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三本角物語  作者: 沢 あさと


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第三章 影狼(インロン)――死を歩む者

 雨は、まるでこの地に流れた夥しいレジスタンスの血を洗い流すかのように降り

 続けている。

 中華連合軍は夜の街道を封鎖し、レジスタンス壊滅作戦を本格化させていた。

 その中心には・・・恐ろしい兵士がいた。


一 罠の倉庫


 森に隣接する古びた倉庫。

 そこはレジスタンスが拠点にしていた倉庫で内部はいくつもの部屋に区切られて

 いる。部屋の隔壁と天井は分厚いコンクリートで遮られており10ミリ弾では貫通

 出来ない。まさにレジスタンスの要塞であった。

 そこが、安藤重雄が選んだ最期の“戦場”である。


 倉庫内部の各部屋と廊下は、重雄が仕掛けた罠で埋め尽くされていた。

 鋼線、釘爆弾、即席の発火装置、天井から吊るされた手榴弾――

 レジスタンスの中でも工学技術に優れた重雄だからこそできる防衛線だ。


 重雄のいる管制室には倉庫内の各所に仕掛けられた監視カメラを映すモニターが

 あり重雄はそれをじっと注視していた。

 まもなく警戒音が鳴りモニターには中華連合の官兵らが、倉庫に突入する姿が映る。


 「第一班、前進! 反逆者を仕留めろ!」


 兵士たちが入口に踏み込んだ瞬間、

 天井から一斉に手榴弾が落下し、爆炎が倉庫を照らした。


 兵たちの体が爆風で千切れる。

 複数の兵がその場で倒れ失った手足を抑えて転がり呻く。

 顔が焼け焦げて皮膚がなくなった兵は恐ろしい形相で吠えている。

 焼け焦げた火薬の匂いが充満し兵の悲鳴とも怒号とも取れる叫び声があちこちから反響していた。

 その悲惨な光景をモニター越しに見つめていた重雄は静かに呟いた。


 「……すまん。だが容赦はしない。恨むなら体制を恨め。」


 重雄は別のカメラへ切り替える。

 通路には鋼線が張り巡らされ、

 手榴弾の破片を跳ね返す板金が壁に固定されている。


 官兵が慌てて逃げようとすれば即死の罠。

 重雄の計算通り、手榴弾の爆発で数人がそこに絡め取られた。

 爆風で飛ばされた兵士は鋼線に皮膚が食い込んで体が切り刻まれた。

 頭や胴体、四肢が切断されて肢体が散乱している。助かったものも体のどこかが

 切断されて動転して叫んでいる。

 板金で跳ね返る手榴弾の破片を受けた兵もただでは済まなかった。

 身体中に散弾のように細かい穴を穿ちある者は失明しよろめきながら出口を探していた。

 またある兵は血まみれになりながらも怒りに任せて小銃を乱射していた。

 その小銃の弾が負傷した味方の兵に当たり絶命させる。

 罠の区域はまさに地獄絵図と化していた。

 重雄はそのモニターに映る凄惨な映像から思わず目を背けたくなるが思い直して

 モニターを見続けた。これも重雄が望んだ戦いだからである。

 だがそれが重雄にある異常を発見させる結果に繋がっていく。

 

 モニターを凝視する重雄は思わず息を呑んだ。

 そこにはありえない映像が映し出されていたのだ。



二 影狼、現る


 爆炎の煙の中を一人の兵が歩いていた。

 細身で長身。身長は2メートルはあろうか。

 だが肩幅があり足が長く細いのでその姿は亡霊のようにも見えた。

 高官が着るスタイリッシュなデザインの軍服は破れ、血が滴り、皮膚が焼けただれている。

 しかしその顔はその傷ついた姿とは裏腹に顔には微笑を貼り付けていた。

 重雄は思わず呟く。


 「影狼インロン…… 」

 

 ・・・中華連合の最終兵器と恐れられる特殊兵・・・


 *不死身の死神。

 中華連合のゴースト。

 米露が彼の対抗兵器の開発を余儀なくされたほどの人間兵器。


 重雄の動悸が早打ちして背筋に冷たい汗が流れる。

 影狼の噂はレジスタンス内でも共有されている。

 彼を相手に戦って生還した者はいない。

 弾丸は効かず、刃物も致命傷は与えない。

 たとえ急所に刃が通っても瞬時に傷が再生してまた立ち上がる。


 “人の形をした悪夢”――それが影狼だ。


 重雄は唇を震わせながらも、目を逸らさなかった。


 「……来たか、“死神”」


 重雄は止まっていた呼気を大きく吐いた。

 その目は死を覚悟して静かに燃えいていた。



三 死神は罠を楽しむ


 影狼は、まるで散歩を楽しむかのように倉庫内を歩く。

 釘爆弾の破片が胸に突き刺さるが、

 彼はゆっくりそれを抜き、肉が再生するのを眺める。


 「……悪くない工夫だ」


 鋼線に触れれば、軽く手首をひねって切断し、

 しかけられた短槍のトラップが飛んでくれば、

 顔を斜めに向けて避けるだけで済ませる。


 まるで罠を堪能するようにトラップのスイッチを踏みつけながら歩んでいく。


 重雄は画面越しにその動きを確認するしかなかった。


 「……馬鹿な……全部見切ってるのか……?」

 「なんという反応速度だ……人間業ではない!」


 影狼はゆっくりとカメラを見上げた。

 まるで、その先にいる重雄に気づいているかのように。


 そしてニタリと機械的な冷笑を浮かべる。


 その笑みが、重雄の背筋に氷の刃を刺した。




四 重雄の“わずかな望み”


 影狼の姿を見つめながら、重雄は胸の内で呟いた。


 ( ……亮……美里…… )

 (お前たちはもうかなりの距離を逃げているはずだ…… )

 (だが、この影狼相手ではどこまで逃げても安全ではないっ!)


 心の奥底に隠してきた秘密が脳裏をよぎる。


 ・・・鬼・・・。


 古代の文献でしか語られない存在。

 中華連合も、米露ですら真剣に扱わない“古代の伝承”……。


 だが重雄は知っていた。

 ごく一部のレジスタンス幹部と共に研究してきた、

 古代文明の“遺産”の存在を。


 (もし……家族の誰かが“それ”に触れれば……)

 (この絶望の時代を変える可能性があるかもしれない。)


 それは、祈りに近い希望。

 いや希望と言えるほど確かなものは重雄も持ってはいない。

 それは単なる願望でしかない。

 しかし古代の”迷信”に縋るしかないほど重雄たちレジスタンスは追い詰められて

 いたのだ。

 そんな”迷信”のようなものに家族の……妻や子供たちの命運をかけるしかない

 自分に重雄は腹が立ち情けなくも感じていた。

 その希望は重雄を酷く惨めな気持ちにもさせてもいたのだ。

 希望が惨めなものとは皮肉なものだ。重雄は冷笑する。

 だが重雄は、それを胸に秘めて死ぬ覚悟を決めていた。


 (惨めでもいい……っ!)

 (せめて貴様を……中華連合の最終兵器を道連れにして死んでやるっ!!)




五 対決、そして自爆


 管制室の鉄扉の前に影狼の影が近づく。

 扉が、外側から圧力を受けて変形していく。

 鉄扉を支える金具が圧力に耐え切れずに割れて飛び散った。

 鉄扉が悲鳴のような音を立てて勢いよく強引に開かれる。

 重雄は管制室の奥の席でそれを黙って見ていた。

 鉄扉を開けた余波で細かい地理が舞っている。扉の外にから罠が発動した爆炎の煙が

 室内に流れてきた。

 その煙を割るように黒い影が管制室に入ってくる。

 

 影狼であった。

 手榴弾の爆発でもびくともしない鉄扉を怪力でこじ開ける化け物。

 

 彼のその異様な眼光は恐怖の矢となって重雄の魂を貫く。

 重雄の鼓動は波打ち身体中が緊張で強張る。


 「安藤重雄。

  家族は逃げたらしいな。

  だがすぐ捕らえる。私からは誰も逃れられない。」

 「レジスタンスの根は全て焼き尽くす!」


 重雄は震える手で起爆装置を握った。

 

 「そんな事はさせないっ俺の命をかけてもっ!!」


 影狼は重雄が握る起爆装置に一瞥を向けるがすぐに興味を失い冷笑を浮かべた。


 「……それで私が死ぬと思うか?」


 影狼の声は抑揚のない機械的な音声であった。

 だがそれが感情がこもらない声となり影狼の人間性を希薄にさせている。

 

 影狼は確かに人間ではない。

 重雄はそう感じた。この起爆装置の爆薬でも影狼は倒せないかもしれない。

 だが重雄に残された手段はこれしかなかった。これに縋るしかないのだ。

 重雄は最後の賭けのように言葉を絞り出した。


 「……頼んだぞ……!」


 誰に対して期待したのか重雄にも明確な答えはなかった。

 おそらく神にまたは”古代の伝承”に祈る言葉だったのだろう。


 「悪あがきを……」


 影狼がわずかに一歩踏み込んだ。

 その歩みを重雄は見逃さなかった。

 重雄は躊躇いなくスイッチを押す。


 その瞬間、轟音と共に炎が倉庫を飲み込み、世界が白く光った。

 レジスタンスの拠点であった倉庫を炎が飲み込み巨大な火柱が立ち昇る。

 その炎を逃亡中の美里とその家族は呆然と見守るしかなかったのであった。



六 影狼、再び歩み出す


 数分後。

 灰と瓦礫に変わり果てた倉庫の中から、

 黒く焼けただれた影が立ち上がる。


 影狼であった。

 

 体の肉はところどころ失っており骨が露出している。

 だがすでにその肉体は再生を始めいていた。

 失われた部分の細胞が増殖して再生した筋肉が蠢いている。

 そのような状態でも彼は瓦礫を払って歩き出す。

 こびりついた血が飛沫となってビチャッと足元に落ちる。

 それを見た官兵は恐怖のあまり後ずさった。

 影狼はそんな官兵に蔑視の視線をわずかに見せる。

 階級をいくら上げても人間を見るような視線は味方からも受けない。

 そんな影狼は人間と違う自分をただの兵器だと認識していた。

 兵器に感情は不要。それが影狼の存在意義でもある。

 

 ふと影狼は管制室のあった場所を振り返る。

 そこには瓦礫しか残っていない。

 重雄の肉体は爆心地にあったために粉々に飛び散り残っているのは血痕だけである。

 だが影狼はその血痕を一瞥してフッと鼻を鳴らした。

 

 「……反逆者の割には潔い死に様だった……」


 そこに官兵の情報官が駆け寄る。

 「報告!

  安藤重雄の家族は逃走中で確保には至っておりません!」

 「包囲は?」

 「……遅れています。天候が悪く視認が難しいとの事で……」


 影狼はその言葉に眉をわずかに動かした。

 怒りではない。

 ただ“呆れ”を感じたのだ。

 正規の軍隊とは違い治安目的の官兵は練度が足りない。


 「よかろう。この体が回復した後に私も行く……。」


 影狼は郊外の森の方向を見た。


 「終わらせる。

  安藤一家は全員、今夜のうちに始末する。」


 影狼は回復のために自分専用の軍用車に向かって歩き出す。

 影狼にとって安藤重雄の家族の捜索と粛清は簡単な任務であった。

 だが影狼は知らない。

 重雄が最期に祈った願望が現実になった事を……。








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