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彼氏は消えて残ったのは連帯保証人の借金だけ。私はダンジョンに潜ることにした  作者: 華洛
第一章 ダンジョンへ

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第9話 初めての夜【第一章・完】


 湯船に浸かった私は、あまりの気持ちよさに意識が遠のいていった。

 今日一日の疲れが、一気に押し寄せてきたのだろう。

 気がついたら、湯船の中で眠り込んでいた


 一時間経っても出てこない私を怪しみ、ライカは予備鍵を使って浴室へ入った。

 そして、湯船でのぼせている私を見つけ、助けてくれた。


 目が覚めた時、私は床に寝かされていた。

 顔に水をかけられた跡があり、ライカが呆れた顔で見下ろしていた。


「ハァァァ。わたくし、貴女のような間抜けなバカは見たことがありませんわ」


 ライカは盛大にため息を吐き、呆れたように言った。


「……ごめんなさい」


 私は頭を下げて謝った。


「あの。いくら払えばいい?」


「あら。ここのルールが分かって来たのは良い事ですが……。

他者に金額を決めさせる権利を与えるのは、やめた方がよろしいですわね。

もし、わたくしが三千万を要求したら――どうしますの?」


「っ」


 三千万を払える余裕なんてない。

 今は借金七千三百万に、ライカへ直払いする五百万が加わっている状態。

 それに三千万が加われば一億を超える。

 黒慟に契約させられた死亡保険金一億のデッドラインを――超えてしまう。


「まあ、今回は『貸し1つ』にしてあげますわ。

いつか、わたくしが困った時に返していただきますわよ。

本当なら命を救ったんですもの。数千万いただいてもいいのですけど……。

加えたら債務不履行になりますものね。

――わたくしに、借金を増やさず、債務不履行にしなくてよかったと思わせなさい」


「わ、分かった」


 ライカの言葉に一息ついた。

 恩には恩で報いなければ、獣と一緒。

 この借りは、いつかライカに必ず返そう。


 私は改めて周りを見た。

 六畳ほどの部屋には、窓はあるけどカーテンはない。

 テレビもエアコンもパソコンもない。

 あるのは、ライカの武器である斧と、クローゼット、床に敷かれた布団だけ。


「……ここが、ライカの部屋?」


「そうですわ」


 生活感があまりにもない。

 本当に寝て起きるだけにある部屋のようだ。


「わたくしは黒慟さまから、ここのダンジョン攻略を命じられていますの。

着替えと武器。寝る為の布団があれば十二分ですわ。

そもそも道具のわたくしには、それ以外のものを持つ資格などございませんの」


 ライカは淡々と答えた。

 ライカは実の父親の借金の片に、黒慟に人権を買い上げられている。

 サードの時に、第三の目がライカの過去を覗いて知った。

 人権を取られて道具のように扱われるライカは、私と同じ――ううん、私以上に。

 この話は精神的にも続けたくなかった。

 私は咄嗟に話題を変えた。


「……そういえば私の布団は?」


「貴女の分はありませんわよ。

購入するなら、売店のトラックへ行きなさいな

安物でよろしければ、十万円ほどで買えますわよ」


「十万……」


 相変わらず価格が狂っている。

 床を軽く叩くと、硬くて冷たい。

 ここでそのまま寝れば、明日には体が動かなくなってしまいそうだ。

 溜息を吐くと立ち上がった。


「布団……買って来る」


「そう。行ってらっしゃいな。

これは部屋のスペアキーですわ」


 ライカから鍵を受けると、私は売店へ向かい、布団を購入することにした。

 手持はゼロだったので、これは借金に組み込まれることになる。

 初日から借金だけが増えて行く。

 こんな調子で……私はここから抜け出せるのかな。


 布団を購入し、半分サード化して、念動力で布団を浮かしながらプリハブ小屋へと戻った。


 部屋に入ると、ライカはすでに自分の布団に横になっていた。

 私は壁際、ライカの布団からできるだけ離れた位置に、新しい布団を敷く。

 互いの布団を壁に引っつけ、中央に空間を作る形になった。

 部屋の電気を消す。

 月明かりだけが、窓から差し込んでいた。


「……おやすみなさい」


 返事はなかった。

 私は布団の中に潜り込んだ。


 静寂。


 ライカの寝息も聞こえない。

 彼女が起きているのか、眠っているのかも分からない。

 浴槽で寝てしまった影響か、疲れている筈なのに寝付けなかった。


(……ヨウスケ)


 胸の奥に、どす黒い感情が湧き上がる。

 あの男は、最初から私を騙すつもりだった。

 土下座も、涙も、愛の言葉も――全部、嘘。

 私を闇金の連帯保証人にして、逃げた。

 今頃は、どこかで手に入れた五千万を持って笑っている。


(……許さない……許せない……っ)


 拳を、強く握りしめる。

 爪が掌に食い込み、痛みが走る。

 絶対に借金を返して、ヨウスケを見つけ出す。


 目を閉じると、涙が一筋、頬を伝った。


 たった一日で、すべてが変わった。


 ――今日まで、私には普通があった。

 大学に通い、友達と笑い、彼氏がいて、将来を夢見る日々。

 それが今は、借金に追われ、命を賭けてダンジョンに潜る毎日。

 憧れていた普通は全て奪われ――無くなった。


 声を殺して、静かに泣いた。

 涙が枕を濡らす。

 止めようとしても、止まらなかった。


 悔しい。悲しい。怒りがこみ上げる。

 でも、何より――自分が情けなかった。


「……泣き止みましたの?」


 どれくらい経ったのか分からない。

 涙が枯れて、ようやく呼吸が落ち着いてきたところで、ライカが声をかけてきた。


「お……起きてたの?」


「寝てましたわ。でも、貴女の嗚咽で起こされましたの」


「……ご、ごめんなさい」


「随分としおらしいですわね。サードの時とは、まるで別人のようですわ」


「……サードの状態だと……気が大きくなるっていうか、攻撃的になるの。

魔物の本能っていうのかな。理性より、感情が前に出てしまうんだ。

だから、その、あの時は、勝手に過去を視て、変な事を言って、ごめんなさい」


「――過ぎたことですわ」


 少しの沈黙。


「それに……貴女の言ったことは、事実ですもの。

怒る理由がありませんわ」


 ライカは素っ気なく返してきた。

 本当に気にしてないんだろうか。

 私は、自分でも驚くほど、素直な疑問が口をついた。


「……ライカは、泣かないの?」


「わたくしは、自分の意思では、もう泣きませんわ。

……涙を流す権利も、黒慟さまに売りましたもの」


(この時の私は、まだ知らなかった。

ライカが言った「涙を流す権利を売った」という言葉の、本当の意味を。

黒慟は――本当に、涙を流す行為すら、金に換えていたのだ。

そのことを知るのは、もう少し先の話になる)


「……そんなの」


「おかしいですわよね」


 自嘲するような笑い声。


「でも、これがわたくしの選択ですわ。

サテン。貴女もいずれ分かりますわ。

ここでは、すべてが値札付きなのですわ。

ありとあらゆる行為は、全て金に換算することができますの」


 それ以上、言葉は続かなかった。

 再び、静寂が訪れ、いつの間にか、眠りに落ちていた。




 目が覚めたのは、窓から差し込む朝日のせいだった。

 身体を起こす。

 隣を見ると、ライカの布団は綺麗に畳まれていた。

 部屋には、彼女の姿はない。

 ぼんやりとスマホを確認する。


 午前六時。

 ……もう朝だ。


 布団から這い出し、ライカと同じように布団を畳み、部屋を出た。

 今日からダンジョンへ本格的に潜る。

 生き延びるためにも、潜って稼がないといけない。


 階下からライカの声が聞こえてきた。


「あら、起きましたの」


「おはよう……ライカ」


「おはようございます。

さて、ダンジョンには八時から潜りますわよ。

それまで準備を念入りにしておくことですわ」


「分かった」


 ライカは私を一瞥して、小さく頷いた。


 ――昨夜、お互いの弱さを見せ合った。

 でも、それで何かが変わったわけじゃない。

 彼女は監視者で、私は債務者。


 それでも――少しだけ、距離は縮まった気がした。


 私は小さく返事をする。

 今日から、新しい一日が、始まろうとしていた。



第一章……完


第二章へ続く



読んでいただきありがとうございました!

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次回もよろしくお願いします。

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