16.増していく違和感
夜風が静かにカーテンを揺らしていた。
セレナの部屋は灯りひとつ、小さくゆれている。
リアムは報告を終えて下がろうとしたが、
足が動かなくなっていた。
セレナが先に口を開いた。
「…リアム。座って。話しましょう。」
その声音は優しかったが、
どこか落ち着かない震えが混じっていた。
リアムは椅子に腰を下ろすと、
自分の胸の奥でうずく冷たい感覚を思い出した。
「…セレナ様。
今日、俺…残像を見ました。」
セレナの指がぴくりと動く。
「……どんな?」
リアムは喉を鳴らし、
言葉を慎重に選びながら話し始めた。
「白い服の女性です。
前の人生で…俺が殺してしまった人でした。
声は聞こえなかったけど…立ってたんです。確かに。俺と……目が合いました。」
セレナの顔から血の気が引いていった。
セレナは手をかたく握り、そして目を逸らすように、窓の外を見た。
「……わたしも、今日…ひとつ、変なものを見たの。」
リアムは息を飲む。
「……どんな、ものですか。」
セレナの声が震えた。
「塔よ。」
「塔…?」
「ええ。塔の上に…“人影”が見えたの。」
リアムの心臓が跳ねる。
「…人影、というより…あれは“わたし自身”だった気がするの。」
リアムの背筋が凍る。
セレナは胸に手を当てたまま続ける。
「それはほんの一瞬で……
気のせいだと思った。
でも——」
そこで言葉を止めた。
視線を落とし、唇を噛んだ。
リアムもその沈黙に呑まれる。
セレナは顔を上げ、リアムをまっすぐに見つめた。
「リアム。私たち…“本当にやり直している”と言い切れるかしら?」
リアムは声を失った。
それは恐ろしくて、ずっと口にするまいと思っていた疑問だった。
でも微かな声で答えた。
「…わかりません。でも……たしかに、おかしいです。」
セレナが頷く。
「今日のお父様…胸元が、一瞬だけ透けて見えたでしょう。」
リアムの心臓が凍りつく。
「確かに、俺も…見ました。」
二人は言葉を失う。
まるで足元の床がゆっくりと崩れていくような感覚があった。
セレナは深く息を吸い、
震える声で言った。
「でも…まだ“現実がおかしくなっている”なんて、
思いたくないわ。」
リアムも頷く。
「俺もです。ここが…嘘の世界だなんて…。…そんなの嫌です。」
セレナは静かに微笑んだ。
「大丈夫。まだ確実な証拠もない。ただ、違和感があるだけ。」
リアムはその表情に救われるような気がした。
けれどセレナはふっと視線を落とし、小さく呟いた。
「でもね…リアム。もしこの違和感が、本当に“何かの始まり”だとしたら…私にも、あなたにも覚悟が必要になるかもしれないわ。」
リアムは静かに頷いた。
「もちろんです。どんなことがあっても…セレナ様のそばにいます。」
扉の外では、風の音だけが響いていた。
まるで、世界が何かを囁いているかのように。




