第2回:だっておやじは18歳以上
「てんめ、お前見ず知らずの他人を殴っていいと思っているのか。親の顔が見てみたいわ」
おやじは目を覚ました途端俺にぷりぷりと怒って説教し始めた。
他人なら不法侵入するなよ、と俺は思ったが、話がこじれそうなのでやめた。
俺の名前は林季彦。都会の高校に通うために単身上京し、一人暮らしをしている。今は学校が春休みに入っているため空いた時間を利用して日払いのバイトをしてきたところだ。あまり派手に金を使う方でもないが、仕送りが親のパチンコの儲け具合で変わるため安心していられないのだ。
本屋の棚卸しを手伝い、くたびれたからさっさと風呂にでも入ろうと帰ってくると、このおやじがいた。
自称魔法の世界からやってきた、魔法少女ルンルン・チャーミィ……の代理人。
その実、春になったから脳の湧いたらしいステテコはいたおやじ。
正直、正体とかなんでもいいから早く帰って欲しい。
俺はおやじの怒りを煽らないように適当に謝って早々に帰ってもらうことにした。けれでも、おやじは二転三転どうでもいい話を続けている。
「……だからな、そのときおれは言ってやったのよ。穴が3個もあるんじゃ、それは本物とはいえねぇってな!」
「……あの、ご熱弁のところすいません。それで、用件というのは……」
「ああ、そう、そうだったな。じゃ、茶でも飲みながらそのことを話すか」
お茶の位置は既に物色されていて知られているらしい。すっかり部屋の主人であるかのような振る舞いである。
「で、だな。お前さ、こないだ願っただろ」
「なにを?」
「ほら、西松屋の駐車場で」
「覚えてませんが……」
「覚えてろ。とにかくお前は願ったんだよ。ほら、ダチ公とニ、三人集まってだな。『彼女ほしーっ!』ってな。へ、情けねーこと願ったわけよ」
「そ、そんなこと! 願ってなんか!」
「ないってか? 嘘つくんじゃねよ。ちゃんとベビー服の女神様が願い事を聞き届けたんだからな。お前、女神様の耳が遠くなったとか言いやがるつもりかよ」
……へ?
「いや、言いませんけど。今なんて言いました?」
「なんだ耳が遠くなったのはお前か。いいか、だから、女神様がお前の願いを聞き届けてくださったのよ、西松屋の駐車場でだな」
「なんの女神様?」
「ベビー服だっつってんだろうが」
……。
日本古来の信仰には万物には神が宿ると信じられている。火の神や水の神から木の神、お米の神、果ては便所の神に同人誌の神。
しかし、ベビー服にも神様が宿っているとは。人類はここまできましたよ、おかあさん。
「その女神様ってやっぱりベビー服着てるの?」
「なにがやっぱりなのかわからねーが、着てるぞ。女神様は自ら進んでベビー服の神に志願しなさったんだからな」
「子供なの?」
「へっへ、それがよ。パッツンパッツンいろっペー女でよ。ボタンなんかしょっちゅう弾けとんでんのよ、胸とかズボンとかな、これがまた触りたくなるくらい柔らかそうな体でよ。新体操とかやってたそうなんだな。胸なんか、ちょっと動くだけでこー、ぷるんぷるーんてな震えて……てめ、なに言わせんだよ、エロガキ」
おじさんが勝手に言ってました。
でも、そんな女神様がいるならどうせなら神様本人に来て欲しいなんて言ったらばちが当たるだろうか。少なくとも、こんなおやじが派遣されてくるなんてサギのような。
「だけど、お前、おれが来てラッキーだったな」
なにがラッキーだ。
「おれの娘は15歳でよ。親のおれが言うのもなんだが、かわいい顔してるくせしておくてでよ。いまだにファーストキッスがどうにか言ってんのよ。たく、ありゃ、かあちゃんに似たんだな」
ピュアそうな子だなぁ。やっぱりそっちが良かったよ、おやじ。
「ファーストキッスのなんて、生後一週間でおれがやってやったのによ」
最悪だ。おやじ。
「でも、そんな娘だからよ。だめなんだな、うん」
「なにがですか……」
俺はかなりへこんでいた。
本当なら、そのピュアでかわいい魔法少女が俺の願いをかなえるためにやってくるはずだったのだ。
ピュアとかかわいいとか、そういうのは人の価値観にも左右されるから、置いておくとしても、少なくとも、この畳の上に正座してステテコおやじと2人きりという状況は避けれたわけだ。ああ、嘆息、感嘆詞。
「だって、お前、考えてみろよ、俺は大人だぞ?」
大人じゃなくても良かったです。
「だから?」
「頭の回転が遅いやつだな。いいか、つまり言い方を帰るとだな。おれは18歳以上だってことよ」
18歳以上。
18歳以上……?
18歳以上!
それは魅惑の言葉。社会に歴然とまたがる断崖! お子様なんて門前払い、いつの時代も、年頃の子達が熱望してやまない禁断のヴェール!
『あなたは18歳以上ですか?』
なんどインターネットでその文字を見たことか!
なんどその壁を乗り越えてきたことか!
18歳の誕生日。それでもついつい変装せずにはいられずに足を運び、地元の書店で雑誌を受付のおばさんに渡したときのドキドキを思い出す。
そうか、そうなんだ!
「お父様! 来てくれてありがとうございます!」
俺は心から感謝の言葉を発した。