表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
三本角物語  作者: 沢 あさと


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

1/6

序章 三つに裂かれた日の本

序章 三つに裂かれた日の本


 人は、歴史を勝者の言葉で覚える。

 だが、敗者の沈黙にもまた、ひとつの真実がある。



一 火の起点


 第二次世界大戦の火蓋は、1939年9月、ドイツのポーランド侵攻によって

 切られた。

 欧州は瞬く間に火の海となり、英仏連合はドイツとの泥沼の戦に沈む。

 ――このあたりまでは、誰もが知る“世界史”と変わらない。


 だが、その裏で東アジアは、まったく異なる方向へと動いていた。


 アメリカ合衆国は、表向き中立を保ちながらも、

 水面下では「アジアにおける勢力均衡」を口実に、

 日本の台頭を抑えこもうとしていた。

 特に満州。

 あの極東の寒冷地に眠る莫大な鉱物資源と石炭、

 そしてシベリア鉄道へと通じる戦略的価値。

 それらを日本が握ることを、

 米国も、ソビエト――後の露西亜連邦も、決して望まなかった。


 1940年、米国はついに日本への石油輸出を停止する。

 経済制裁という名の“兵糧攻め”だった。

 当時の日本は自国のエネルギー資源をほとんど持たず、

 この措置は国家の呼吸を止めるに等しかった。

 東京の政府は決断を迫られる。

 屈服か、開戦か――。



二 火の継承


 だが、銃声はそれより先に、中国大陸で鳴り響いた。

 日中戦争の勃発である。

 発端は、上海にあった日本租界――すなわち日本人居留区での惨劇だった。

 突如として発生した暴動。

 中華連合を名乗る急進派が武装蜂起し、

 居留地の民間日本人を襲撃、虐殺した。


 のちに判明することだが、

 この暴動の背後には、露西亜連邦の諜報機関が関与していた。

 中露両国が、密かに“共同作戦”を展開していたのだ。

 目的は一つ――

 「日本を孤立させ、極東の覇権から排除する」こと。


 この計画の周到さは、あまりに冷酷だった。

 暴動と同時に、満州国境ではロシア軍が大規模な演習を開始。

 中国北部では共産圏の兵器が大量に投入され、

 戦争は一気に総力戦へと変貌する。


 日本は挟み撃ちにされた。

 南からは中華連合軍、北からはロシア連邦軍。

 いずれも圧倒的な数と火力を誇り、

 太平洋では、沈黙を装っていた米国が突如参戦する。

 沖縄と台湾への上陸作戦。

 日本の海上補給線は完全に断たれた。



三 滅びの二年


 1943年――戦争勃発からわずか二年。

 日本は、国としての形を失った。

 九州から西日本にかけての地域は中華連合の支配下に、

 関東以北の東日本は露西亜連邦の軍政下に置かれた。

 そして沖縄と台湾は、米国の軍政領となる。


 日本列島は三つに裂かれた。

 国旗は焼かれ、皇室は国外追放、

 「日本」という国号そのものが国際的に抹消された。

 かつて“日出づる国”と呼ばれた島は、

 列強の手により、三色の境界線で塗り潰されたのである。


 敗戦直後、各地で焼け跡から立ち上がった者たちは、

 「いつかまた」と小声で誓い合った。

 だが、占領軍の目は鋭く、

 反抗は即座に“粛清”という名で葬り去られた。


 工場は中華連合の労働キャンプとなり、

 東北の鉱山はロシア連邦の直轄資源基地と化した。

 教育制度は改変され、

 日本語は“非推奨言語”として公的な場から排除された。

 人々は民族の誇りを失い、

 やがて“帝国の亡霊”という烙印を押される。




四 沈黙の時代


 世界は再び均衡を取り戻したかに見えた。

 欧州ではドイツが崩壊し、アメリカとソ連が勝者として覇を競う。

 だが、東アジアではまったく逆だった。

 戦争に勝った中露が手を取り、

 「東方同盟」の旗のもとに共同統治を始めたのだ。


 東南アジア諸国も、

 かつての歴史と同じく欧米の植民地として再支配を受けた。

 世界は“解放”ではなく、“再封印”の時代へと進んだ。


 それでも――

 人々の心の奥では、かすかな火が消えてはいなかった。

 「失われた祖国を、もう一度取り戻す」

 その言葉は囁きとなり、

 夜の地下街で密かに交わされた。


 のちに“レジスタンス”と呼ばれる者たちの最初の炎が、

 この沈黙の時代に灯ったのだ。




五 そして、物語は始まる


 1945年、世界は戦争を終えたと宣言した。

 だが、日本人にとってそれは、

 「国を失った日」であり、「屈辱の始まり」でもあった。


 以後八十年。

 列強の支配は形を変えながら続き、

 人種差別と強制労働が日常の風景となった。


 そんな世界の片隅で――

 ひとりの少女が、歴史の境界に立つ。

 彼女の名は、**安藤美里**。

 失われた国の末裔にして、

 やがて“鬼”と呼ばれる存在と出会う15歳の少女である。


 これは、かつての日本が滅びたあとの世界の物語。

 人のことわりを超え、

 地の記憶とともに歩む者たちの物語。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ