プロローグ
つんつん
ぽにゅ
つんつん
ぽにゅ
指で押すたびに跳ね返ってくる指には、確かな弾力とひんやりとした冷たさが感じられた。
クリクリっとした単純な目に、能天気そうなアホ笑顔。
誰がどうみても雑魚と認定し、魔物にしては割と可愛らしい姿のそいつの上には確かにこう書かれていた。
『スライムが仲間になりたそうにこちらを見ている。仲間にしますか?
はい/いいえ』
またそいつーースライムに視線を戻すと、相変わらずのアホ笑顔でこちらをジッと見ている。
モンスターを倒せばたまにこのように仲間にするかどうかのコマンドが表示されることは俺だって知っている。
けれどここは深い階層にある高レベルモンスター多出ダンジョン。
どう考えてもスライムなんかの雑魚モンスターが出るダンジョンではない。
いや、それ以前にだ。
気づいた人も多いかと思うが俺はこのスライムを倒してすらいない。
普通は倒さないと絶対に表示されないはずなのにだ。
ただ周りを警戒しながら森の中を歩いていると目の前にこいつが現れて、突然コマンドが出たと思えばこれだ。
さてどうしたものか……
辺りを見渡し他のモンスターがいないことを再確認した俺はジッとスライムを見つめた。
するとーー
「何を迷ってるんだよ。さっさと仲間にしろよ」
「うおっ!? しゃべった!」
スライムがしゃべった。
大事なのでもう一度言おう。
スライムがしゃべった。
さっきまでアホ笑顔だったスライムは不快そうな表情で面倒くさそうに俺を睨んでいた。
な、なんて表情豊かで生意気なスライムなんだ……!
ぽよんぽよんと何度かジャンプし、ムカつく口調で俺に話しかける。
「俺強いんだぜ? だってここにスライムがいるなんておかしいと思わないか?」
「た、確かに…」
「だろ? 俺がここにいれるのは俺が強いからだ。じゃないと他のモンスターに殺されてるよ」
「モンスター同士で殺し合いなんてするのか……?」
「当たり前だろ。それぞれのモンスターごとに縄張りってもんがあるんだ」
「で、お前はその中で生きていけると…」
「そういうこと。俺の実力ならこのダンジョンは安全圏だからな」
「ここが!? 俺だって世間じゃそこそこ有名なソロプレーヤーだけど中々キツイぞこのダンジョン」
「バカだな。この俺がそこらの勇者やプレーヤーごときに負けるわけないだろ」
偉そうにフフンと鼻を鳴らす。
その青い体が少しだけ縦に伸びているのは背伸びをしているからだろうか。
たったそれくらいでは俺の身長に届くわけがないというのに。
けれど、そんな俺の視線の下だというのにスライムはそのクリクリの目で俺を上から見下しているようだった。
一瞬、斬ってしまおうかとも思ったが、存外こいつの言っていることも正しい。
やはり各階層でそれなりのレベルのモンスターが過ごしているということはモンスター同士でも争いが繰り広げられているのは間違いないと考えてもいい。
ダンジョンレベルが上がれば上がるほどモンスターを倒した時のドロップアイテムがよくなっていくことから、モンスターにとってもいいものが沢山あるのだろう。
となるとこのスライムは意外とバカに出来ないのかもしれないのだから。
それにいくら偉そうでも仲間になりたいという好意を寄せているやつを斬り捨てるのは気が引けるものだ。
だけど気になることもいくつかあった。
「でもここが安全圏ならなんでわざわざ俺なんかの仲間に? 充分暮らしていけるんだろ?」
仮にこいつが強いとして、ここが安全圏ダンジョンだとすれば俺の仲間になる必要はない。
ここで優雅に過ごすなり、上の階層で待ってもっと強いプレーヤーの仲間になるなりあるはずだ。
「飽きたんだよ。ダンジョン暮らしに。でも俺たちにモンスターはプレーヤーの仲間にならないとダンジョン外の世界を見れないだろ? だから仲間になってやるって言ってるんだよ。それにあんたが強いプレーヤーだってモンスターの間でも有名なんだぜ?」
なるほど。
そういうことか。
各ダンジョンの入り口には結界が張ってあって、スライムの言う通りモンスターはプレーヤーの仲間になる以外にダンジョン外には出られない。
だから街にモンスターが襲ってくるなんてことはないし、そんな結界にわざわざ入ってくる俺達をモンスターは荒らし者だと思って狙ってくる。
けどモンスターでもダンジョン外に行きたいなんて思うんだな。
意外そうにスライムを見るとあのアホ笑顔で飛び跳ねて『さ、俺を仲間にする気になっただろ!?』とでも言いたげな表情で俺を見ていた。
あ〜、大半のモンスターって倒された後そんな感じで俺達を見ているんだろうか……?
「何だよまだ決心つかないのか? しょうがねぇなぁ」
俺が別のことを考えている間に迷っていると勘違いしたスライムがつまらんといった表情で俺から離れ、茂みの方に視線をやった。
草むらに飛び込み、ガサガサとわざと大きく音を鳴らしたかと思うと『ウゴオォォォーー!』という鈍い叫び声と共にスライムが再び草むらから帰ってきた。
「ウゴッウゴッウゴオォー!」
このダンジョンでも有数の強力モンスター『巨大狂猿』を連れて。
「お前何をやってくれるんだよ!?」
キングコングはその名の通り狂暴で、そしてバカだ。
そのバカさは防御に徹することなく敵を確認した以上、敵か自分が倒れるまで何も考えずに連続で襲ってくることに効果を発揮し、動きが読めず、また休む間もなく強力な攻撃が飛んでくることから俺たちにプレーヤーの中でも一発のダメージは覚悟しろと言われるほどに厄介で、嫌われているタイプのモンスターだ。
それに対してスライムは不敵の笑みを浮かべると俺にこう言い放った。
「証明してやるよ。俺が強いってこと。だから俺がもし勝ったら問答無用で仲間にしろよ」
おぉ、望むところじゃないか。
そう言ってやろうと思ったのに、こいつはそれさえも俺に言わせることなくキングコングに突っ込んで言った。
なんだコラ。
俺に拒否権はないってか?
相当喧嘩売ってくれるじゃないか。
出会ってから随時イライラさせてくれるスライムはこういう時にまで俺をイライラさせてくれた。
負けろ。そのままグチャってなって負けろ。
心の中で熱心に祈りを捧げ始めた俺だったが、現実はそうはいかなかった。
その体の小ささを生かしたスライムは驚くべき早さでキングコングの懐に忍び込みまずは一発。
衝撃で飛ばされて怯んだキングコングに間髪入れずもう一発。
……………あれ?
キングコング動かなくない……?
ええっ!?
もう倒れちゃったの!?
たった2発!?
スライムの攻撃たった2発で倒れちゃった!?
お、俺でも技込みで6発はいれないと倒れないっていうのに……
「それじゃ俺を仲間にしてもらうぜ」
「お、おう……」
呆気ない幕切れと、予想以上のスライムの強さに唖然としていた俺の脳内では『タラタラッタッタッタ〜』という有名な音楽が流れる。
『スライムが仲間になった』
そんな一言、短い表示と共に。