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なろうっぽい小説

身のほど知らずの救済論

作者: 伽藍
掲載日:2026/04/04

 王国には、虐待家族から救われたシンデレラとして有名な伯爵夫人がいた。人びとから愛されるシンデレラの夢が醒めるお話。

 ティンダル王国の貴族社会で、ブリアナ・マグラシャン伯爵夫人は非常に人気が高く、有名な存在だった。


 それは彼女がかつて血の繋がった実の親に虐待されていた悲劇の令嬢であり、しかもその後に社交界で非常に人気の高いトレイシー・マグラシャン伯爵に見初められて救い出されたシンデレラだからだ。

 まるでお伽噺のようなシンデレラストーリーを、貴族たちも民衆たちも非常に好んだ。複数の作家たちによって事実を元にした小説が執筆され、その小説を元にした舞台は話題が話題を呼んで連日満席になるほどの人気ぶりだった。


 これはブリアナが実の親からの虐待という大変な過去を背負いながらも、非常に優しく健気な性格をしていたのも要因だった。社交界の女性たちはあっという間にブリアナと仲良くなったし、虐待による教育不足のために所作の拙いブリアナに色々なことを教えてやった。

 そして人びとはトレイシー・マグラシャン伯爵のことを、真実の愛の相手を救い上げたヒーローとして持て囃したのだった。



 ――というのが、世間一般での話である。そうして今日も、マグラシャン伯爵家にはトレイシーがブリアナを叱責する声が響いている。


「ブリアナ!」


 ひどく威圧的な声で、トレイシーはブリアナを叱りつけた。昔から実父や実母の酷い怒鳴り声や金切り声に怯えて生きてきたブリアナは、それだけで頭が半分くらい真っ白になってしまう。

 それでも既に伯爵夫人である以上は、いつまでも弱々しい様子を見せていることはできなかった。ブリアナは親しくなった高位貴族の夫人たちから教わった通りに、穏やかな表情で背筋を伸ばしてトレイシーに対峙した。


「何でしょうか、旦那様」

「先日のパーティーで出した仔牛の仕入れ先を勝手に変えたと聞いたぞ! 何を勝手な真似をしているんだ!」


 怒鳴られるたびに、頭がぐらりと揺れる思いがする。それでも、ブリアナは言い返した。


「南方の公爵夫人から噂を聞きましたが、例の牧場は畜産のために違法な薬物を使っているようで、近いうちに国による立ち入り調査が入るそうです。新しい仕入れ先は色々な方から教えて頂いた、信頼できる牧場ですよ」

「煩い、口答えをするな!」


 トレイシーは叫び返して、長いテーブルの向かい側に座っていたブリアナに中身の残ったスープ皿を投げつけた。まだ熱いスープがブリアナの胸元にかかって、床に落ちたスープ皿が割れる。


「落ち着いてくださいませ、旦那様」

「どうせその牧場の男と懇ろなんだろう、見境なく男を誘うのもいい加減にしろよ!」

「そんな真似はしておりません! 適当なことを言わないでくださいませ」

「黙れ!」


 ガンッ、とけたたましい音を立てて、トレイシーがテーブルを蹴り上げる。重量のあるテーブルは倒れこそしなかったが、上に乗っていた皿やカトラリーが跳ねた。


「乱暴な真似はお止めください……!」


 トレイシーが立ち上がって、常に持ち歩いている杖を持ってブリアナに近づいていく。逃げようとしたブリアナの髪を引っ張って床に転がし、杖で何度も打ち据えた。


「お前みたいな不良品を引き取ってやったんだ、感謝が足りないんだよ! お前は!」


 言いながら何度も何度も、繰り返しトレイシーはブリアナを打ち据えた。ドレスで隠れる背中や足ばかりを打ち据えるのが、トレイシーという男だった。


 しばらくして気が済んだのか、トレイシーが鼻息を荒くして食堂から出て行く。その背中に、ブリアナは慌てて声をかけた。


「どこに行かれるのですか、数時間後には来客の予定がございます!」

「来客までには戻る! 気晴らしだ、口を出すな!」

「お待ちください、それまでに最後の調整を……」

「それくらい一人でやれ! それがお前の仕事だろうが!」


 言い捨てて去って行くトレイシーをやるせなく見送って、ブリアナは溜め息をついた。痛むからだをどうにか起こして、這いずるようにして椅子に座り直す。


 屋敷の使用人たちはトレイシーを止めることも、ブリアナを助け起こすこともなかった。ブリアナは先代の伯爵夫人から息子を誑かしたと言われて嫌われているので、使用人たちもブリアナには冷たいのだった。


 呆然として、ブリアナは周囲を見回した。

 整えられた家に、文句のない食事。少なくともトレイシーからの暴言や暴力を我慢すれば、ブリアナは住む家と、食べるものは得ることができる。


 どうしてこうなったのだろう、とたびたび思う。そうしてやっぱり、生き延びてしまったのが悪かったのだ、と自分で答えを出す。


 生き延びてしまったのが悪いのだ。

 生きているのが悪いのだ。

 生まれてしまったのが悪いのだ。


 つまり、何もかも、ブリアナというのは、間違っているのだ。

 要するにこれはブリアナの自業自得で、全部全部何もかも、ブリアナが悪いのだった。



 結婚する前、ブリアナの知るトレイシーは本当に優しい男だった。

 色々な面で拙さの目立つブリアナを支えてくれたし、愛してくれた。だからブリアナもトレイシーの愛に応えたくて、トレイシーの隣に相応しい女性になりたくて、必死に努力した。


 トレイシーの様子が変わったのは、ブリアナと結婚して三か月が経つ頃だった。少しずつトレイシーが冷たくなっていったのだ。

 そしてトレイシーの両親である元伯爵夫妻との食事会のあとに、トレイシーの様子が急変する。


「おい、今日の薔薇の色はなんだ」


 そのときのブリアナは何が悪かったのか判らなくて、トレイシーに気負いなく首を傾げた。


「懇意にしている花屋から、稀少な薄紫の薔薇が手に入ったと教えて頂いたのです。珍しいものですし近ごろは巷でも人気がありますし、お義母様にもきっと喜んで頂けるだろうと思いまして」

「黙れ、余計なことをするな! 母上はピンクの薔薇が好きなんだぞ! なんだあの趣味の悪い色は!」

「申し訳ありません、流行りの小説でも題材に使われたそうで、特に女性たちに人気が高いと聞きましたから」

「口答えをするんじゃない!」


 ブリアナが何の反応もできないうちに、トレイシーはブリアナを殴りつけた。それをブリアナは、呆然と受けるしかなかった。


「トレイシー様……?」

「やっぱり出来損ないの顔だけ女など嫁に迎えるのではなかったな」


 心底汚らわしいものを見るように、トレイシーはブリアナを蔑んだのだった。


「男の同情を買って媚びを売るしかできない低脳女が、あまり勘違いするなよ」



 それから、トレイシーによるブリアナへの虐待が始まった。それがまるでブリアナの両親がブリアナに対するときのようで、ブリアナはトレイシーを前にするとどんどん何も言えなくなっていった。

 このままではいけないと思って、ブリアナは親しくなった貴族女性たちに教えを請うた。礼儀や作法を一から学び直し、勧められた学習書にも片っ端から眼を通した。貴族当主夫人としての振るまい方、考え方、人脈作りの方法など、女性たちは親切に色々なことを教えてくれた。


 けれど、トレイシーの心は離れるばかりだった。どんどんトレイシーの振る舞いは乱暴になって、ブリアナはもう近ごろでは何が悪かったのかも判断できなくなっていた。


 それでもトレイシーから離れられなかったのは、第一子である娘がいたからだ。

 子どもというのは両親が揃っていても育てるのは大変なのに、片親になって育てていく自信がなかった。ブリアナが娘と離れるという選択肢はなかった。


 少なくともブリアナが伯爵夫人である限り、娘は伯爵令嬢として、相応の教育を受けることができる。それだけが、いまのブリアナを支えていたのだった。



 娘は早いもので四歳になって、少しずつ淑女教育も始めているところだった。女の子は早熟だというが、口が達者でませている様子が可愛らしい。


 だというのに、ブリアナはある日、娘に手を上げてしまったのだ。


「何をしているの!」


 考えるよりも早く、まだ四歳の小さな娘に対して、ブリアナは頬を張った。叩いてしまってから、はっと我に返った。


 娘の手元では、熱い紅茶が入ったティーポットがひっくり返りかけている。そのティーポットを、ブリアナは娘の手から乱暴に取り上げた。

 娘が心配だったからだ、と思った。あのままティーポットがひっくり返ったら、娘は火傷をしてしまっただろう。娘が本当に心配だったから、ブリアナは娘を叱るのについやり過ぎてしまったのだ。


 そう、何度も、自分に言い聞かせた。


 けれど、一度手を上げてしまってからは、箍が外れたようだった。ブリアナは、事あるごとに娘に手を上げるようになった。


「やめて、おかあさま、おかあさま」


 何度も何度もそう繰り返す、娘の姿がかつての自分の姿に重なって、それがまた腹が立って、ブリアナは娘を殴りつけるのだった。


 そんなある日、ブリアナは娘を褒めることがあった。娘が家庭教師から非常に賢い子だと褒められたのだ。

 ブリアナは娘を褒めるために、娘を撫でようとして、娘の頭に手を伸ばした。


 娘は身を固くして、眼を瞑って、ほとんど反射のように、自分を守っていた。


「……あ、」


 そこで、ブリアナははたと我に返ることになる。


 何をしているのだろう、と思った。

 何をしているのだろう。こんなに小さな子どもに、愛しい娘に、自分は何をしているのだろう。


 だから、ブリアナは娘に声をかけた。


「お出かけしましょうか」


 そう言って、連れ出した。

 伯爵夫人のはずなのに、護衛はついてこなかった。好都合だった。


 ブリアナは娘を連れたその足で、握りしめた金子で幾つかの馬車を乗り継いだ。そして訪れたこともない、けれどそれなりに大きな街に入ったところで、その街の教会に併設されている救済院に駆け込んだ。

 救済院は教会の支援と慈善家たちの寄付と住んでいる人びとの稼ぎによって支えられている施設で、弱い立場のものが家族や権力から身を守るために入ることができるのだった。その救済院に、ブリアナは娘を引き渡した。


 娘のあちこちにできた痣やその他の怪我に、救済院の女性は眼を見張って、娘を大切に抱きしめた。

 それから複雑な表情で、女性はブリアナに視線を向けた。


「あなたもご一緒に入られますか」

「いいえ」


 その誘いに、ブリアナははっきりと首を振ったのだった。


「わたくしはもう、神のお慈悲を受ける資格を失ってしまいました」


 何かを言おうとして口を噤んだ女性に微笑んで、ブリアナは救済院をあとにした。ぽつりぽつり、と呟く。


「何もかも、わたしが間違っていたんだわ」


 行きがけに眼をつけていた流れの速い川を覗き込んで、ふふ、とブリアナは本当に安心したように笑った。

 そうして笑ったまま、初めて救いに気づいたみたいな表情で、ブリアナは川に飛び込んだのだった。

 死ぬことでしか救われない人間って、どうしても一定数は存在しますからね

 ブリアナは実際問題、弱くて愚かな女性でした。シンデレラのヒロインになれない程度には


 虐待の再生産っていうネタは去年末くらいから頭にあって、どうやって形にするかなーというのが決まらなかったので保留になっていました。ふと思いついたので書いてみます

 これ別の案もあって、『旦那は本当に良いひとなんだけど、虐待を受けていた女性のほうが娘に虐待してしまう』というパターンも考えていました。現実的に考えれば、どっちも普通にあり得る話だと思います


 前提としてわたしはシンデレラストーリーが大好きなのですが(本当だよ嘘じゃないよ)、それはそれとして心が二つも三つもあるので『虐待を受けていた人間が誰かと結婚したとしてまともに生きられるのか?』『そもそも虐待を受けていた人間(特に女性)に近づいてくる相手なんてそいつ自身もろくでもないパターンだって多いのでは?』とも考えてしまいます

 自分で書くとこんなんになっちゃうので、薄幸で善良な美少女がスパダリに愛されて幸せになるタイプのシンデレラストーリーは大好きです。人間とは自分に足りないものを求める生きものですからね


 もういつだかも判らないくらい大昔に、何かの書籍か論文で『虐待を受けて育った男はパートナーにDVしやすいし、女はパートナーからDVされやすい』という説を読んでから、ずっとずっとそのことが頭から離れません。だってわたしはこの説に対して『一理あるな』と思ってしまうので

 それとは別の、こっちは小説なのですが、同じ説を作中で取り上げて真っ向から大否定している作品もあります(けっこう人気の小説なので知ってるひとは知ってるかも)。現実はいったん横に置いておいて、これが創作の良いところだよなー、と思います。わたしはわたしにできないことに憧れてしまうのよ


【追記20260404】

https://mypage.syosetu.com/mypageblog/view/userid/799770/blogkey/3610928/

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― 新着の感想 ―
結局何が描きたかったのかわかりませんでした
虐待されて育ったのとDVの被害者とはかなり違うんですよ。家庭で親から虐待された子は暴力は振るえないと思いますよ まぁ経験してない人たちがあれこれ論じるのを見てて、ちょっとそれはというプロの意見もかなり…
何と言うか、ブリアナに救いが無くて悲しい 虐待はダメな事だし、被害者だった者であっても加害者となればそれは罪な事で許されざる事だけど せめて、来世もしくは生き延びたのなら新たな生を送って欲しいと思い…
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