第4話 スカベンジャー
「わ、私は……」
ライカの赤い瞳が爛々と輝き、私の浅ましい迷いを見透かしているようだった。
「時は金なり。あと十秒以内に決断をして下さいな」
ライカは無慈悲にカウントダウンを始める。
一秒ごとに、残されたプライドが削り取られていく。
生存のために屈辱を呑むか、自分を保つために借金を背負うか。
――たった一晩。
そう考えれば、受け入れることも……。
いや、違う。
私は黒慟に宣言したはずだ。「身体を売るぐらいなら命を賭ける」と。
あの時の自分を、ここで裏切るの?
「……三……二……」
「断るわ」
カウントが「一」に届く直前、私ははっきりと告げた。
ライカの瞳に、わずかな驚きと、それ以上の愉悦が混ざる。
――愉悦?
なぜ、拒絶されて嬉しそうなの?
この人は一体、何を考えているのだろう。
「あら。五百万ですのよ?
一晩我慢すれば手に入る大金を、貴女の安っぽい自尊心で拒むおつもり?
もしもダンジョンで死んでしまえば、その誇りとやらも何の意味もありませんわよ」
「安っぽいかどうかは、私が決める。
……借金でいいから、その初心者セットを買う」
私は震える手で、備え付けの端末に自分の認証コードを叩き込んだ。
画面に表示されたのは、元々の五千七百万に初心者セットの五百万を足した「63,000,000」という数字。
トイチの複利という呪いが、これから私の心臓を刻一刻と締め付けていく。
「これで十日後に六百三十万の利息ですわ」
「自分を売るぐらいなら、私はこんなところへ来てない」
私は買ったばかりの量産品の剣を、きつく握りしめた。
指に食い込む硬い感触だけが、私がまだ「私」としてここに立っている証拠だった。
借金は、いつか返せばいい。
だけど、一度売った魂は二度と買い戻せない。
それに――ここで屈したら、本当の意味でヨウスケの思い通りになる。
あの男は最初から、私がこうやって絶望の中で自分を売ることを計算していたのかもしれない。
だとしたら、死んでも負けるわけにはいかない。
トラックのコンテナから出ると、夜の冷気が首筋を撫でた。
首輪の重さは相変わらずだが、今は少しだけ軽く感じられる気がした。
私はまだ、私だ。
借金という鎖は重いが、魂までは売らなかった。
自分の選択を、後悔はしない。
――絶対に。
「それでは、ダンジョンの入口へ案内いたしますわ」
装備を終えたことを確認したライカはそう言って、トラックのコンテナから出た。
プレハブ小屋を離れて森の奥へと進んでいく。
木々で月明かりすら届かない闇の中、彼女は迷いなく歩いていく。
十分ほど歩いたところで、木々が途切れ、開けた空間に出た。
そこには、空間を無理やりねじ切ったような青白い亀裂が走っていた。
周囲の空気を吸い込み、不気味に明滅する孔。
ダンジョンへの入口――『ゲート』だ。
「さあ、入りますわよ」
「分かった」
先にライカが孔に触れると、存在自体がゲートに吸収されるかのようにこの場から消えた。
一度大きく深呼吸。
私もゲートへ触れると、辺りの景色が歪みノイズが走る。
景色から色彩が失われ、灰色に染まる。
次に青白い空間が広がり、何色にも光る線が這い回る。
目が痛くなるような刺激的な光景だった。
上下左右の感覚が消失し、自分がどこを向いているのかすら分からなくなる。
強制的にどこかへ引きずられていく。
数秒の出来事。でも、この浮遊感だけはどうしても慣れない
逆再生のように何色にも彩られた線は途切れ、灰色になり、再び色がついた世界へと変わる。
そこは先程までの森ではなく、湿った岩盤に覆われた、冷涼で閉ざされた異世界だった。
「あら、空間酔いをして吐かない所を見ると、ダンジョンに来た経験はお有りなりかしら?」
ライカの探るような視線を感じる。
余計なことは話したくない。
「……地元でちょっとだけ」
ライカの言葉に、素っ気なく答えた。
ダンジョンの中には、魔素と呼ばれる物質がある。
魔物たちにとって酸素と同等のもので、これが地球にはないため基本的に魔物たちはゲートを通って、地球に出没することはない。
ただ例外として、何かしらの要因でゲートから魔素が溢れ出て、そこから魔物が出現するというケースはある。
原因は分かってないけど、そうなる確率は飛行機事故が起きる確率よりも低いと聞いたことがある。
「さて貴女は、これから『スカベンジャー』とこのダンジョンに潜っていただきますわ」
「……スカベンジャー?」
聞きなれない言葉に、思わず聞き返した。
「今、ダンジョンに潜る者は大きく三種類に区分されていますの。
一つ目は、迷宮省に申請して登録され国からのバックアップがある中で探索する『シーカー』
二つ目は、ヤクザや企業に所属してダンジョンを漁る『スカベンジャー』
三つ目は、迷宮省にも登録せず、またヤクザなどの組織にも属さない完全個人で冒険する『ノマド』」
「……なるほど。だから『スカベンジャー』ってわけね」
「ええ。わたくし達は悪冥会に所属する、私設の探索者。
国の保護もなければ、ノマドのような自由もない。
ただ、組織のために魔石や素材を集める――。それが貴女の役割ですわ」
ライカの言葉に、改めて自分の立場を理解させられる。
私は探索者ではない。借金のために、ダンジョンに潜ることを強制された債務者だ。
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