19.まさか
カルディナ家のサロンは夜の明かりだけが灯り、
外の風の音すら聞こえないほど静かだった。
リアムが連れてきたレオンは、珍しく気まずそうに腕を組んで立っていた。
セレナは席に深く腰掛け、
二人を見つめながら静かに言った。
「…来てくれてありがとう。
今日は、あなたの“感じたこと”を聞きたい。」
レオンは舌打ちをしそうな顔を必死で抑え、
無骨な手で頭を掻く。
「ったく…なんで俺がこんな茶会みたいな席に座らにゃならんのだ。」
「レオンさん。」
リアムの声は真剣だった。
「お願いします。言わなきゃいけないことがあるんです。」
レオンはしぶしぶ空いた椅子に腰を下ろした。
その動作に、普段の大雑把さはなかった。
まるで“何かを隠している男”の動きだった。
セレナがゆっくりと問いかける。
「リアムから聞いたわ。訓練のあと、“塔の上に私の姿が見えた”と言ったそうね。」
レオンは目をそらし、深く息を吐いた。
「見間違いだ。あんなもん、気のせいだ。」
「手すりが折れた気がした、とも。」
リアムが言う。
レオンの指が強張る。
普段なら笑って流す男の、珍しい沈黙。
セレナはそっと手を膝の上で組み、
「……レオン、お願い。私たちに隠し事はしないで。」
と、静かに訴えた。
レオンはその声に一瞬肩を揺らし、
そして顔を伏せたまま、低い声で答えた。
「隠してるわけじゃねぇ…思い出したくなかっただけだ。」
リアムとセレナが息を呑む。
レオンはゆっくりと顔を上げた。
その瞳は、いつもの優しい茶色ではなく、深い影の色をしていた。
「…思い出しちまったんだよ。全部な。」
空気が張りつめる。
「前の人生のことだ。」
セレナの指先が震えた。
「レオン……あなたも?」
レオンは頷く。
「最初は、ただの胸騒ぎだと思ってた。
だが屋根の上から塔を見た時、そこに立つお嬢様の姿が……“はっきり”見えた。」
リアムは喉を鳴らす。
「そのあと、何が……?」
レオンは目を閉じ、
しばらく言葉を飲み込んでいた。
そして、吐き出す。
「……あの日、俺はお嬢様を止めに行った。
塔から飛び降りる気配に気づいて、咄嗟に手を伸ばした。」
セレナの瞳が揺れる。
「……私を?」
「ああ。手すりが崩れて…二人とも、落ちた。」
その瞬間、
セレナの胸の奥に“感覚”が蘇った。
――あの瞬間。
――誰かが私の腕を掴んでいた。
レオンは小さく笑った。
「……情けねぇ話だ。俺は“助けるつもり”で行ったのに、俺が掴んでた腕を…守りきれずに、…そのまま…」
言葉が途切れる。
リアムは拳を握りしめた。
胸が熱くなる。
レオンは続ける。
「俺は、自分が落ちて死んだことすら気づかなかった。あの日のことはずっと、ただの悪夢だと思ってた。だが今日、全部思い出した。」
そして三人は黙った。
言葉が出ない。
部屋の中の空気がわずかに波打つ。
灯りが一瞬揺らぎ、セレナの輪郭が
透明に溶けそうに見えた。
三人は同時にそれに気づいた。
リアムが、震える声で言う。
「…やっぱり、何かがおかしい。
この世界は…」
セレナは唇を噛む。
「……私たち三人だけが、前の人生の記憶を持っている。でも、持ち方が…不自然すぎる。」
レオンは腕を組み、
重い声で言った。
「これは、“もう一度やり直せ”って話じゃねぇ。
もっと…違う。もっと根の深い……“別の何か”だ。」
沈黙。
サロンの窓の外で、
塔の影がゆっくり揺れた。
三人の運命は、
今まさに大きく動き始めていた。




