8.剣技と生き方を教える父
朝靄がまだ庭を包んでいた。
リアムは屋敷の裏で、ひとり木剣を握っていた。
腕の痛みも、手の豆の裂ける感覚も、もう慣れた。ただ剣を振るたびに、自分の弱さを突きつけられる。
――これじゃ、まだ守れない。
セレナを、誰からも。
彼女の光にふさわしい従者になるには、まだ足りない。力も、頭も、覚悟も。
木剣の音が続く中、背後で足音が止まった。
振り向けば、朝日を背に立つアルトリウスがいた。
黒の上着に銀糸の刺繍、深く落ち着いた眼差し。
その存在だけで、空気が凛と引き締まる。
リアムは慌てて膝をついた。
「ア、アルトリウス様……!」
「立ちなさい。対外的な場以外でそんな態度は取らなくていいよ」
声は穏やかだった。
リアムが立ち上がると、アルトリウスはゆっくりと近づき、視線を合わせるようにしゃがみ込んだ。
「あの夜の事、商人から話は聞いている。お前は、あの夜“殺すこと”を選ばなかったそうだな。そして路地裏に連れ込まれそうになった時も、きちんと否定した。セレナからも話は聞いておるよ。」
リアムは息を詰めた。
アルトリウスの瞳にはただ穏やかな静けさがあった。
「私はな、リアム。娘が“誰かを助けたい”と口にしたのを、初めて聞いた。あの子はあの日からなにか変わった。…だから、私はお前を見ている。あの子を変えた少年として。」
リアムの胸が熱くなった。
息が震える。
「……俺なんかが……」
「“なんか”ではない。」
アルトリウスは短く言い切った。
「リアム、私はお前のような子供、嫌いじゃないんだよ」
そう言って立ち上がると、背後に目を向けた。
「…出てきなさい。」
陰の中から現れたのは、黒い外套の護衛。
あの夜、リアムを助けてくれた男だった。
目尻に笑い皺を刻んだ無骨な顔。
「この男が、今日からお前の師になる。」
アルトリウスの声に護衛が頭を下げる。
「レオン・ファロウだ。好きに“レオン”とでも呼べ。お前を一人前にするのが今日からの仕事だ。」
リアムは慌てて礼をした。
「よ、よろしくお願いします、レオンさん!」
レオンは片眉を上げて笑う。
「ああ、よろしくな、リアム坊!」
アルトリウスがわずかに口角を上げた。
「…頼んだぞ、レオン。」
「へい、旦那。」
そう言い残して、アルトリウスは踵を返す。
去り際、ふと振り向いた。
「リアム。」
「は、はい!」
「剣で一番大事なのは、腕でも脚でもない。 “何のために立つか”を見失わぬことだ。
…その意味を、あの男から学べ。」
リアムは深く頭を下げた。
「はいっ!」
アルトリウスが去ると、レオンが手を叩いた。
「よし、坊。まずは地獄の始まりだ。」
「じ…地獄ですか?」
「おう。汗と泥と痛みでできた地獄だ。だがそれを越えりゃ、ちゃんと“誇り”が残る。」
リアムはごくりと唾を飲み込んだ。
レオンが木剣を二本、砂の上に投げる。
「構えろ、リアム坊。命を賭けて誰かを守る前に、まず自分の足で立つことを覚えろ。」
木剣がぶつかり合う音が、朝の空に響いた。
冷たい空気の中で、その音だけが確かな熱を帯びていた。




