10.夜に立つ
夜。
カルディナ家の庭は、しんと静まり返っていた。
遠くで虫の声がする。灯りの落ちた温室のそばで、小さな影が立っていた。
リアムだった。
薄手の上着を羽織り、裸足のまま地面に立つ。両足の指で土をつかむようにして、息を止めた。目を閉じ、月の光を頬で感じる。
――動かない。
ただ立つ。
風が吹いても、枝が揺れても、揺らがない。
1度目の世界、覚えている。
暗い屋根の上、息を潜め、獲物の足音を待った夜。
…あのときの静けさを、体は覚えていた。
でも、今の体は小さい。重心が定まらず、すぐにぐらりと傾く。
「…くそっ。」
小石の上に足を置き直し、もう一度。
何度も倒れ、何度も立ち上がる。
夜露で裾が濡れても、気にしない。背筋を伸ばし、呼吸を整える。
“影”の技術を、今度は“生きる”ために使う。
誰かを殺すためではなく、誰かを守るために。
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やがて、彼は片足で立つようになった。
足の裏で風を感じ、目を閉じたまま、体を揺らす。バランスを崩すたびに、息を整えて戻す。
月光が静かに降り注いでいた。
汗の粒が白く光る。
ふと、昔の自分の手が脳裏に浮かんだ。
血に濡れた刃。震える指。
その映像を振り払うように、リアムは呟いた。
「――もう、殺すためには使わない。」
声は風に溶けて消えた。
だがその決意は、心の奥に深く刻まれた。
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数メートル離れた木陰で、ひとりの男が腕を組んでいた。
レオンだ。
いつから見ていたのか、気配を消していた。
「…坊、根性だけは一人前だな。」
呟きながらも、その声には笑みがあった。
リアムが何度目かに転んだあと、立ち上がる姿を見て、レオンは小さく頷いた。
「――倒れるたびに立つ。それができる奴は、いずれちゃんと“守れる側”になる。」
そう言って、静かにその場を離れる。
足音を立てずに。
あたかも、最初からそこにいなかったかのように。
⸻
夜が明け始めたころ。
リアムは汗で髪を濡らしながら、空を見上げた。東の空が、かすかに金色に染まり始めている。
「…今日も立てた。」
かすかな笑みがこぼれる。
両手は小さく震えていたが、足はしっかりと地を掴んでいた。
その光景を、屋敷の窓の陰からセレナは見ていた。
夜明け前にふと目を覚まし、外の気配に気づいて窓を開けたのだ。
庭に立つ少年の姿を見つめながら、
彼女は胸の奥に小さな温もりを覚えた。
「…あなたは、ほんとうに努力する人ね。」
そう呟いて、静かにカーテンを閉じる。
⸻
朝の光が差し込む。
リアムはふらつきながらも歩き出した。
今日もまた、剣を握り、礼を学ぶために。
――そのすべてが、守るための力になると信じて。
リアム寝てんのかよって思いますよね。あんま寝てないです。




