第7話 死合
雷が――爆ぜた。
轟音と共に世界が白く染まる。次の瞬間、ライカの姿は視界から消失していた。
いや、消えたのではない。速すぎるのだ。視認より先に、殺意が届く。
右から雷撃、左から光の槍、そして背後から振り下ろされる斧。
思考は間に合わない。
判断も計算も不要。
生きるための反射だけが、強引に私の座標を書き換えていく。
空間を歪め、攻撃が触れる寸前に転移させる。
右の雷撃を左の虚空へ。背後の刃を正面の空間へ。
意思を挟めば、その瞬間に斬られる。
ライカは私を中心に、球体を描くように高速移動を繰り返していた。
上下左右、死角なし。
光の残像が幾重にも重なり、三次元の『雷の檻』が完成する。
「当たりませんわね!」
声が四方八方から同時に響く。
どこにでもいて、どこにもいない。
私は檻に閉じ込められた獲物だった。防ぐので精一杯、反撃など夢のまた夢だ。
(このままじゃ――)
黒赫玉を展開しようと魔力を集束させた、その時だった。
がくり、と膝が折れ、岩盤に叩きつけられた。
「――っ!?」
重い。いや、違う。……熱いのだ。
皮膚の表面ではない。臓腑の奥、血液、骨髄、脳漿。身体の内側から、煮え立つような灼熱がせり上がってくる。
「は、ぁ……っ……!」
肺が焼ける。心臓が暴走し、汗は噴き出す前に蒸発した。
呼吸をするたび、喉が焼けるような痛みに襲われる。
攻撃はすべて転移させた。雷にも、光にも触れていないはずなのに。
(……そうか、最初から直接殺す気なんて……)
雷は電磁波を伴う。
光速に近い速度で駆け巡るライカ自身が、巨大な発振器と化しているのだ。
空間そのものが加熱されている。
私は今、電子レンジの中に閉じ込められているのと同じだった。
「気づきましたか。賢いですわね」
愉悦の滲む声。
「でも、遅いですわ。もう貴女の身体は限界。
……このまま内側から茹で上がりなさい」
雷光が密度を増す。
意識が溶け落ち、視界が白濁していく。
このままでは、死ぬ。
(――逃げるッ!!)
残された全魔力を注ぎ込み、自分自身を強制転移させた。
空間が裂け、雷の檻を脱出する。
だが、転移した先に待ち構えていたのは、巨大な斧の刃だった。
至近距離。
紅い瞳が、私を正確に射抜いている。
避けられない、再度の転移も間に合わない。
終わった――そう確信した瞬間。
ライカの動きが、コンマ数秒、凍りついた。
――彼女も気づいたのだ。
この殺気に。
彼女は弾かれたように雷霆となって後方へ跳躍し、私との距離を取る。
(……? 何、この殺気……)
理解より先に、本能が悲鳴を上げた。
殺気が、降ってきた。
ライカのそれとは次元が違う。
殺意ではない。存在するだけで命を刈り取る、純然たる『死』そのもの。
ダンジョンが沈黙する。
雷の唸りも、荒い呼吸音も、すべてが消失した。
聞こえるのは、規則正しく近づいてくる靴音だけ。
コツ。
コツ。
コツ。
闇の中から、一人の人影が現れた。
白髪をオールバックにした、黒服の老人。腰には一振りの日本刀。
背筋は真っ直ぐで、一切の隙がない。
歩くだけで空気が震える。
その姿を見た瞬間、全身の毛穴が総毛立った。
(……危険、なんてレベルじゃない)
「……夜爻さま」
ライカが緊張した声で呼ぶ。
夜爻――と呼ばれた老人は、静かにこちらを見渡した。
「おやおや……騒々しい。
若い者の喧嘩というのは、見苦しいものですな」
低く、しわがれた声。
だが、有無を言わせぬ威圧がある。
「……誰?」
私の疑問にライカが震える声を押し殺して答えてくれる。
「夜爻シノギさま。
この現場の監督であり、蛇噛組先代組長ですわ」
老人が、静かに刀の柄に手を添える。
それだけで、心臓が凍りついた。
抜かれたら――終わりだ。
「ライカ。貴女は今、何ですかな?」
「……わたくしは、黒慟さまの、所有物ですわ」
「ええ、その通り。道具なら道具らしく、感情は捨てなさい。
意思を通したいなら、人権を買い戻すことですな」
「……申し訳ございません」
あの不遜なライカが、叱られた子供のように深く頭を下げた。
老人の視線が、次に私へと向けられる。
「さて……緋想天サテン。貴女は、ここに何をしに来たのですかな?」
「しゃ、借金の……返済に……」
「ええ、その通り。ライカと遊んでいる暇があるなら、一円でも多く稼ぐことです」
蛇に睨まれた蛙のように、身体が硬直して動かない。
「返事は?」
「は、はいっ!」
私は慌てて返事をした。
いや、させられたと言った方が正しい。
「さて……私の時間を、貴女方のじゃれ合いで浪費させられましたな。
――どう、償ってくれますかな?」
まるで刀の刃が喉元に突き刺されているような殺気。
間違った返答をすれば――死。
「――わたくしは借金1000万の増額にて、お許しを」
「わ、私も、借金1000万の増額で、お願いします!」
咄嗟にライカの言葉を真似た。
他に選択肢が思いつかなかった。
いや、考える余裕すらなかった。
夜爻は静かに頷くと、上着のポケットからスマホを取り出して操作を行う。
その瞬間、スマホが震える。
借金額の表示が、7300万に書き換わっていた。
……一瞬で、1000万。
でも、今は生きている方が何よりも優先だ。
借金なんて、後でなんとかすればいい。
「いいでしょう。これで手打ちです。
それと――罰として、このダンジョンを攻略するまで、共同生活をしていただきますぞ。
コンビが喧嘩ばかりでは、できることもできなくなってしまいますからな
いいですね?」
夜爻の言葉に、ライカと私は頷くしかなかった。
拒否権など、最初から存在しない。
これは命令であり、絶対だった。
私の借金は、一瞬で7300万円になった。
そして――ライカとの共同生活が、始まることになった。
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