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彼氏は消えて残ったのは連帯保証人の借金だけ。私はダンジョンに潜ることにした  作者: 華洛
第一章 ダンジョンへ

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第8話 息抜き


「……貴女、よくそんなに食べられますわね」


 ライカの声が、斜め向かいから聞こえた。

 私は箸を止めることなく、口に餃子を放り込みながら答える。


「別にいいでしょう」


 自分でも驚くほど、ぶっきらぼうな声が出た。

 テーブルの上には、ラーメン、餃子、炒飯、ハンバーグなど、思いつくままに頼んだ料理が、所狭しと並んでいる。

 サードの状態だと、冗談みたいな勢いでカロリーを消費するため、元に戻った後の体は、猛烈な飢餓感を訴えていた。


 尻尾の蛇にモンスターを食わせれば、空腹そのものは誤魔化せる。

 けれど、魔石込みでなければ満たされたという感覚は得られない。

 だからといって、命懸けで回収した魔石をそのまま食べてしまったら、本末転倒にもほどがある。

 何のためにダンジョンに潜っているのか、自分でもわからなくなりそうだった。


 ダンジョンでは、夜爻さんの介入によって、ライカとの死合は強制的に中断された。

 正直、助かったと思った反面、あの場に立っていた事実そのものが、今さらじわじわと胃の奥に重くのしかかってくる。

 私もライカも消耗しきっていて、そのまま何も言わず帰還するしかなかった。


 帰還後、私たちはジェノサイドマシンから回収した魔石を、プレハブ小屋近くの換金所へ持ち込んだ。

 ライカの言っていた通り、魔石は黄色い野球ボールほどの大きさで――値段は百五十万。


 一瞬、胸が軽くなった。

 ……のも束の間だった。


 換金手数料という名目で五割を引かれ、手元に残ったのは七十五万。

 一般的な相場は二割から三割のはずだ。

 思わず口を開きかけて、すぐに閉じた。


 言えば、あの夜爻さんが出てくる。

 圧倒的な「暴」をそのまま人の形に押し込めたような現場監督。

 私たち債務者が、理不尽を飲み込むために存在しているんだろう。


「まあ、好きに食べたらよろしいですわ」


 ライカは、私の皿を一瞥して、優雅に微笑んだ。


「――初日からマイナススタート。

 しかも、これだけ見事な浪費。なかなか真似できるものではありませんわね」


「ぐっ……」


 喉の奥に、言い返し損ねた言葉が詰まる。

 目の前の料理、その総額はおおよそ五十五万。

 味は食堂なのに、値段は三ツ星ホテルという、冗談みたいな話だ。


 魔石を売って得た残りのお金は、残り二十万。


 今日だけで、装備品に五百万。

 夜爻さんの介入による迷惑料が一千万。

 合計七千三百万という数字が、頭の中で何度も反響する。


「……七千三百万に二十万じゃ、焼け石に水だよね。

 まあ、明日から死ぬ気で稼げばいいんでしょ」


 自分に言い聞かせるみたいに呟いた、その直後。


「さて」


 ライカは、紅茶のカップを優雅に置いた。


「わたくしへの慰謝料と迷惑料の話をいたしましょうか」


「……は?」


「貴女のお陰で、夜爻さまに一千万を支払う羽目になりましたもの。

当然、責任を取っていただきますわよね?」


 にっこりと、完璧な笑顔。


「五百万と、向こう一ヶ月分の部屋代とお風呂代。

 すべて、きっちり負担してくださいな」


「はぁぁぁ!! ふざけないでっ!」


 反射的に立ち上がり、両手でテーブルを叩いた。

 部屋代が一日五千円で三十日……十五万。

 風呂代が一回三千円、毎日入れば……九万。

 三十日分。すべて、確かな金額として口からこぼれ落ちた。


「五百二十四万も払えって言うつもり!?」


「ええ、もちろんですわ」


 ライカは肩をすくめる。


「嫌でしたら、夜爻さまに直訴なさいます?

 もっとも――」


 視線だけで、私を上から下まで値踏みする。


「取り合っていただけるかどうかは、わかりませんけれど」


「……ッ」


 言葉に詰まった。

 さっき対峙した感じだと、私が訴えた所で戯言として処理されそうだ。

 逆に共同生活するように命令されたのに駄々を捏ねていると思われ、更に借金が積み上げられていく可能性が高い。

 ライカの金額を今の借金に組み込むと八千万近くになる。

 デッドラインの一億まで、残り約二千万。

 遠かった崖が、目前に迫っているような錯覚に陥る。


「――分かった。払えばいいんでしょう。払えば!」


 諦めにも似た感覚で、私は椅子へ座り直した。

 ライカは笑みを浮かべる。


「ええ、賢明な判断ですわ。

その判断に免じて、直払いで構いませんわ」


「直払い?」


「借金には組み込みませんの。

直接私に払って行ってくれれば構いませんわ。

それと、今すぐに手持ちの二十万をいただければ、端数の四万はサービスしてあげます」


「……何を企んでるの」


「あら、わたくしの気まぐれによる温情ですわ。

疑うようでしたら、拒否してくれてもよろしいですわよ」


「……」


 しばらく、ライカを見つめた。

 サードの姿でなければ、彼女の本心は読めない。

 でも――借金として組み込まれないなら、デッドラインは少しだけ遠のく。


「……わかった。その提案を、受け入れるわ」


 ライカは満足そうに微笑んだ。

 その笑みが、何を意味しているのか。

 私には分からなかった。



 食事を終えて食堂を出ると、ライカはその横にある部屋へ入った。

 私も、少し遅れて中へ入る。


「ここが浴室ですわ。

正面の扉の先がお風呂、左側のカーテンの方がシャワー。

どちらもスマートフォンのバーコードを読み取らせて使用しますの。

さて、先程の約束通り支払ってもらいますわ」


「……分かってる」


 懐からスマートフォンを取り出し、精算機にバーコードを読み取らせた。

 カチャとロックが解除される音がすると、ライカは扉を開けて中へ入っていった。

 私は一旦外に出て、扉に背を預ける。

 防音なんてものは施されていないらしく、水が流れる音が中から聞こえてくる。


 ぼんやりと空を見上げた。

 空には地元で見ていたような無数の星々が輝いている。

 今日一日で色々なことが起きた。


 ヨウスケの失踪。

 黒慟との出会い。

 ライカとの戦闘。

 サードの姿を晒したこと。

 夜爻さんの登場と、一千万の罰金。

 そして――ライカとの共同生活。


 わずか一日で、借金は五千万から八千万近くまで膨れ上がった。

 地元から上京する時に従兄から言われた言葉がよみがえる。


『サテン。オレ達サードがファーストの中に混ざって生きていくのは無理だ。

人間は、なぜチンパンジーを脅威だと思わない?

――知能が劣るからだ。力では勝てなくても、人間は猿を支配できる。

だが、オレ達サードは違う。知能も、力も、人間と同等かそれ以上。

だからこそ、恐れられて――排除される。

……そんな中で、ファーストのフリをして生きていくのは――。サテン、お前を不幸にするだけだぞ』


 私は、その忠告を無視して、ただ普通に生きたくて、上京した。

 その結果が、これだ。

 もしも私はサードじゃなくて、ファーストやセカンドなら、こんな事になってなかったのかな。

 そんなことを考えて落ち込んでいるうちに、いつの間にか三十分が経過していた。


 浴室のドアが開く音がしたので、中へと顔を向けた。

 ドアからは湯気が漏れ出て、中からライカが現れる。

 濡れた髪をタオルで拭きながら、私を一瞥した。


「貴女はどうしますの?」


「……入るよ」


 一瞬、シャワーにしようかと悩んだけど、今日は色々とあって湯船に浸かって疲れを取りたかった。

 今度は精算機に自分の分を支払う。

 ジェノサイドマシンを倒して得られたお金は、食事とライカへ渡して手持ちはゼロなので、これは借金となる。

 支払いを終えた私は、浴室へ入り、ドアを閉めた。

 あるのは浴槽と、壁に取り付けられた簡素な棚、それに鏡だけ。


 服と下着を脱ぎ、棚の上に置いて、鏡を見た。

 映るのは普通の、どこにでもいる、人間の姿。

 額に第三の目もなく、角も翼も尻尾も、ない。


「やめやめ! どうしようもないことを、いつまでも悩むのはやめ!」


 ネガティブに陥る思考を、首を振って払いのける。

 蛇口を捻り、熱めのお湯を頭から浴びる。

 ボディーソープやシャンプーにコンディショナーなどの備品らしいものは何も置かれていない。

 熱いお湯が身体を火照らせて気持ちがいい。

 蛇口を捻りお湯を止め、浴槽に入った。


「ふぅぅ。気持ちいい」


 お風呂ってこんなに気持ちいいものだったんだ……。

 当たり前だった日常。

 蛇口を捻れば出るお湯。

 好きな時に入れる風呂。


 それが、もう当たり前じゃない。


 一回三千円。

 入るたびに、借金が増える。


 それでも――今日は、入りたかった。

 疲れた身体と、疲弊した心を、少しでも癒したかった。


 熱いお湯が、疲れた身体を解きほぐしていく。


 明日からは、もっと過酷になるだろう。

 でも、今日を乗り越えた。

 それでも――生きている。


 ――なら、明日も乗り越えられる。


 絶対に、這い上がってやる。

 ヨウスケに百倍返しをするまで、死ぬわけにはいかない。

読んでいただきありがとうございました!

少しでも「いいな」と思ったら、ブックマークや評価をいただけると嬉しいです。

次回もよろしくお願いします。

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