22◇方位磁石
22◇方位磁石
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さて、そろそろ磁気コンパスを本格的にいじってみるかな。
まず、先日の魔の森遠征の時に召喚した双眼鏡を机の引き出しから出す。
これは89式の照準器調整の時に使っている所を皆に見られたが、あれだけ派手に撃ちまくったのでまたおかしな道具を使っているな程度にしか思われなかった様だ。
特に聞かれることも無かったので、そのまま背中の装備入れに突っ込んで持って帰った。
召喚した時に、製品の箱ごと出てきた。
あの時は照準器の調整で着弾が見たいだけだったので双眼鏡本体しか見てなかったが、これ丸っきりの新品だな。
付属の取説の入ったビニル袋を開封して読むと各国語で書かれてあり、当然日本語が最初にある。
ボタン電池2個も同梱されていたので取説を見ると、コンパスの夜間使用時の照明の様だ。
早速電池を入れて上部のスイッチを押すと照明が点いて、視野の下側のコンパスの角度目盛りが浮かび上がった。
これは便利だ。
箱をひっくり返すと予備の電池も10個出てきた。
誰かさん、なんて親切なんだ。
そう、この双眼鏡は「磁気コンパス」内蔵なのである。
あの時それとして使わなかったのはまだ時期尚早だと思ったからだ。
この世界の磁気コンパスは市販しているとは言え、価格が門番の給与半年分するブツだ。
それと同じかもっと高性能なこれをうっかり見せると持って行かれて大騒ぎになる。
まぁ召喚品なのでまた出せば良いのだが、市場に与えるインパクトが大きすぎる。
なにせ現代日本の光学技術の粋である高性能双眼鏡が付いて来るのだ。
逆か、高性能双眼鏡に1°単位で目盛りの付いた高精度磁気コンパスが付いて来るのだ。
ニ○ン製のマルチコートレンズ+防水の非常にクリアな視界は様々な用途に使える
監視、狩猟、戦争、長距離信号伝達(手旗信号、発色のろし、イメージ魔法による伝文)など。
海では目印になる島々をより遠くからはっきり見えるので、航海の精度が格段に上がる。
この世界の人間は視力が非常に良い。
俺は前世では裸眼で0.3メガネ矯正で1.0の視力だったので、マーティンとして転生した後の視力の良さには驚いた。
かなり離れた本棚の本のタイトルもはっきり見える。
俺は高校生時代までは視力は2.0あったが、その頃と比べても格段に良く見える。
アイリスに聞いたところ、魔力が多い人は視力も良いと言っていた。
無意識のうちに魔力による補正が入っているのかもとも。
その視力で現代日本製のクリアな視界の双眼鏡を覗いたら、7倍という低い倍率でも相当な利用価値がある。
この世界にもレンズを使った望遠鏡はあるが非常に高価で倍率も低く、視野も狭くて見辛い。
レンズの材質と研磨技術、光学設計が格段に違うので比較にならないな。
双眼鏡に使われているプリズムなんて尚更作れるレベルにはない。
さて、今時点で入手出来ている情報をまとめよう。
・1回目の魔の森行脚で本隊とはぐれ、位置が不明になった時に方位磁石があればいいなと思った。
・色々聞くと、この世界にも磁気コンパスはあるが、非常に高価で入手困難である。
・この世界の磁気コンパスは入手難である為、形状や性能、使い方が分からない。
・この世界の磁気コンパスの製造方法、販売方法、専売の有無、権利関係が分からない。
・地磁気を利用しているのは間違いないので、自領で量産すれば大きな収入源となる。
・この世界に電気技術の概念は無いので、強力な電磁石を作れれば磁針を大量生産出来て優位になる。
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俺は少し前にセバスチャンに呼んでもらった商人が来た時のことを思い返す。
磁石で遊べるおもちゃか道具を探してもらってたな。
「初めまして。私はこの領都で雑貨商をしておりますウィラード商会のニコラスと申します。この度はご用命いただきましてまことにありがとうございます。」
「私はマーティン・ランバードだ。この家の次男になる。よろしく。」
おれが返事を返すとセバスチャンが椅子に座る様に促す。
「マーティン様、セバスチャン様から伺っておりました、お互いに引き合う鉄鉱石を使った玩具や道具をお持ちしました。それと、ご依頼頂いていました「磁気コンパス」についてですが、私どもの商会では扱っておりませんので申しわけありませんがご用意出来ませんでした。」
やっぱり磁気コンパスは無理かー。
ニコラスはテーブルの上に肩から提げていた鞄から3個箱を取り出し、テーブルの上に並べた。
小さな鞄からそこそこ大きな箱が出て来たのでストレージかガレージ魔法を使っているな。
一つづつ中身を見せながら説明してくれる。
「こちらは「マハジキ」と言います。一見すると子供の玩具の様に見えますが、個々に変わった性質があってお互いに引き寄せたり弾いたりするので、それを面白く遊ぶルールがある様です。」
確かに。
ガラスのおはじきなら単にぶつけ合うだけだが、各々が磁気を帯びていたら予想不可能な動きをして面白いか。
「どうぞお手に取ってお確かめください。」
ニコラスはそう言うと、箱の中にある小さな布袋を取り出して5個ほどテーブルの上に置く。
磁鉄鉱と思われる黒っぽい色だが、綺麗に加工された少し大きめな碁石の様な形状だ。
2個手に取って手の平に並べて置いてみる。
つつくと向きによって吸引したり反発したりする。
確かに磁石だ。
だがかなり磁力は弱いな。
引き合う力で他方をぶら下げるまでの力は無い。
何個か組み合わせを試してみたが、似たような磁力だった。
「もっと強く引かれたり弾かれたりするのはないの?」
「申しわけございません。その形の玩具ではその程度が上限です。」
「うん、分かった。次を見せて。」
ニコラスはマハジキを横にどけて、次の箱から木の模型と鳥の模型を出してきた。
木は縦横30cmくらいで、鳥は3cmくらいだ。
木の枝に鳥の模型を近づけると吸い付いて止まった。
きつつきの様な形の鳥の模型は幹に横から付ける。
全部で6羽あった。
「これは「森の木と小鳥」という玩具です。これの他に人形と組み合わせて庭園風の遊びをする様です。少し脆いのでお手柔らかにお触りください。」
俺は慎重に鳥を摘まんで動かしてみると、確かに磁気で枝にくっついている。
ポケットから折りたたみナイフを取り出し、刃の背に当ててみるとくっつくので鳥が磁石か。
今度はナイフの刃の背を木の枝に軽く触れてもくっつかない。
こっちは鉄か。
きつつきの様な鳥が木の幹にくっつく力はそこそこ強かった。
やはり垂直面に止まるのはある程度の磁力が要る様だ。
「もっと大きな鳥の模型はないの?」
「王都に行けば人の身長より大きな物がある様ですが、非常に高価になります。それは玩具ではなく、調度品として販売されている様です。」
「なるほど。その大きな奴の鳥だけ手に入らないかな?」
「これは製作している工房と販売している商会の両方の意向で、鳥模型だけの販売はしていないとのことです。セットで購入された後の鳥の追加発注は受けている様ですが、直接納品で顧客を確認する様です。」
「そうなんだ。うん、次を見せて。」
ニコラスは木の模型を横にどけ、次の箱から湾曲したCの形状のスタンドの様な物を出してきた。
Cの下の方には細い短い糸に繋がれたサイコロがあった。
ニコラスはサイコロを持ち上げ、Cの上の方に近づけると糸がピンと張ってサイコロが中に浮いた。
サイコロを弾くとかなりの勢いで回る。
サイコロとCの上側との距離は5mmくらいかな。
「これは「フロートダイス」という玩具です。これも少し脆いのであまり強く引っ張らない様にお願いします。」
俺はサイコロを摘まんで下に引っ張り、磁気吸引の限界を調べる。
だいたい8mmくらいの位置で落下した。
そっと近づけると7mmくらいで吸引して紐がピンと張る。
折りたたみナイフの刃の背をサイコロに近づけるとくっつく。
サイコロを外してCの上側に刃の背を近づけるとこれもくっつく。
なるほど、SとNのセットだな。
磁力もそこそこ強い。
「うん、それぞれ面白いな。価格を教えて。」
俺がそう言うと、ニコラスはにこにこしながら小さな紙に金額を書いて俺に見せてきた。
「ありがとうございます。お値段はこれこれになります。」
マハジキが一袋千シエク、森の木と小鳥が6千シエク、フロートダイスが1万シエクだ。
日本円にして1万円、6万円、10万円くらいだな。
どれも俺が貰っている小遣いで足りるけど、結構高いな。
参考までに、こちらの貨幣単位は以下になる。
1シエク=10円
10シエク鉄貨=100円
100シエク銅貨=1000円(千円)
1000シエク銀貨=10000円(一万円)
10000シエク金貨=100000円(十万円)
「では、最初の「マハジキ」とこの「フロートダイス」を貰おう。」
俺はセバスチャンに指示し、俺の預金口座の控えから1万1千シエクを支払う内容を書いた小切手を発行してもらった。
領都の銀行に行けば現金と引き換えてくれる。
銀行は商業組合が運営する総合銀行で、日本の明治時代の銀行業務とだいたい同じだ。
ニコラスは小切手の受取証を書き、にこにこしながら俺に手渡してきた。
「ありがとうございます。二つもお買い上げ頂きまして感謝に堪えません。これからもよろしくお願いいたします。」
俺は受取証を見ると商品名はこう書いてあった。
・マハジキ 1千シエク
・フロートダイス 1万シエク
俺は頷いて領収書をセバスチャンに渡し、「初めてのお買い物」は終わった。
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そして今、先日購入して放置してあったマハジキとフロートダイスの箱をテーブルの上に置いた。
マハジキを袋から取り出すと全部で10個あった。
全て同じ形状・大きさで、綺麗に磨かれている。
表面は欠けない様にニスの様なものが塗ってあるな。
さすが1個千円だけのことはある。
俺は変なことで感心しながらマハジキで暫く遊ぶ。
うーん、前世で少しやったおはじきの遊び方が全く通用しないな。
磁力で不規則に弾いたり吸引して軌道が曲がる。
磁力がごく弱いので曲がりもソフトで、くっついたら離れないなんてこともない。
でもこれはこれで面白いな。
暫く遊ぶとさすがに飽きる。
だって心は32歳だもん。
次にフロートダイスを箱から出す。
これも前世で見たことあるな。
Cの字の枠が台座に垂直に取り付けられ、下の中央からごく細い糸で銀色のサイコロが繋がっている
簡易工具からキリを出し、近づけてみるとくっつく。
今度はキリをCの字の上の所に近づけると、くっつく。
磁力はそこそこの力がある。
サイコロを持ち上げCの字の付近に近づくと、急に持ち上がって糸がピンと張る。
台座の色と細い糸の色が同じなので一見糸無しで浮かんでいる様に見える。
うん。
普通だな。
SとNが近づいて吸引し、糸で止められて宙ぶらりんになる。
前世では同じ様な形状で、間の地球儀が本当に浮いている奴が流行っていた。
支えも糸も無く、完全に浮いているので一見魔法の様に見える。
だがアレは上部フレーム内の電磁石で、北極に磁石が埋め込まれた小さな地球儀を磁力で吊っているだけだ。
くっついた状態から少しづ電磁石の磁力を弱めてやれば、地球儀はじわっと落ちてくる。
一定の距離まで落ちて来たらすかさず電磁石の力を強める。
これを高速で繰り返せば、地球儀があたかもフレームの間で安定して浮いている様に見えるわけだ。
だが、これは半導体を使って高速に電磁石を制御しないと出来ない動作だ。
電気の無いこの世界で、それを魔法でやるにはどうすればよいか?
思わず脱線しそうになって踏みとどまる。
今は磁力の強さのみが調査対象だ。
そして、ちょっともったいないがフロートダイスの糸を切った。
アンナから貰っていた太めの縫い針を、サイコロの糸と反対の部分で一定方向に100回くらい擦る。
ティーカップの皿に水魔法で水を張り、縫い針を名刺の半分くらいの紙に縫う様に刺した。
紙にはろうそくの蝋をこすりつけてあるので水を弾き、沈まない。
爪で少し弾いて回転させる。
何回か回った後、予め双眼鏡内蔵の磁気コンパスで調べてあった南北の方向にゆっくりと揃って止まる。
うん、出来た。
チョー簡単。
まぁここまでは小学校の理科だ。
磁気コンパスとして商品化するにはまだまだ道のりは険しい。
縫い針もこの程度の磁化なら数ヶ月もすれば磁気抜けするだろう。
これでは商品にはならない。
まず、磁針そのものを永久磁化しやすい材質で作る必要がある。
そこで、磁鉄鉱であるマハジキを1個砕いてすり潰し、粉末状にする。
そこにフロートダイスのサイコロを近づけて、吸引した部分を選別する。
これに膠を混ぜて、削り出した細い木の棒に満遍なく塗りつけて乾燥させる。
これをフロートダイスのサイコロで縫い針と同じ様に一定方向に擦って磁化させる。
それをそのまま水に浮かべると、縫い針より少し速く回転して南北を指す。
うん、フェライト磁石もどきだ。
うーん、一応縫い針よりは長期間使えると思うけど、相手は素材むらのある磁鉄鉱だ。
作り方によってはすぐに減磁するかも。
やはり磁鉄鉱を精錬して鉄の針を作ってもらう必要があるな。
俺はだいたいの針の仕様を紙に書き、それをセバスチャンに渡して作れる工房を探してもらう。
領都で無理なら王都の叔父にも頼んでみよう。
少し時間がかかるだろうから磁気コンパスは一旦お休みだな。




