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この街は変容していく、私は道を知らないままに。3分の2個目

ていうか主人公の名前って、最後まで明かされないんですよね。(考えてない)完全に一人称物語過ぎて、これっていいのか悪いのかもわかんないですけど。

 「いらっしゃいませ。その紙に書いて注文してください、その後でお会計しますので。」

 私たちは、1枚の注文用紙を手に、香ばしい小麦の匂いがふんわりとただよい、南窓の陽が差し込む暖かい店内のパン棚を見て回った。さらにこの店はとても静かだ…。

 思わずぼーっとしてしまうほど心地良い部屋だった。私はパンを悩みながら店内を4周ほど歩いていたみたいだった。どれも出来立てのように見える。ぷくりと膨らんだチーズにソースが染みていくところやベーコンに滴る油をゆっくり眺めていた。

 彼女も立ち止まって、首をまっすぐ下に向けている。誰だって、外の寒いこの街での空腹を満たすためのものは時間をかけて選ぶものだろう。

 しばらくして、彼女が私に注文用紙と赤鉛筆を求めてきたので、私も決めることにした。随分時間をかけてしまったが、後悔のない旅のひとときだった。

 私たちは、店の外にベンチを見つけていたので、隣にすわって、膝の上においた温かい袋からそれぞれに取り出した。ベーコンの油は焼き立てのパンに馴染み、注文後に挟んでくれるレタスはなんだか対極にあるようで、これが欠かせない。隣の彼女も、静かに食べていた。きれいに形になった卵白がぴったりと半熟の黄身を包んでいた。おいしそう。

 「ねえ、あなたはいつからここで過ごしてるの?」

 「…ちゃんとはわからないけど、ちょうど1年くらい。私がこの街に来た日のも深い冬の日だった。」

 少し間をおいて考えるように話しながら、また一口ほおばる。

 「そうなんだ。この街ってさ、いつも変わっちゃうっていうけど、昔からこんな感じなの?」

 あ、なんかごめん。まだもぐもぐしてるとこだった。

 きっとそうでなくてもゆっくり思い出してから答える様子の人ではあると思うが、彼女はそれを喉に通すと答えた。

 「いや、私が来た日は駅が草原の真ん中にあって、街はあまり広くないように見えた。何日かしてお宿で地図を買ったとき、1日分が十何ページもあってびっくりして外に出ると、人も建物も何もかも増えてた。その日の街が今のに一番似てるかな。」

 思い浮かべようとすると頭が真っ白になる。私にはこの街のそんな極端な顔が気になりもした。今では顔を向ければ数階建てのレンガ造りが佇み、四方から人々の営みが聞こえるようなところなのだから。

 「一年って長いよね。ずっとここで暮らしてるの、寂しいってならないの?」

 彼女のリズムが定まってきて、私がその隙間を埋めるように喋ってる感じだ。ちょっと不安定だけど。


 「うーん…。来たときのことってもう思い出しにくくて、でも今は不規則であるという規則がふるさとみたいな…えっと、なかよしだよ。街の一部なら、どんな日でもそれが必然って伝わってくるの。」

 二人の間で気が揺らいでしまって、手に持ったパンの熱がぼんやりと伝わってきて、それだけ感じていた。

 「あなたってお客さんみたいなとこばっかじゃない?」

 彼女の不思議そうな顔が見たことのない空気を通して見える。会話は不意に幕が落とされた。意識を放すと、辺りはお昼になって温まった空気が感じられ、通りのちょうど上に日が昇って、きらきらと輝くように明るくなった。


 彼女はおまけのようにもう一つ、しんなりと煮られたりんごが並んだアップルパイを一切れ出して口にしていた。静かな二人の間にシナモンのかすかな歌声が響く。


 ああ、これからどうしようか。しばらく遠目に街の様子を見ながらぐったりしていると、日が傾きかけてきた。私たちは、パン屋の上の、宿に泊まることができた。やっぱり宿はどこにでもある。


 夜には雨が降ったようだった。私は昼間に彼女と話したことを思い出していた。

 「…一度別れたら、会わなくて良いから。」

 彼女がこの街に来てからの、何人かの知り合いはみんな、いなくなって会っていないと言っていた。この街は誰かが何かにとどまることができない。私たちもすぐ、引き離されてしまうのだろうか。それでも、しっとりとした空気はその不安に目をつむるのには良かった。

 あめのふる夜は冷たい。布団の中には私が残した温度が包まれていた。


 朝、私たちはもっと街を歩くことにした。この街をずっと真っすぐ進んで、果てまで行こうと思いついたのは私だった。一応これでも日本の中のはずだから、そこまで心配はいらないだろうと。

 新しい地図と照らし合わせながら、少し曇った空の下を歩いた。

 10から20個ほどの区画を通り過ぎて、奥の方に山のように積み重なった街が盛り上がっているのが見えた。2日かかった。

 さらにいくつか進むと、あたりの建物はさらに複雑さを増していった。建物にはいくつも橋がかけられ、建物に沿うようにして頭の上にも歩道ができている。人々の望みは、遥か高くに登りはじめ、この街の碁盤の目は地面だけになってしまった。

 私たちの頭の上にはいくつも道が持ち上げられていて、人々やお店はその上にばらばらと建っているようだ。この一番下の道を歩く人は少なくなってきた。上にある太く大きな橋のお陰で、道にはコンクリートの柱が突き刺さっている。もう少し進んだところでは、建物がますます高く造られ、一番下のいくつかの階はコンクリートと鉄筋で埋められていた。

 まるで、生き残る店、行きている人はひたすらに上を目指し、かつての街道やその周りの建物は忘れられていくように埋められ、今の土台となるようだ。この街で一番に賑わう場所は、その歴史をないがしろにしてぶくぶくと太っているのを感じた。


 私たちはこの文字通りの下町に何もなくなってきたところで、階段を登って上の層にある街を歩こうと、それを探した。

 寒い。コンクリートの下、上にある様々な構造物に埋め尽くされた空からは当然、陽の光が届かない。


 そのあと、ある空中の歩道に出てみた。まだ上には同じように橋や建物があって薄暗いが、まだその賑わいは守られていた。楽器屋からピアノの音が聞こえたり、隣の食堂からいい匂いがしたりした。人々はやんわりとその時間を楽しんでいた。

 上へとのぼると、空気が少しずつ鮮やかになって、私たちの期待もふくらみつつあった。次の階段の上の方に空が見えたと思って、歩調が速まった。


 上へ上へと駆けていくと、外に出たとき、一気に明るくなったので目を瞑ってしまった。ゆっくり閉じた目を開こうとすると、私の顔にちらちらと冷気が貼り付いた。目の前の不思議な景色を、私はゆっくりとその目に映した。

 雪が、ここに降り注いでいた。

 この道に碁盤の目という名残はほとんどなく、建物は個々を見せつけるように建ち、子どもたちは雪の中を走り回る。

 私たちが歩いていると、この街の地図を売っている店を見つけた。しかも、なぜかいくつも種類がある。

なんでも、話によると変容の速いこの街では、一日の間に3つか4つは作らないと間に合わないらしい。

 「初雪ですね。この街は積もりにくいんですけど、今年はどうなんでしょう。」

 案内の人は、二人して鼻を赤くしている私たちを見て、顔をほころばせていた。

 「そうなんですね」

 「はい、旅をたのしんでください。」

 店を後にし、新しい地図を手にした私たちは、また歩き出した。


 今夜は、二人して向かい同士の小さな宿で過ごした。

 窓の外を見上げると、街の明かりが降り注ぐ雪をやさしく照らし、舞う雪がちらちらと、こちらにその姿を見せる。その道の向かいの窓にも彼女の顔が見えた。ピタリと止まって、静かに外を眺めていた。なんだか彼女と目は合わなかったが、今夜の街の景色もきれいだなと思った。


 朝、私が目を覚まし、外の雪の様子を見に行ったときだった。窓の外の景色は、昨日と変わっていた。

 道の向かいに昨日の宿はなかった。その時は何か、新しい建物を造っている途中だった。不意に私は胸に込み上げる何かを、窓の外の冷たい空気といっしょに飲み込んだ。目頭が熱くなったが、冷えこんだ手のひらで顔を抑えてこらえた。


 私は支度をして、私は外に出た。そして私は、今日も一人でこの街を歩いていくのだ。お昼に私は私のためにごはんを買って食べた。あの時の下町に降り、いつもより静かな旅を続けていると、ある角を曲がったとき、街は終わっていた。

 朝からの変な呼吸は少しずつ整ってきたところだった。そのどれでもない感情の瞬間だった。予想外であり、思い返せば変化は当たり前。でも足元が揺らぐような今の私は、わけもなくそこに引き込まれていくのだった。

 いや、というよりは建物がほとんどないところだった。草原の上に碁盤の目を守った道だけが広がっている。街の音は後ろからだけ聞こえてくる。風は下町を吹き抜けて来て、私の背中をじんわりと押した。

 私はもう、躊躇なくその道を歩いていった。思えば家を出たときのエシャクヒメドリは何だったのだろう。

 「私の周りって、もう変化しすぎて何がなんだか…。」

 一人、誰もいない草原に口ずさむ…。

 「人生は、ゆれるゆれる。私は、舞ってはつまづいて…。

  うまくいかない、私の手をどこに、伸ばすのでしょう。

  手に入るか、誰が与えるのか。

  神に頼むのか。

  それは一重に、あなた次第。

  それでも、あなたの上に張る空は。だれもかれもが一緒に被れる、青い帽子なのです。

  幸せは、これではない。踏みしめた大地を湿らせる雨でしょう。

  幸せは、伸ばした手の先にはない。皆で声を合わせれば聞こえてくるでしょう。

  幸せの音、色。どこにだってあったのに。」

 「これなんの曲だっけ…。」

 私の、歩調が三拍子に合わせて速くなってきた頃、奥の方にいくつか背の低い建物が集まっているのが見えた。この曲の伴奏はピアノ。たった今ピアノのソロに入ったところだ。口ずさむには少しテンポが速いかもだが、私はこのピアノの音が大好きだ。

 昨日、楽器屋の前を通ったとき、彼女はピアノを弾いたことがあると言っていた。私が聴いてみたいと口を滑らせたのがなんだか悔しい。頭の中でピアノの音が滲む。


 日が暮れたが、私は歩き続けた。途中からは、雲がはらりと開けて来ていた。吹き下ろした風が髪を揺らした。


 私は暗くなってもいくらか歩き続けた。よるになって、空気が冷えてくる。太陽の最後に見せたたてがみのさきも、地に沈みきった。とにかく静かだった。

 不意に私は立ち止まる。見上げた夜空は、神様が子供のころに描いた無邪気な絵のように見えた。

 「ここにあるものは何も手に入らない。だけど、みんな私の中にあってくれる…。」

 あっは、まただ。ほんと何言ってんだろ。私ったら…。


 実際、辺りは凍えてしまうほど寒かった。

 「なんだろう。奥の方に明かりが…。」

 確かに何かある。こんなところに人が住んでいるのだろうか。ちょっと駆け足になって私は近づいていった。満天の星空の下を、凍えるような空気の中を、私は息絶え絶えになりながら走り、それは見えてきた。

 はあ、はあ…。息を整えながら残りの距離を歩いて進む。

 雑貨屋のような何か…。周りには本当になにもないがお店はやっていた。立ち寄ってみると、店内に(というか店主の生活スペース?)一人のおじいさんが揺り椅子に座って本を読んでいた。

 「こんばんは。」

 「え、あ、はい、こんばんは。」

 お店の中は落ち着いていて、小物から椅子や時計まで多彩だが平凡とも言える雰囲気のものがぎっしり置いてあった。

 「おまえさん、見たところ観光客なのにどうしてこんなところまで来たんだい。このあたりにゃ、何もないだろう。」

 「いや、まあ別に…。星きれいですよね。」

 「そうか…。そりゃ、良かった。お茶を出すから、一度休んだほうが良いと思うぞ。」

 おじいさんが何を察したのかは分からなかったが、店内の良い方の椅子に座って待つことにした。おじいさんは私が待っている間に、オルゴールをかけておいてくれた。なつかしい音色だ。思えばもう、手はかじかんで、うまく動かせない。

 「どうぞ。」

 「はい、ありがとうございます。」

 おじいさんもとなりの椅子に座った。

 「ところで、おまえさんはどこか目指して行きたいところがあるのだろう。こんなところわざわざ歩く必要もない。」

 「…なんでしょう。わからないです…。この街はいっつも変わっていってしまうから。」

 「会いたい者、欲しいもの、行きたいところ…。幸せは道なりに行って手に入るものではないがな。」

 おじいさんが流れるように話していくと、オルゴールは音を伸ばして止まり、この夜の静けさが二人を覆っていく。

 「おまえさんは今、何が欲しいのか。幸せは意図して手に入りにくく、意図せず手に入れやすい。」

 おじいさんの出したお茶が冷めてきて、口当たりがよくなってきたときだった。

 「意図せず手に入れたものは、不安定で壊れやすい。」

 ドキッとした。おじいさんは何を知っているのだろう。彼女のカタチが鮮明に思い浮かばない。霧がかかって顔が半分見えない。口元には微笑みがあった気がした。

 でも、不気味でもなんでもない夜だ。今も空には星がきらめくのを思うとこの空間とも調和するのが分かる。

 「その意味を理解しないと、守ることはできない。少なくとも、わしはそうだったな…。」

 おじいさんはそう言って、お茶を一口すすった。私も機を得たように、お茶を味わう。

 「まあ、ここに来るようなのは、そういうのに打ちひしがれてるやつが多いもんでな。わしは、何か欲しがるような年でもない。こうやって老人が気晴らしにおしゃべりをするだけさ。この草原くらいがちょうどいいもんで。」

 マグカップの温もりは、もうそろそろ私の手と同じくらいにひんやりとしてきた。

 「あの、意味を見つけるって…。」

 「この店に何かほしいと思ったものを見つけてみなさい。」

 …。私は立ち上がって、店内を歩き回った。今使っていたのと同じマグカップと、それに似た風体の小皿が数枚あった。一つ手にとって、眺め、持っていった。

 「なぜそれを選んだのかね。」

 「…。」

 「直感のように感じても、おまえさんのどこか深いところにその理由があるはずだよ。人間はふらふらと心変わりしてしまう。」


 それは、その理由が定まっていないから。自分をちゃんと見つめて、理解しないから。叶えば、入り組んだ道も進むべきところが見える。


 ああ、私ったらなんて適当に生きてるんだか。

 「よく聴いてくれるね。こんな堅物の説教を…。君は本当に真面目なもんだ。」

 私は軽くうなづいたあと、マグカップのお茶を飲み干して、おじいさんに言った。

 「これください。2セットください。片方は、良い包み紙で。」

 「そうかい、毎度あり。もう行くのかね?」

 「はい、もうそろそろ着きそうなので出ようかと。」

 私はスーツケースを持って、店を出ようとした。見上げた空は、なんだか私に微笑みかけている気がした。


 まだ外は暗いが、歩く準備はできている。おじいさんの雑貨屋を背中に歩き、足元の私の影を薄く、伸ばしていく。草原は続く。


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