【閑話】 「ゴンザレス……毎日っ!?」
本作中の閑話にて、
友情出演を快く許可してくださったゴンザレス氏&多部氏へ、心より感謝いたします。
現場の空気を和らげる一幕として、物語に確かな余白を与えてくれました。
さて、物語は明日から「第二波」へと移行します。
症状は軽く、判断は正しく、それでも何かが噛み合わない。
そんな違和感が、次の局面を呼び込みます。引き続き、見届けていただければ幸いです。
―外来・翌日―
外来処置室は、救急の慌ただしさから切り離された静けさに満ちていた。
朝の光がブラインド越しに均等に入り、床に影を作らない。
唯はカルテを開き、ペンを軽く鳴らす。
「猪俣さん。今日は立位で大丈夫ですね」
「はい。昨日より、だいぶ」
「うん。じゃあ、まず問診から。昨日の違和感、出始めた時間を教えて」
猪俣は一拍置いてから答える。
「八時過ぎです。現場に着いてすぐ、張りが強くなって……」
「疼痛は?」
「ありません。圧迫感だけです」
唯は頷き、モニターを確認する。
「血圧、一四二/八八。脈拍九八。体温三六・七。SpO₂九七。安定」
横で芽瑠が、迷いなく記録を取る。
淡々、正確、感情は書き込まない。
「で、昨日はどうでした?」
問いは事務的だが、視線は外さない。
猪俣は少し照れて、視線を泳がせた。
「……昨日は、スッキリしました」
一瞬の間。
唯は口元だけを、ほんのわずかに緩めた。
「それは良かった」
次の瞬間、トーンが切り替わる。
「じゃあ、触診に入ります。違和感があれば言って」
手袋の音。
位置確認。角度。圧はかけない。
触れた途端、室内の空気が変わった。
「……」
芽瑠のペンが、止まる。
「凄いね~」
唯が、独り言のように言う。
「はい。立派ですね」
芽瑠は視線を上げず、淡々と返す。
数値が小さく動く。
「血圧、一四八/九二」
唯は動じない。
ただ、観察を続ける。
「うわ、更に……」
「……デカッ!!」
言葉は短い。
だが、間がすべてを語る。
「呼吸、整えて。大丈夫」
猪俣は言われた通り、深く息を吸う。
胸を張り、なぜか姿勢が良くなる。
芽瑠が、静かに言った。
「……比較、入れます」
唯は一瞬だけ芽瑠を見ると、自分の手首を差し出した。
位置を揃え、角度を合わせる。
無言の比較。
「……」
「……」
数秒。
「うちの手首、二本生えてるし!」
即断。
芽瑠はにこりと笑い、追記する。
「基準更新。手首相当」
ペンが走る。
記録は正確だ。
その瞬間だった。
「うわ~、あっ……」
芽瑠が、思わず声を漏らす。
「……うわぁぁ!?」
唯は一切表情を変えない。
「反応性、良好。戻りも素直」
数値が落ち着く。
「血圧、一四〇/八六。脈拍九二」
「Stage1。問題なし」
唯はカルテを閉じた。
「猪俣さん。昨日みたいに溜めないで」
一拍。
唯は新しい手袋をはめ、手首を軽く回した。
「では、触診を続けますね」
起点部位を確認し、位置と角度を整える。
動きは淡々としているが、指先は正確だった。
圧をかけず、反応だけを拾う。
触れた直後、変化が出る。
「……反応、早い」
芽瑠が即座に記録する。
「刺激に対する即応あり。機能、良好」
唯は一度手を離し、数秒待ってから再度触診に入る。同じ結果。
むしろ、先ほどよりも変化は明確だ。
「着々と……ですね」
三度目。四度目。
繰り返すたびに状態は安定し、反応速度も落ちない。
「正常範囲内です」
唯が言い切る。
その瞬間、二人とも気づいたように目を丸くした。
「……」
「……」
言葉は出ない。
だが、無意識に目尻が下がり、口元が緩む。
「……立派です」
「はい。とても」
診察としては、申し分なかった。
「毎日、通いなよ。出しにくればいいじゃない」
芽瑠は、にこにこしながら最後の一行を書く。
猪俣は、仁王立ちで胸を張った。
外来は静かだ。
だが、何かが確実に“確認された”空気だけが、残っていた。
◇
手袋越しの感触は、昨日と変わらない。
いや、正確には――少しだけ、安定している。
唯は視線を落とし、触診を続けながら、淡々と数を数える。
反応速度、戻り、張りの均一さ。
どれも良好。過剰ではない。遅れもない。
(……本当に、立派だな)
評価としては正しい。
ただ、それだけのはずなのに、心の奥で別の感情が静かに動く。
頼もしさ。
存在感。
触れる前から「ある」と分かる、あの感じ。
唯は、そういう男性に弱い。
昔から、理由は分からないまま。
(奥様、いるんだっけ)
カルテの隅にある既婚の文字が、ふと浮かぶ。
線を越えるつもりはない。
仕事は仕事。そこは揺らがない。
――でも。
夜だけの、夜のお友達なら。
仕事を離れた場所で、数字でも診断でもない「夜の遊び相手」をなら。
(……ダメね)
思考を切るように、唯は一度手を離す。
間を置き、再度触診。
反応は即時。状態は良好。
「……」
無意識に、口元が緩みそうになるのを抑える。
横に芽瑠がいる。
淡々と記録を取り、余計なことは言わない。
けれど、いるだけで“私情”は許されない。
(今は、診察)
自分に言い聞かせる。
芽瑠の前で、余計な声色は出さない。
視線も、言葉も、すべてフラットに。
それでも――
指先に伝わる確かな反応が、評価以上の感情を呼び起こす。
(……毎日、来なよ)
それは医療従事者としての判断。
そう、あくまで。
唯は深く息を吸い、声に出さずに結論を固めた。
今日はここまで。
踏み込まない。
踏み込みたくなる自分も、ここに置いていく。
触診を終え、手を離す。
仕事は、まだ続くのだから。
◇
芽瑠は、ペン先の角度を一定に保ったまま、視線だけを動かしていた。
外来処置室は静かで、聞こえるのは機器の電子音と、唯の落ち着いた声だけ。
記録係としては理想的な環境だ。
カルテの欄を埋める。
時刻、数値、反応。
主観は書かない。あくまで事実。
――反応速度、速い。
触診に入った瞬間、状態が変わる。芽瑠は見逃さない。
刺激に対する即応。遅延なし。戻りも素直。
機能は良好、と判断できる。
(……興味深い)
あくまで学術的な意味で。
芽瑠は自分にそう言い聞かせながら、ペンを走らせる。
唯の動きは、いつもと同じ。
無駄がなく、感情が表に出ない。
――はずなのに。
ふと、目に入る変化があった。
ほんの一瞬、唯の目尻が下がったように見えたのだ。
(……今の、見間違い?)
芽瑠はすぐに否定する。
記録係に憶測は不要だ。
再度、触診。
同じ反応。
いや、少しだけ、より明確。
「……」
芽瑠は、思わず目を丸くする。
自覚はあったが、抑えきれなかった。
数度繰り返される確認。
結果は一貫している。
(安定しているのに、反応が良すぎる)
珍しい。
だから、興味が湧く。
芽瑠は記録欄の余白に、簡潔な注記を加えた。
“反応性高。再現性あり。”
横目で見ると、唯も同じように、ほんのわずか表情を緩めている。
無意識だ。
それが、分かるから余計に印象に残る。
(……唯さんも、気づいてる)
芽瑠はにこりと笑い、再び視線をカルテに戻す。
仕事中だ。
けれど、記録係として、興味を持つことまでは否定しない。
触診が終わる。
数値は落ち着き、問題なし。
芽瑠は最後の一行を書き込む。
“総合判断:状態良好。経過観察。”
ペンを置き、顔を上げる。
唯と視線が一瞬だけ合う。
言葉は交わさない。
それで十分だった。
(……今日も、いいデータが取れた)
芽瑠はそう思いながら、カルテを閉じた。
◇
それは、診察が一段落した直後だった。
数値は落ち着き、触診も終え、あとは注意事項を伝えて帰す
――その流れに入ろうとした瞬間、モニターの音が変わった。
「……?」
唯が即座に視線を走らせる。
血圧、一四八/九四。
脈拍、一〇八。
上昇は急激ではない。だが、明らかに“今さっき”とは違う。
「猪俣さん。今、違和感あります?」
一拍遅れて、返事が来る。
「……来ます。昨日と、同じ感じで……」
姿勢がわずかに崩れ、呼吸が浅くなる。
芽瑠も気づき、ペンを止めた。
「発作性反応ですね」
唯は迷わない。
「うん。反応性が良すぎる。……排液処置、入りましょう」
声は低く、即断だった。
芽瑠はすぐに動線を切り替え、トレイの準備に向かう。
「トレイ、用意します」
だが、唯は一瞬だけ考え、首を振った。
「……昨日は、バケツが必要だった」
その一言で、状況が共有される。
芽瑠の手が止まり、容量を計算するように視線が動く。
猪俣は深く息を吸い、正直に言った。
「あっ……今日は、多分……トレイで、間に合いそうかな……」
自己申告。
無理はしていない。
状態を分かっているからこその判断だ。
唯は短く頷く。
「了解。じゃあトレイで」
芽瑠は即座に切り替え、容量を確認しながら配置する。
判断理由も、すでに頭の中で整理されていた。
「体位、調整します」
「お願い」
唯は手袋を替え、再度、起点部位の確認に入る。
圧はかけない。逃げ道を作る。
昨日と同じ工程だが、今日は外来だ。環境が違う。
「猪俣さん。大丈夫。数値は安定してます」
モニターを見る。
血圧、一四六/九〇。
脈拍、一〇二。
「急激な悪化じゃない。反射的な反応です」
芽瑠が記録を取りながら、淡々と補足する。
「発作性。再現性あり。処置適応」
準備が整った。
唯は、患者の表情を確認してから、声を落とした。
「じゃあ……遠慮なく、出していいよ♪」
言葉は柔らかいが、意味は明確だ。
処置開始の合図。
反応は即時だった。
「……っ」
猪俣が息を詰める。
排液が始まり、トレイの中で量が増えていく。
「……順調」
芽瑠が確認する。
「容量、問題なし」
唯は手元を見ながら、数値を追う。
血圧、一四〇/八六。
脈拍、九六。
「いいですね。戻りも素直」
数十秒。
処置は滞りなく進み、反応は次第に落ち着いていく。
「……楽、です」
猪俣の声に、無理はない。
「はい。正常な反応です」
唯は言い切り、最後の確認をして手を離した。
排液処置、終了。
芽瑠が即座に最終記録を書き込む。
“外来中、発作性反応あり。即時対応にて改善。容量、トレイ内で収束。”
唯は手袋を外し、深く息を吐いた。
「今日はここまで。無理しないで」
診察室には、再び静けさが戻る。
ただの触診と問診のはずだった。
だが――
“起きたこと”は、すべて想定内。
医療として、正しく処理された。
※この物語の排液描写は医療行為です。性的意図はありません
後書き
―「起点」から考える、サイズと評価、そして使い心地の話―
本書をここまで読んでくださったあなたに、少しだけ“余談”を。
ただしこれは下世話な話ではない。れっきとした評価と観察の話である。
人は何かを評価するとき、つい「長さ」や「数値」に目を奪われがちだ。
売上、身長、肩書き、フォロワー数。
そして――起点。
だが、現場に立つ者ほど知っている。
重要なのは単体の数字ではなく、機能と安定性、そして体験としての質だということを。
■ 長さは「平均」より「使われ方」
起点の長さには平均値がある。
だが平均は、あくまで平均でしかない。
長くても反応が鈍ければ評価は上がらない。
短めでも反応が良く、戻りが素直なら「優秀」とされる。
ビジネスでも同じだ。
派手な実績があっても再現性がなければ信用されない。
毎回、安定して結果を出せる人の方が、現場では重宝される。
長さ=実績
反応速度=対応力
そう置き換えると、話は一気に現実的になる。
■ 太さは「印象」ではなく「均一性」
太さは、どうしても話題になりやすい。
見た瞬間に分かるからだ。
だが、専門家が見るのは別の点である。
全体が均一に機能しているか。
どこかだけ無理をしていないか。
部分的に強調された太さは、むしろリスクになることもある。
組織でも同じだ。
一部だけが突出し、他が追いついていない状態は、長続きしない。
太さ=存在感
だが、
均一性=信頼性
この二つが揃って、初めて「立派」と言われる。
■ 形は「個性」であって「欠点」ではない
起点の形は、人それぞれだ。
直線的な人もいれば、緩やかなカーブを描く人もいる。
形が違うからといって、異常ではない。
問題になるのは、機能を妨げるほどの歪みがある場合だけだ。
つまり――
個性は許容されるが、機能不全は見逃されない。
この線引きは、職場でも人生でも同じだろう。
■ 本当に見られているのは「反応」
最終的に評価されるのは、
・刺激にどう反応するか
・変化にどれだけ早く適応できるか
・元の状態にきちんと戻れるか
起点の世界でも、ビジネスの世界でも、答えは同じだ。
だから、
「立派ですね」
という言葉は、見た目だけを指しているわけではない。
それは
機能し、安定し、信頼できる
という総合評価なのである。
■ そして最後に、「使い心地」という話
ここまで読んだ読者の中には、こう思った人もいるだろう。
――で、結局「使い心地」はどうなんだ?
もっともな疑問である。
実のところ、長さ・太さ・形・反応をどれだけ精密に評価しても、
この問いだけは最後まで残る。
結論は、驚くほどシンプルだ。
使い心地は、使ってみないと分からない。
これは逃げではない。
むしろ、最も誠実で現場的な結論である。
使い心地とは、
・相手
・状況
・心理
・関係性
これらすべてが絡み合って初めて生まれる、相対評価だからだ。
どれほど立派でも、合わないことはある。
どれほど平均的でも、妙にしっくり来ることもある。
この点において、理論は一歩引く。
最後の判断は、体験に委ねられる。
■ 結論:数値は正直だが、すべてではない
数字は嘘をつかない。
だが、数字“だけ”を見ていては、本質を見誤る。
長さも、太さも、形も、反応も、
それ単体では意味を持たない。
それらがどう機能し、どう支え、どう続き、
そしてどう感じられるのか。
そこまで含めて、評価は完成する。
――起点も、仕事も、人生も。
そう考えると、
今日から少しだけ、
「立派」という言葉の重みが変わって見えるかもしれない。
安心してほしい。
これは、真面目な話だ。
……たぶん。




