だったらしょうがないわね……」
「エレンだけズルいよ! 私も行きたい!」
「一応明日はエレンな。リサはまた別の機会に行こうぜを突然店開けたら客が困るだろ?」
「ううっ! 絶対だからね! 約束だよ!」
「わかったよ。約束だ」
瞬時に問題を解決し、俺は急いで店を出た。
ふぅ、と一つ安堵の息を吐くとレオが一言。
「お前あんな対応でいいのかよ」
「あの場はな。何だか知らねぇけど、あの二人ってたまにあんな風にすぐ喧嘩するんだよな。しばらくおくと戻るんだけどさ。理由分かるか?」
「あぁ。原因はお前だよ」
「俺? なんで?」
「それは自分で考えろバカ」
「バカだと!? 俺のどこがバカなんだよ!」
「強いていうなら鈍さだな。お前が女の前で亀もびっくりの鈍さを見せてくれた」
「意味わからねぇよ。俺がいつ遅くなった?」
「それが分からないようじゃ二人の喧嘩の原因も一生分からねぇよ。ま、俺は初めて鈍感ハーレム勇者を見れたから充分だけど」
「ハーレム? 俺が? 確かにあの場は俺とリサとエレンだけだったからハーレムといえばハーレム……なのか? というかどこが鈍感かだけでも教えてくれよ!」
「知るか」
レオは最後に短くそう言うと、目を閉じて俺の肩で眠ってしまった。
本当に、マジで意味が分からない……。