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7◇授業

7◇授業

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アイリスの授業は一般教養に移っていった。


まずは単語の意味と読み。

この世界の言語は国が違ってもほぼ共通らしい。

文字もアルファベットに類した60文字くらいの文字種なので覚えるのもすぐだ。

方言の様なものはあるが、基本的に話は通じる。

但し、ある程度はマーティンの記憶のおかげで分かるが、ちょっと込み入った表現になると途端に分からなくなるのでそれのお勉強だ。


次に算術だ。

まず足し算と引き算を教えられた。

俺は前世ではそれなりの学歴はあるので小学生低学年レベルは無問題だ。

だが、アイリスに不信感を持たせてもいけないので少し悩むふりをする。

マーティンは算術が不得手だった様で、心理的に拒否感を感じた。

それで、足し算はさすがにすぐ答えたが、引き算はわざと両手の指を折って数えてから答えた。


「はい、良く出来ました。それでは桁を増やしてみましょうね。」


アイリスはそう言うと、3桁同士の加減算の問題を出してきた。

この世界の数字は基本十進数で、桁上がりの概念もアラビア数字と同じだし、ゼロ相当もある。

ただ、数字の文字の形は違うので、前世の暗算に慣れた俺は少し混乱した。

俺は目を瞑ると目の前の紙に書かれた異世界数字をアラビア数字に置き換える。

そして置き換えたアラビア数字同士で暗算すると、十の位の数字をわざと間違えて書く。


「あらー、惜しいですね。ここの数字は*です。」


アイリスはそう言いながら紙に筆算を書いて俺に丁寧に説明した。

なるほど。

こちらの世界での加減算の筆算はこうするのか、と納得して次の問題から間違うことは無くなった。


「すばらしいですね!一度の説明でこれほど計算が出来る様になるとは、さすがカイル様の甥御様ですね!」


アイリスはそう言って俺を褒めた。

カイルというのは王都で官僚をしている俺の叔父だ。

次男なので王都に職を求めたらしい。

税金を扱う部署と聞いたことがあるので、計算は得意というか必須なのだろう。


俺は調子に乗って、もう少し難しい問題を出してくれとアイリスに要望した。


「では、次は掛け算をやってみましょうか。」


アイリスはそう言って二桁と一桁の掛け算を紙に書いた。

乗算の記号は無く、言葉で何を何倍するという表現だな。

俺は紙に二桁の数字を一桁の数字の回数分縦に並べて書いた。

そして、2行づつ加算を繰り返して回答した。

本当はそんなことをしなくとも暗算レベルなのだが、アイリスを安心させる為に少し演出した。


「すごいですね!この方法は誰かに教わりましたか?」


「いえ、自然と思いつきました。掛け算は足し算する回数と思いましたので。」


アイリスはしきりに感心する感心すると言っていたが、俺はちょっと気恥ずかしくなって次を催促した。


「次は割り算をしましょうか。」


アイリスはそう言って、二桁と一桁で割り切れる関係の数字を並べて書いた。

俺は掛け算とは逆に、わざと2行づつ引き算をして余りがゼロになったところで割った回数を答えた。


「ちょっと怖いくらいです。どうしていきなりそこまで出来るんですか?」


アイリスはそう聞くが、前世の小学生の算数である。

九九を覚えた元日本人が暗算で出来るのは当たり前なので、非常に面映ゆい。

何とか記憶喪失と引っ掛けて閃いたことにしてごまかし、その日の授業は終わった。


―――――――――――――――――――――――――――――


その日の午後、セバスチャンが剣技の稽古の用意が出来たと言って来たので、自室で皮鎧に着替えた。

勿論、アンナの手助けがあって初めてまともに着られる代物である。

前日は訳も分からず父親にいきなり言われてメイド3人がかりで大急ぎで着けられた皮鎧だ。

今回はじっくりアンナに手助けして貰って、着付けの順番を覚える。

さすがに背中の一部は一人では着られないが、だいたいは纏える様になったかな。


着替え終わるとセバスチャンが庭の訓練場所に案内する。

そこには護衛隊長のマークが居た。


「坊ちゃん。護衛隊長のマークです。覚えていらっしゃらないとのことですので、基礎の基礎からお教えする様に旦那様から言付かっております。」


マークはそう言うと、隅に控えていたメイドが抱えていた軽そうな木剣を受け取って俺に渡して来た。


「よろしくお願いします。この木剣はずいぶん軽いんですね。」


俺がそう言うと、


「坊ちゃん。敬語は止してくださいよ。以前はマーク隊長と気軽に呼んでくれていたではないですか。」


俺は日本人の習性で、年上のしかも初対面の人には自然と敬語で話してしまう。

だが、こちらは貴族制の身分制度がガチガチに決まった世界だ。

ならばこちらの世界の習わしに従うのが吉だ。


「その木剣は旦那様から言われて、初歩の初歩からということで一番軽い木剣にしました。」


「分かった。マーク隊長、よろしく頼む。」


そう言うとマークは剣の握り方から俺に教えていった。


こちらの剣技は基本的に両手持ちの大剣である。

特に貴族は盾を用いない剣のみの剣技が美しいとされており、貴族子弟はまずそれから習う。


俺の前世の剣道とはだいぶ違うが、両手持ちは同じなので覚えるのは早かった。

教えられた握りで木剣の素振りを繰り返し行う。

マークは俺が疲れて振りが怪しくなると休憩させ、剣技の歴史や歴代の剣豪などを教えてくれた。

回復するとまた素振りを行い、その日は素振りだけで終わった。


「坊ちゃん。剣技はくりかえし体に覚え込ませるのが上達の早道です。朝晩食事後に100回程度は振ってください。」


マークはそう言うとやっと解放してくれた。

その日は夕食後に入浴したら疲れてそのまま眠ってしまった。


―――――――――――――――――――――――――――――


次の日以降も午前から昼過ぎまではアイリスの授業、それ以降はマークの剣技の指導が続いた。


アイリスの授業も四則演算は5桁同士、歴史はこの国の発展と領の歴代当主とその実績、地理は国内外の概略地図に勢力分布と流通経路を含めた相互関係、税制の原理と徴税の計算方法と現在の領の実績、市場の実際の流通の確認と仕入れと販売の実践などを時間をかけてじっくり教えてくれた。

まぁ税の計算方法は俺が分からないのを承知で言っていたと思うが、副業で青色申告をしたことがある俺には分かってしまった。


かなり前世と異なる手法の場合も多かったので戸惑いはしたが、アイリスもこちらの年齢を考慮して優しく噛み砕いて教えてくれた。

また、王都学園に入学してから習う様な事はある程度除外していると言っていたので、アイリスの授業は1ヶ月程度で終了した。

その後は自習ということで、アイリスの依頼で許可の出た屋敷内の図書館にある大人向けの本を片っ端から読むのに費やした。

図書館の大人向けの本は政治、軍事、商売、流通関係が殆どで、小説の類いは無かった。

たぶん両親が隠しているな。


書物の内容で分からないことは疑問を紙に書いて、領都領内管理部に戻ったアイリス宛てに送る。

毎日の定期連絡便に乗せて送ると、次の日にはきちんと回答が返って来たので自習の効率はかなり上がった。



マークの剣技指導も本格化し、より重い木剣に交換されて素振りの回数も増やされた。

それにも増して、すぐに始まった打ち合いもだんだん手厳しいものとなっていった。

父親の許可は貰っているらしく、痛いと抗議しても手加減はあまりして貰えなかった。


マークの部下の護衛達も呼ばれ、複数人での戦闘の連携も教わった。

護衛のミラーとザンドは俺と仲が良かったらしく、改めて親しくなっていった。


「坊ちゃん、以前の鍛錬を忘れているということでしたが、既に以前よりも格段に強くおなりですな。この調子なら来年入学するまでに学園での剣技基礎訓練は免除されるかもしれませんね。」


「剣技基礎訓練って?」


「王都学園に入学して最初の一年は必須科目として全員に剣技の基礎訓練が課されます。但し入学直後に申請すれば、試験の上で訓練が免除されるというしくみがあります。免除されると自由時間が増えるので他の勉学や魔法修練に当てることが出来ます。」


「それはいいな。でも、他の生徒と違うことをするとのけ者にされるとかはないの?」


「それはご心配には及びません。週に一回は剣技の合同基礎訓練に参加し、補助教員として同級生と関わることになりますので、全くの無関係になるということはありませんのでご安心ください。まぁ同級生に教わるということで不機嫌になる者も少しは出ますが。」


「そうか。それならそれほど心配することもないな。うん。剣技訓練免除試験?を受けてみるよ。」


俺はそう言うとマークに強く打ち込んだ。


訓練で怪我をすると魔術治療師のハンスが呼ばれ、治療魔法で傷を治してくれた。

打撲の青あざも潮が引くようにすぅっと消え、木剣の先端で引っかけられた手の甲の切り傷も跡形も無く治った。


「ハンス、ありがとう。」


「いえいえ、私の仕事です。」


ハンスはどこか他人行儀な俺に少し悲しい目をして他の護衛達の怪我も治していった。

ハンスとは仲が良かったらしいが、覚えていないものは仕方が無い。

魔法はアイリスに習っていたので、益々ハンスとの関わり合いは無いのであった。


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