13.あれは誰?
記録庫は屋敷の最奥にあった。
古い石造りの扉を開けると、
積み重なった帳簿と羊皮紙の匂いがふわりと広がる。
「ここに、ほとんどの記録が保存されているわ。」
セレナがランプを掲げる。
リアムは緊張で喉が鳴った。
(…本当に、あの女性は…それなら俺は“誰を”刺したんだ?)
二人で棚を巡り、従者名簿・使用人の一覧・雇用記録…あらゆる資料を読み漁る。
だが、どこにもない。
リアムが1度目に殺したと思っている“あの女性”の名前が、一切、記録に存在しない。
「…ないわね。」
セレナが呟く。
リアムも紙を握りしめたまま、震えていた。
(確かに…あの時に刺した。血の温度も、息の途切れる瞬間も覚えてる…なのに…)
セレナが一冊の帳簿を指でなぞった。
「その名前で、我が家で働いていた“若い女性の使用人”は…遡っても一人もいないわ。」
リアムは思わず顔を上げる。
「…でも、確かに…カルディナ家の屋敷の前で…」
「でも、ご覧なさい。“転居も急な解雇もゼロ”って書かれているわ。」
つまり、リアムが1度目の世界で殺したと記憶している女性はカルディナ家にはそもそも“存在しなかった”…ということだった。
(じゃあ…俺は…誰を…?あの記憶は…単なる夢?いや…)
言葉が出なかった。
⸻
記録庫を出た瞬間だった。
廊下の奥で、ふっと誰かの後ろ姿が揺れた。
薄い茶髪、古びたコート。
ゆっくりと歩く女性。
リアムは息を呑んだ。
(…あれは!!)
“あの女性”。
リアムが刺したと記憶している女性の後ろ姿だった。
「ッ…!」
だが次の瞬間、
影は壁に吸い込まれるように消えた。
「リアム?」
セレナが覗き込む。
リアムは何も言えず、ただ首を振った。
(幻…?)
胸の奥がざわついた。
ほんの少し寒気が走る。
⸻
その夜、リアムは眠れなかった。
記録庫の事実も、廊下の残像も。
どちらも嘘じゃない。
だけど、どちらも“正しい”とも思えなかった。
(俺の記憶が…壊れてる…?違う…そんな感覚じゃない…)
そして眠りについた途端、夢がやってきた。
暗い路地。
自分の足元に崩れ落ちる女性。血が広がり、月光が反射する。
リアムは震える。
「…だれ…だ…?」
女性がかすかに顔をこちらへ向けた。
ぼやけたその顔が、“笑ったように”見えた。
『気づいた?』
リアムは悲鳴をあげる前に目を覚ました。
心臓が痛いほど脈打ち、
額には冷や汗が滲んでいた。
「…ッ!!」
手が震えて止まらなかった。
(俺は…違う記憶を…見させられてる?)
まだ答えは出ない…けれど、
“この世界そのものにほころびがある”と
リアムは薄々感じ始めていた。




