59◇あいきゃんふらい
59◇あいきゃんふらい
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冒険者協会の本部での打診も終わり、エドモンドと俺は本部の入口で別れた。
エドモンドと技術部長のジェイクはその後落ち合って飲みに行く様だ。
俺はランバート・キーを2個とも馬車に積み、叔父宅に向かう。
馬車で30分くらいなので近いものだ。
今日は少し遅くなることは予め叔父家族に言っておいたので、夕食は別に残しておいてくれた。
帰ったことを叔父に伝え、アンナが食事を温めてくれたので食べる。
ランバート・キーは馬車に積んだままで、明日学園にそのまま持って行く。
往復2時間弱馬車に乗ったのでちょっと疲れた様で、ベッドにダイブするとそのまま熟睡してしまった。
次の日、俺は以前から試そうと思っていたことをやってみる。
この世界の移動手段の改革だ。
魔法という便利なものがあるのに未だに馬車が主流だ。
俺が実家に帰るのに1週間もかかるのが我慢ならない。
前世なら新幹線で2時間の距離だ。
まずこれを何とかしたい。
学園に行き、放課後にランバート・キーを魔石部に預けに行くとエドモンドが青い顔をしていた。
昨日飲み過ぎたらしい。
ランク1装備の中に医薬品キットがあり、酔い止めもあったと思うがあれは乗り物酔い用だしなぁ。
「リーダー、ランバート・キーは冒険者協会の人が来てからということで、他にやってみたいことがあるんだよね。」
俺は紙とペンを出すと三角形の骨組みとそれに張る布地、その下に丈夫な籠の様な物が付いた物体の図を描いた。その上に一抱えほどの大きさの筒を1個、穴が前後方向に向くように付ける。
そう、これはモーターハンググライダーだ。
この世界には魔法がある。
グラビティ系と言って、アンチグラビティをかけると指定した物の重量が消費した魔力分だけ軽減される。
今の俺の魔力は2500超なので、かなりの物が浮かせられる。
例えば俺の体重の半分を軽減するには1時間当たり魔力を500消費する。
まぁこれくらいが妥当な効果だ。
俺の体重を全部相殺すれば翼など無くても宙に浮けるんだが、何故かその物体の重量の半分以上を軽減しようとすると指数関数的に魔力消費が増大する。
俺の体重を全て相殺しようとすると1分当たり魔力を1000くらい消費する計算になる。
それでも体重の8割減がやっとだ。
まぁこれを利用して高い所から飛び降りる技的には使われているが。
妥当な効果として体重が半分になれば小さめのハンググライダーでも容易に浮く。
小さければ材料費も少なく、強度もあまり要らず、費用もあまりかからない。
この世界の材質でも十分俺を乗せて浮かぶ物が出来るという訳だ。
これに推進力としてウィンド系の魔法を円筒状の筒に付与し、片方から空気を吸い込んでそれをもう片方から吹き出す。
そう、ジェット推進だ。
これにより、ハンググライダーはモーターハンググライダーへと進化し、平地からでも離陸が可能となる。
以上のことをエドモンドに説明すると、なぜ魔石を使わないと言われる。
俺は魔石で実現する方法が分からなかっただけなので正直に言うと、それなら俺にまかせろとエドモンドは胸を叩いた。
「で、なんでいきなりこんな物を作ろうとおもったんだい?」
「それは僕の実家にやり残したことがあって、今は他人に任せているんだけど気になって気になって。でも今のままだと長期休みの時にしか帰れないので何とかしたいと思ったんだよ。」
「これ、どれくらいの速度が出るか想定しているかい?」
「うーん、だいたい馬車で1日かかる距離を1時間くらいかな?」
馬車で1日かかる距離はだいたい100キロムだ。
それを1時間で飛ぶとなると時速100キロムになる。
前世のモーターハングがだいたい最大80km/hくらいだったので、魔法のあるこの世界なら100km/hは出来るだろ。
「マーティンの実家までは500キロムくらいだったら、5時間で着くことになるのか。それは凄いな。」
「そうでしょ?途中で休み休み行っても7時間あれば着くと思うし、やろうと思ったら日帰りも出来るんだ。」
「では、まず動力無しで作ってみようか。学園の裏山になだらかな丘がある。そこなら下りで勢いが付くだろ。」
あの簡単な図でよくそこまで分かったな。
大型の鳥が下り坂で助走を付けて飛び上がることを想像しているみたいだな。
そこで魔石部の資材置き場に行き、使えそうな物を集めて来る。
長い棒は大型のテントを張るときに使う木を強化した棒を使う。
竹刀くらいの太さだな。
かなり重い。
3mくらいの長さで1本5kgくらいだ。
これを2本繋いで6mとし、3本使って端をまとめて傘の骨の様に広がる様にする。
これだけで30kgにもなるが、重量軽減魔法で15kg相当になり、ストロング系の魔法のリジットを使うことで表面に強化樹脂膜を貼った様な効果が得られて曲げ強度は飛躍的に大きくなる。
前世のFRP強化処理と似た様なものだな。
3本を末広がりの様に置いてその状態で固定する横木を付ける。
これで前世の旧式ハンググライダーの様な形状となる。
この三角形の間に張る布が要るが、これは市場に行かないとあるかどうか分からない。
エドモンドは王宮の大型カーテンに使う材質が軽くて良いんじゃないかと言うが、非常に高そうだ。
とりあえず学園御用達の商人がいるとのことなので呼んでもらう。
魔石部の小間使いみたいな人にエドモンドが指示を出し、10分後には商人の格好をした人を連れて来た。
「まいどお世話になってます。エドモンド様、今回はどの様なご要望でしょう。」
何でも学園に出張所の様な小型店舗を置いており、普段使いの文具や道具類、訓練用の武具の消耗品、果ては服の注文受付や学園備品の椅子や机まで取り扱っているとのことだ。
「カーテンの様な大きな布地は扱っているか?」
「どれくらいの大きさで、生地はどの様な物がご要望で?」
エドモンドが俺に振って来たので、俺は魔石部の部室の中庭に広げられた3本の棒組を示し、
「あれに張れるくらいの大きさが要るんですが。生地は出来るだけ薄くて丈夫な物がいいですね。出来れば張って人が乗っても破れないくらいの強度が欲しいです。」
「大型の旗に使う布地が適しているでしょうね。王宮の旗竿に掲げてある旗はこれよりも大きいので使えると思います。材質も掲揚してはためかす関係上、かなり軽くて丈夫だったと思います。ただ、お値段がかなり高かったかと。」
「いくらだ?」
「この学園で掲揚している中型の旗ならこの骨組みの4分の1くらいは覆えるくらいで、1万シエク(10万円)くらいですね。王宮の旗はその縦横2倍以上はありますので、6万シエクくらいはするかと。」
「それ、至急入手出来ますか?6万シエクならすぐに払えます。」
俺は懐からランバート領の印が入った小切手帳を出し、名前と所属と金額を書いて渡す。
俺の銀行口座の残高はあれからかなり増えて、10万シエク程度ではびくともしないので即答だ。
定期的に銀行間連絡で残高が更新されているが、最後に見た時は100万シエクを超えていたな。
6万シエクを即払いしていた俺をエドモンドはちょっと引いて見ていたが、俺も少しは噛ませてくれと言って2万シエクの小切手を切っていた。
「これで合計8万シエクをお預かりします。旗の模様はどの様にしましょうか。」
「無地で。無理ならなるべく淡い青系か緑系の色ならなんでも。国旗や団体の旗は止めてね。」
「無地なら染料にかかる費用が軽減出来ますので多少は安くなると思います。ではこれで進めさせていただきますね。」
「あ、あとワイヤーってあります?鉄の細い線をより合わせて強くしたものなんですが。」
「ええ、ありますよ。番手と長さを教えてください。」
「ちょと不勉強なもので、その番手を教えてくれませんか。出来れば耐荷重で知りたいので。」
「はい、では細い方から。まず垂直荷重で言いますと、鉛筆の芯くらいの太さで100サブタン、鉛筆の半分くらいの太さで500サブタン、鉛筆くらいの太さで1タンくらいになります。」
「1タン」とは地球の重量でほぼ1トンに相当する。
これは距離の単位である1キロムの1000分の1である1サブキロムで立方体の容器を作って水を満たした場合の重量だ。
1タンは1000サブタンで、1サブタンは地球の単位で約1kgとなる。
「では、500サブタンのワイヤーを100mと、末端処理の部材と工具もお願い出来ますか。」
「分かりました。それは調べないと分からないので支払いは現品をお持ちした時にお願いします。」
学園商人はにこやかに去って行った。
さて、魔法の助けを借りて組立られることは分かったので、次は推進力だ。
「リーダー、これで鳥の様に高い所から飛び降りれば飛べると思うんだけど、平地からでも飛び立ちたいよね。」
「また何かよからぬことを考えているのか?」
「いやいや、真っ当な考えだよ。大きな鳥が急な斜面を翼を広げて走って下って浮かび上がるのは見たことあるよね?あれを平地でやるには横向きに強い風を吹かせればいいと思うんだ。で、ウィンド系の魔法で風を出せるんだけどそのままでは力が足らなくて到底使えないんだ。そこで筒の中にウィンド系の魔石を向きを揃えて敷き詰め、外に起動と制御の魔法陣を刻んだら使えないかな?」
魔石1個で足りなければ多数を並列駆動させれば良い。
ただ、かなり魔力を使うので高品質な魔石が大量に要るが。
まぁやってみないと分からないのでとりあえず実験だな。
「試しに魔石部にあるウィンド系の魔石をちょっと貸してくれない?」
「どれくらい要るんだ?」
「出来るだけ大きいのを20個くらい?」
「まぁ在庫はあるからそれくらいなら貸してもいいぞ。」
俺は早速部屋の隅に転がっていた小型の樽の蓋と底を外し、内側にエドモンドが持って来た箱に入っているウィンド系魔石を持って1個づつ仮起動して風の向きを確認し、印を付けて樽の内側に1周する様に並べていく。
並べると同時にアースシールドで土をセメントの様にして貼り付けていく。
樽の内側に1周ぐるりと貼り付け終わったら樽の外側に紙を貼って魔法陣を書き始める。
ウィンド系の魔法はかなり調べたことがあったので魔石の扱いも含めて詳しくなっていた。
樽の外側の紙にぐるりと繋がる様に魔法陣を書き、最後に制御用の魔法陣を書き加えて線で繋げる。
部屋の隅に重量を計る体重計の様な物があったので、その上に木の棒で井桁を組み樽を乗せる。
風が上向きになる様に乗せたので、これで魔法陣を起動すれば推力が分かるな。
井桁の隙間から空気を吸い込み、上向きに噴射するはずだ。
試しに少し吹かせてみるとかなりの風量は出る。
安全の為一式を中庭に移動して実験開始。
魔石はそれ自体が持っている魔力を消費して魔法を発動するが、外部から魔力が供給されればそれを合わせて利用してより強力な魔法を発動する。
俺は最初は魔法陣を起動するだけの魔力を供給し、徐々に制御魔法陣の効力を上げていく。
最大に上げたが、上向きに噴射される風は工場用扇風機の「強」くらいしか出なかった。
体重計?のメモリを見ると、乗せた重さを差し引いて10サブタンくらいしか出ていない。
これでは到底離陸速度には到達出来ない。
俺は自身の魔力を制御魔法陣に加えていく。
1分間に魔力を100消費するくらい上げると、やっと30サブタン(30kg)を超えた。
これ以上は樽が持ちそうにないので実験を中止する。
「これくらいならもっと工夫すれば100サブタンくらいは出るかな。」
前世のモーターグライダー用の小型ジェットエンジンがこれくらいの推力だった気がする。
まぁこっちは魔法があるんだし、何とかなるだろう。
「なるほど。これを水平に取付けて進む力にするんだな。これの名前は何てんだ?」
「魔石ジェットエンジンでどうです?」
「聞きなれない名前だが、まぁそれで行こう。」
この日はエドモンドと魔石ジェットエンジンについて理論的な構築をしていった。
さすがは魔石部リーダーである。
俺のしたいことを素早く汲み取り、的確な魔石の構成を考えてくれる。
俺の作った樽ジェットはせいぜい30サブタンくらいが限界だが、エドモンドの構成した魔石ジェットエンジンは理論的には200サブタンくらいは出るらしい。
まぁそこまで出すと魔石の燃費が極悪になるので制御で100サブタンくらいに抑えようとは思うが。
とりあえず魔石ジェットのプロトタイプ図面が上がったので学園内の工作部に依頼しに行く。
学園の工作部とは構造的な研究をする為の部署だが、その名の通り自分たちで工作もする。
その技量は代々引き継がれて城下町の有名工房よりも腕は上だと言われている。
「やぁ、モーリス。ちょっとお願いしたいことがあるんだけどいいかな。」
「お、エドモンド。珍しいな、魔石ばっかりいじって工作には興味が無いものだとばかり思っていたぞ。」
「いや、お願いがあるのは俺ではなく、このマーティンなんだよ。」
「初めまして。僕の名前はマーティン・ランバートと言います。エドモンドさんには色々相談に乗って貰っていて、今回高度な工作技術が必要だと判断してこちらにお邪魔した次第です。」
「これまた新入生だろ。いきなりこんな変人の元で遊んでていいのか?」
「おいおい、酷いな。どっちか言うと、俺の方がマーティンに引き回されているくらいなんだが。今日もいきなり空を飛びたいと言い出してあっという間に試作を作ることになったんだぜ。今日来たのはその構成の一部だよ。」
「そういうことなら図面を見せてみろ。どれ。」
モーリスと呼ばれたのは工作部のリーダーということだ。
腕前は王国でも上から数えた方が早いくらいだそうだ。
俺はエドモンドと一緒に書いた図面を見せる。
モーリスは暫く見ていたが、矢継ぎ早に質問を浴びせる。
間髪入れずエドモンドが答えていく。
すげけな。
途中で何を言っているのか分からなくなった。
「という具合に作って欲しいんだ。出来るかな?」
「おうよ、材料さえ揃えてくれれば2日で作れるな。お代はそっちの魔石を融通してくれ。後でリストを渡すから。」
俺とエドモンドはモーリスの了解を得て魔石部に戻り、再度学園商人を呼んで部材を発注した。




