11.訓練と悪夢
木剣が何度目かの乾いた音を立てたころ、
リアムはもう息も絶え絶えだった。
「こら坊!腕で振るな、腰で回せ!腰だ!!」
レオンの怒号が空に響く。
その太い声は叱責というより、獣の咆哮のようだった。
それでもリアムは食らいついた。
足は震え、握力は限界。それでも前に出る。
――守りたいんだ。あの人を。
レオンの木剣が容赦なくリアムの脇腹を打ち抜く。
「ぐっ…!」
倒れそうになった瞬間、レオンの手が襟を掴み、
子犬のように持ち上げられた。
「まだ立てるな。いい顔だ、坊。」
レオンは口の端だけで笑った。
その笑みが、嬉しかった。
⸻
それからの時間は、ひたすら体を使う訓練だった。
握力が尽きるまで木剣を担ぎ上げる。
地面を這いずり回り、反射の訓練。
レオンが投げた小石を打ち落とす瞬発力。
まだ九歳の体には過酷すぎる内容だった。
だがリアムは、前の人生でもっと地獄を知っている。
(このくらい…このくらい……俺なら!!)
膝が砕けるまでやった。
レオンはそれを見て、煙草をくゆらせながら呟いた。
「…いい目をしてやがるな。しがみついてでも守る目だ。」
⸻
昼食後はセレナの部屋へ向かう。
ノックすると、セレナが振り返った。
金の髪がさらりと揺れる。
「リアム、今日もよく頑張ったわね。では、座って。」
彼女の前に置かれたのは分厚い本だった。
「今日は地理と礼儀よ。まず王都の地図から暗記してもらうわ。」
リアムは剣よりこっちが難しく感じた。
「え、えっと…こ、ここが…北の宿屋街で…」
「違うわ。そこは北商人街よ。」
セレナは優しく微笑むが、容赦はしない。
「従者は時に主人の“地図”にもなるの。迷った時、最短の道を示せなければならないわ。」
本を閉じると、次は礼儀作法。
セレナ自身がリアムの姿勢を正し、丁寧に教えてくれる。
「背筋が曲がってるわ。」
「はい…」
「声ははっきり。従者は“伝える人”でもあるのよ。」
「は、はい!!」
叱るというより、“育ててる”。
セレナの言葉はどれも優しくて、温度があった。
だからこそ、リアムは胸の深いところが熱くなる。
さらにその後、リアムは自主的な訓練を始めた。
片足で立ち、
目を閉じて重心を保つ。
(これくらいなら今の体でも…)
ゆっくり呼吸を整えながら、前の人生で培った暗殺者の“感覚”を無理のない範囲で再構築していく。
誰にも教わらなくても分かる。
人を守るには、まず自分の身体を扱えなければいけない。
レオンが遠くからそれを見ていた。
「…あの坊、どんだけやる気なんだ。こりゃあ、伸びるぜ。」
どこか誇らしげに呟いた。
⸻
その夜。
疲れ果てて布団に倒れ込んだリアムは、すぐに深い眠りへと落ちた。
すると暗闇の中で、突然“声”がした。
「……やめて。だれか…」
女性の声だった。
聞き覚えがあるようで、ないようで、水面に沈んだ記憶を掘り起こすような感覚。
(…誰?)
足音。
乾いた悲鳴。
刃が肉を裂く音。
リアムの右手に“重み”が生まれた。
自分の手が、血に濡れている。
「…っ!!」
リアムは跳ね起きた。
荒い呼吸とともに胸が上下する。
部屋は暗い。
誰もいない。
(今のは…)
夢だ。
ただの悪夢。
訓練で疲れているせいだ、と
そう自分に言い聞かせた。
だが、胸に残ったざらつくような感覚は、なかなか消えてくれなかった。
(…気のせい、だよな?)
そう呟きながら、リアムは再び布団に潜り込んだ。
眠りに落ちるまでに、いつもよりずっと時間がかかった。




