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三本角物語  作者: 沢 あさと


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第二章 鬼の胎動

 雨はまだ止まない。

 森の上空を覆う雲が、まるで地上の炎を隠すように厚く垂れ込めていた。

 都心の方では嶋田興業の社宅街が燃えている。

 その火は、中華連合の理不尽さに逆らった一人の男

 安藤重雄の憤激の炎でもあった。


 その安藤の娘である美里は深い山中の神社で数奇な出会いを果たしていた。




一 血の声


 意識の底で、何かが囁いていた。

 

 [ 命を捧げるか、死に絶えるか…… ]


 その声は地の底から響いてくるようであり、

 同時に、美里自身の内側からも聴こえるようでもあった。

 だがその声があの鬼の石像からだと美里はなぜか感じていた。


 暗闇の中で、美里は誰かの手を探した。

 兄の亮の顔、母の笑顔、そして父の背中――

 それらが脳裏に次々と浮かぶ。


 (もう死にたい……)

 (でも……このまま死ねば父や母、兄の死を無駄にしてしまう……)

 

 ’’石像の囁き’’が美里に思考を与えるキッカケになった。

 だが美里は迷う。

 死んだ方が楽になれる。そう考えていたのだ。

 家族はみんな死んでしまった。

 これから先も生きていこうとその喪失感で苦しみ続けるのは間違いない。

 

 (……死にたい……)


 だがそれは父の教えに反するものでもあった。

 父は美里に常日頃から故郷の志を忘れるなと言い聞かせていた。

 かつての日本は人の平等を唱え植民地支配の社会を変えるために無謀な戦争に

 突入したと……。

 それは日本の国益の為だったかもしれないが大義は確かにあった。

 その大義に日本人は身命を賭したのだ。

 美里の中に父の声が蘇る。

 

 「あの戦争は国家のために死ぬのではない、人の尊厳のために戦ったのだ!」


 美里の意識はその父の言葉を思い出した事で鮮明になった。 


 死ねない。まだ死ねない。

 私は何もしていない。何も成していない!

 父も母も兄も私を守るために死んだ。

 私は安易に死を選んだらいけないんだ!

 それは家族のみんなを裏切ってしまうっ!!


 生きたい、生きてこの社会の理不尽を無くしたいっ!

 人の尊厳を守る生き方をしたいっ!!

 それが父や母、兄の死に報いることになるっっっっっ!!!


 石像の鬼の目が怪しく光る。

 その光は徐々に増していった。


 崖から降りた官兵の部隊が神社に突入してきた。

 その息は荒い。

 だが目だけは爛々と獲物を追うように辺りを見渡していた。

 

 「男の方の死体はあった! 女の方はどこだ!?」

 「血の跡を見ろっ お堂に続いているぞ!」

 

 兵たちの数名が軍靴をけたたましく鳴らしながらお堂の中へ突入した。

 だが兵たちはその異様な光景に立ち尽くす。

  

 座っていても2メートルはあろうかという石像が少女の死体を喰っていたので

 ある。

 いや食っているというよりその体に少女の体を融合させているようにも見える。

 その真偽を確認する余裕は兵たちにはなかった。

 小銃を構えて発砲の準備を整える・

 「隊長、どうしますか!?」

 「かまわんっ撃ていっ!!」


 反逆者の死体の確保が隊長の優先事項だった。

 だから死体を隠蔽しようとしている怪物は攻撃対象と隊長は判断した。

 小銃が無数の火花を散らして石像に発砲される。

 その鉄の銃弾は石像の体に無数の亀裂を作り石像の崩壊を予想させた。

 そして石像の石で出来た肌は粉々に砕け落ちた。

 だが次の瞬間、兵たちの目は信じられないものを見る。

 その石肌の内側から新たに生物の肉体が現出したのだ。

 鬼の生身の肉体が兵の眼前に現れた。

 そしてその異常なほど隆起した筋肉の鎧には銃弾の痕跡はただの一つも

 なかった。

 

 鬼は兵隊を見下ろし獰猛な牙が生えた口をゆっくりと開いた。

 その口の周りの空間が奇妙に歪みそして弾ける。

 その口から発した凄まじい衝撃波が兵たちの体を貫いた。

 それは家族を失った美里の叫びのようでもあった。

 兵たちの体は瞬時に破裂して無数の肉片となって飛び散りお堂の壁を粉砕した。

 小銃は高熱を浴びたように原型を留めずに溶けて変形している。

 核爆発に匹敵するような強烈な電磁波の奔流が兵たちの命を瞬時に奪っていった

 のである。


二 再誕


 轟音と共に、お堂の壁の木材が弾け飛んだ。

 外で待機していた官兵たちが驚き、銃を構える。

 「発砲用意! 隊列を取れ!」


 爆風によって起こった粉塵の中から、巨大な影がゆっくりと立ち上がる。

 それは人間とは思えない巨大な筋肉の鎧を着た異形の存在。

 飛散した赤い血飛沫が渦を巻き、鬼の眼が赤く光る。

 「う、撃てえっ!!」

 小隊長が慌てて号令をかける。

 この異形が堂内に突入した兵を粉微塵に粉砕したのは明白であった。

 爆風で解放された壁のない室内には兵の姿は1人もなく爆散されて血に染まった

 軍服が小隊長の足元にも飛来していたのである。

 銃弾が雨のように降り注ぐ。

 だが、その全ての弾丸が見えない何かに弾かれてパラパラと落ちる。

 鬼の皮膚は黒い光沢を放ち鉄のような強靭さが窺えた。

 だが弾丸を弾いたのはその肉体ではない。

 その身体から見えない“圧”が放たれており、その圧力のせいで銃弾が皮膚まで

 届かなかったのだ。


 「怪物っ……!」

 兵士たちが叫び、退こうとする。

 しかし遅かった。

 鬼の腕が兵士の向けられ腕に浮かぶ紋様が光る。

 その途端に風が唸り、空気そのものが裂けた。


 次の瞬間、兵士たちは無惨に爆死した。

 ある者は上半身がまたは全身が粉々に引き裂かれ霧散する。

 血飛沫が土と灰と共に舞い上がる。

 空気が急激に熱せられ酸化した匂いが辺りに漂う。

 強力な電磁波が人間の肉体の水分を超高熱に熱して爆発させたのだ。

 

 鬼は静かに歩き出した。

 その鬼の歩みを止めようとした兵は残らず爆散し一瞬で死を迎えた。

 逃げようとした小隊長もその悲劇から逃れることは出来ずに肉体を

 引き裂かれる。

 境内には兵士たちの肉片と血飛沫だけが地面に散らばり、血と焦げた肉の異臭が

 立ち込めた。

 

 鬼は辺りをゆっくりと見渡して敵がいないのを確認する。

 敵が全て消失したのを見て鬼の目の光は煌々と燃える光から徐々に元の暗さに

 戻っていく。

 筋肉の隆起が個々に振動して白い湯気を発しながら姿を変えていく。

 

 鬼の姿は小さくなりその場所には

 

 一糸纏わない全裸の美里が立たずんでいた。

 

 彼女は糸が切れたように崩れて地面に倒れる。

 そして静かに寝息を立てるのであった。




三 意識の狭間


 ――静寂。

 どこまでも広がる闇の中、美里は立っていた。


 目の前に美里を見下ろすように三本の角を持つ巨大な黒い影が佇む。

 その姿は恐ろしい姿ではあるが美里の心には不思議なほど恐怖心がなかった。


 「あなたは……誰?」

 [我は“鬼”。

  だがそれは名ではない。

  おまえの心が呼び覚ました“形”だ。]


 「形……? 私の心が鬼の形に……」

 [怒り、憎しみ、そして悲しみ……それが鬼の姿をとったにすぎぬ……

  だがそれを成したのも生きたいという祈りの強さによるもの……

  おまえの願いは純粋であり、条件を満たした。だから我は在る……]


 美里は目を伏せた。

 

 「もしかして……私が……あの兵を殺したの?」

 [おまえは自分の命を“守った”に過ぎぬ……

  理不尽に反発し、死を退けた。それだけが真実だ。]


 「……守った?」

 [鬼は、人を喰らうことで生を獲る。

  人の限界を超えるために、悲しみと怒りを糧とする存在……]


 美里はその言葉の意味を飲み込めずにいた。

 だが胸の奥には確かに、

 “家族の願いを守りたい”という感情が残っていた。

 だがその感情は怒りなのだろうか。

 その怒りは無意識の中に存在していたのだろうか。

 美里には解らなかった。

 ただ人を殺した感覚は美里の心に深く刻まれていた。

 




四 目覚め


 朝の光が差し込む。

 美里は体を揺らしてゆっくりと目を開けた。

 身体に痛みはなく、銃弾による傷も癒えていた。

 だが腕だけでなく全身に鬼の体にもあった紋様が濃い肌色で刻まれている。

 それはタトゥーとは違い肌の色に違和感なく溶け込んでいた。

 


 「……どうして……」


 記憶は断片的だった。

 兵士たちの叫び、銃声、酸化した空気の独特な匂い、そして――闇。

 自分が何をしたのか分からない。

 いや判りたくはなかった。


 空を見上げると、

 雨雲が裂け、微かな陽光が降り注いでいた。

 その光は、まるで彼女を導くように暖かい。


 「……生きてる」

 そう初めて実感した。

 思わず呟いたその声が、風に消えた。


 森の奥から鳥の鳴き声が聞こえる。

 しかし、その安らぎを無慈悲に壊すか如く遠くからヘリコプターの音が

 聞こえてきた。


 ――中華連合の捜索隊だ。


 美里は立ち上がり、兄の死体に手を合わせてから兄の服を纏い再び森の奥へと

 歩き出した。

 もう、帰る家はない。

 だが彼女の中で、確かに“何か”が息づいている。


 その心臓の鼓動は、もう人間のものではないのだと彼女はすでに自覚していた。


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