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2度目の世界で君は僕を殺さない  作者: ちょこだいふく


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12/22

12.記憶の影

翌朝。

庭には薄い靄がかかり、白い息が浮かぶほど空気が冷たかった。


リアムは目を開けた瞬間、心臓が跳ねるのを感じた。


――あの夢。


暗闇の中で聞こえた、助けを求める女性の声。

自分の手のひらにまとわりついていた、生臭い“血の記憶”。


ありありと残るその感覚を、リアムは無理やり振り払った。


(…ただの悪夢だ。訓練の疲れだ…そうだろ?)


そう自分に言い聞かせ、ベッドから身を起こす。


鏡に映った自分の顔は、どこか強張って見えた。

一瞬だけ、“知らない誰か”の影と重なった気がした。


(…誰だ?)


胸の奥に、小さな棘のような違和感が残った。



「坊! 集中せんか!」


レオンの咆哮が響く。


リアムは木剣を構えなおし、必死に食らいついた。

だが剣が交わるたびに、頭の中で“血の匂い”がよぎる。


「…っ!」


木剣が弾かれ、リアムは膝をつく。


レオンは息ひとつ乱さず立ち、じっとリアムを見下ろした。


「今日のお前…目が死んどるぞ。」


「…す、すみません…ちょっとだけ寝不足で」


誤魔化したつもりだったが、声が震えた。


レオンは短く息を吐き、背を向けた。


「まぁええ。眠れねぇ夜くらい、誰だってある。…だがな、坊。」


リアムが顔を上げると、レオンは鋭い眼差しを向けてきた。


「どんな夜でも、立つのが従者だ。そこを忘れんな。」


大きな手が、ぽんとリアムの頭を叩いた。


その温かさが、不思議と胸に沁みた。




午後になり、セレナの部屋をノックすると、彼女は机から顔を上げた。


「…リアム。今日は少し顔色が悪いわね。」


その声はあまりにも優しかった。

だからこそ、嘘が痛かった。


「だ、大丈夫です…!」


セレナは本を閉じ、彼の前に歩み寄った。


「リアム。あなたは嘘が上手じゃないみたい。」


静かな声だった。

逃げ道を塞ぐほど優しい声。


リアムは、視線を伏せた。


(…言えない。…こんなこと)


だが、胸の奥が妙に苦しくなる。


――セレナ様だけは、騙したくない。


そう思った瞬間、喉の奥から言葉が漏れた。


「…昨夜、夢を見たんです。」


セレナは黙って頷き、続きを待った。


リアムは唇を噛みしめた。


「…誰かが…助けを呼んでいて…俺…その人を…」


言葉が詰まる。


「…1度目の時に…殺したんだと思います。」


セレナの瞳が揺れた。


怒りでも恐怖でもない。

それは、“痛み”に近い揺れだった。


説教も非難もない。


ただ、彼女は一歩、リアムに近づいた。


そしてその手を、そっと重ねた。


「リアム。」


細い指先が、震えている。


「そんな苦しい話をしてくれて、ありがとう。」


リアムは目を見開いた。


「…セレナ様?」


「あなたの1度目の過去を責めるためじゃないの。あなたが“向き合おうとしている”その気持ちが、知りたかったの。」


その言葉は、雷のように胸に響いた。


(向き合う…俺は…)


セレナは静かに続けた。


「その女性について、調べましょう。あなた一人が背負う必要なんて、ないわ。」


リアムは、涙を堪えきれなくなった。


「…俺なんかに…そんな…」


「なんかに、じゃないわ。」


そう優しく言って、セレナは微笑んだ。




セレナは羽ペンを取り、リアムの言った女性の名前を書き記した。


「まずは記録庫へ行きましょう。

古い名簿も事件記録も、全部調べられるわ。」


リアムは深く頷いた。


胸の奥のざわめきはまだ消えない。

だが、今はそれでいい。


セレナが横にいるのなら、きっと前に進める。


――この瞬間、リアムはまだ知らなかった。


その女性の名も、事件も、

この世界には“存在していない”ということを。


それが、

二人が生きる世界に刻まれた

最初の“ひび”となることも。


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