第30話 「自力来院の価値 — 非接触圧排と心理介入の夜」
救急無線の低いビープ音が外来に響く。
22歳の青年・春日が自力で歩き、診察室のドアを押して入ってきた。
下腹部を軽く押さえ、下着から微量の体内精排液が滲んでいる。
既に膨張はステージ3に近い状態で、自律神経は過剰に反応し、呼吸は浅く速い。
「春日さん、自分で来られたんですね…偉いですよ」
あいかが穏やかに声をかける。
お美々はストレッチャーや処置台の準備を素早く整えた。
吸収パッド、滅菌ガーゼ、非接触圧排用ベルト、圧力ゲージ、
心電図モニターを手際よく配置し、感染予防のため手袋を二重に装着する。
換気と室温も確認し、患者の快適性を確保した上で物理的手技を開始する準備を整える。
春日の胸郭は乱れ、心拍数は128、血圧140/88、SpO₂は98%。
皮膚は微かに発赤し、末梢循環の冷感はほとんどないが、
膨張による膀胱圧迫で自律神経の緊張が続いている。
あいかは指先で軽く肩の緊張を和らげ、眼球運動と瞬目の頻度、胸壁の上下動を観察。
「大丈夫ですよ。今、排液処置しますね~」
声かけは心理的介入として重要だ。羞恥や恐怖を緩和し、筋収縮の強さを軽減する。
非接触圧排法を開始する。
腹部上部から順に圧迫ベルトを装着し、圧力ゲージを0から20 mmHg、
次に40 mmHg、最終的に60 mmHgまで段階的に上昇させる。
急速な圧迫は反射的な筋収縮を誘発するため、リズムは「緩やか→中速→やや速め」と段階的に刻む。
あいかは口元で軽くハミングし、圧迫のテンポと呼吸を同期させる。
お美々は背後で呼吸を合わせ、体幹を軽く支える。
内圧モニターは段階圧迫に応じて1.8→2.2→2.5 kPaと上昇し、膨張部位の皮膚血流、末梢温度を観察。
「吸って…吐いて…そのまま…」
呼吸同期により横隔膜の過剰収縮を抑制し、圧排効率を最大化する。
非接触圧排の最終段階に入ると、膀胱圧は最大で2.7 kPaまで上昇していた。
あいかは圧迫ベルトを微調整し、ゲージを注視しながら、圧力を0.2 kPa刻みでゆっくり下げていく。
筋収縮波形は小さな山が連続するパターンを示し、排液直前の緊張を可視化している。
「はい、ちょっとずつ…ゆっくりですよ」
あいかの声で春日は肩の力を抜き、呼吸も横隔膜まで使う深い呼吸に変わる。
お美々は背中を軽く支えながら、呼吸と圧迫のリズムを完全同期させる。
1分、2分と段階的に圧を落とすと、膀胱圧は2.5→2.0→1.6 kPaと下降。
筋収縮波形も振幅が小さくなり、滲出液が下着を伝って吸収パッドへじわりと流れ出す。
量は約10~15 mLほどで、
微細なジェル混合の体液がまるで川のようにゆっくりと落ちる様子が手元で観察できる。
「お、おお…出てます…」
春日は顔を赤らめ、手で押さえるも、あいかが軽く手を添え
「大丈夫ですよ。全部だしましょうねー」と微笑む。
声のトーンは安心感を最大化する心理介入の一環である。
3分ほどで膀胱圧は1.2 kPaまで低下、筋収縮波形はほぼフラット。
残存圧は安定域の0.8 kPaに落ち着き、排液は完了。
お美々が吸収パッドをチェックすると、微量の泡立ちも含め、
全ての液がきれいに集まっていることを確認する。
「あ、楽になった…ありがとうございます」
春日は手で下腹部を押さえなくてもよくなり、顔の緊張が解けた。
「はぁ…すっきりしましたね!」
あいかの声に、春日は恥ずかしそうに笑みを浮かべる。
お美々もつられて笑い、「先輩、また胸元にちょっとだけ…」と小声で突っ込み、
あいかはお馬鹿笑いで手を払いながら「もう、現場は戦場なんだから!」と返す。
あいかは滲出液をガーゼで吸収し、皮膚の湿潤状態を確認。
お美々はモニター値と手順記録をチェックし、
血圧、心拍、呼吸数、末梢循環、膨張度の各データを処置ログに入力する。
処置後のデータ入力で、膀胱圧の下降曲線、筋収縮波形、排液量、吸収パッドの湿潤状態をログに記録。全て数値化し、後日の処置解析や研修教材にも活用できるレベルである。
「自分で来られたことも立派な治療の一部ですよ。頑張りましたね」
あいかの声に、春日は肩の力を完全に抜き、小さく笑みを見せた。羞恥や不安を感じながらも、
心理的介入と物理的圧排が融合した処置の成功を、患者自身が理解した瞬間だった。
処置終了後、あいかとお美々は互いに視線を交わし、
軽く微笑む。現場の緊張は解け、処置室には通常業務の静かな空気が戻った。
医療の精緻さ、手順の正確さ、そして声かけの心理的効果が一体となった現場の勝利だった。
~お姉さん気分のあいか~
後処置のガーゼをたたみながら、私はこっそりと息を整えた。
思った以上の量で…正直、びっくりした。若いって、こういうことなのかな。
春日くん、きっと彼女いないんだろうな。
あんなに張り詰めるまで我慢して、誰にも言えなくて、一人で抱えて…。
限界まで溜め込んで、苦しくて、でも誰にも見せられなくて。
さっきの表情、処置が終わった瞬間のあの安堵と、少しだけ恥ずかしそうな笑顔。
あれは、誰かに“受け止めてもらえた”顔だった。
…夜、ひとりで苦しかったのかな。
そう思ったら、胸が少し締めつけられた。
また出しに来てもいいですよ、春日くん。
医療の話として、ね。
ふふっ。




