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第28話 「ゆぃゆぃ先輩、世界にバレる 」――E.O.S.非接触圧排法、国際誌採択の夜

ナースステーションの夜は、昼より静かで、昼より濃い。


生理検査室の奥から、機器のスタンバイ音が低く響き、

ICU側のドアの向こうでは、人工呼吸器の規則正しい換気音が微かに聞こえる。


あいかは、点滴交換を終えて戻る途中、

ステーションの照明が一段階落とされるのを見た。


そこに、ゆぃゆぃ先輩がいた。


モニターの光だけに照らされて、資料をめくりながら、

いつもの冗談っぽい空気を完全に消している。


つまり――“本気モード”。


その手元には、英語のPDF。

タイトルには、難しい単語が並ぶ。


【Acute Episodic Over-Pressure Syndromeにおける非接触圧排法の即時効果】

――ゆぃゆぃ・Y・***(病院名)


(……採択されたんだ)


言葉には出していないのに、あいかの胸に確信が広がった。


ゆぃぃ先輩は、静かに画面を閉じて、あいかを見る。


「ねえ、あいかちゃん。ちょうどいいとこに来た」


「あの……先輩、論文……?」


ゆぃゆぃは、にやっと笑った。


「国際誌、通ったわよ。査読三段階突破。やっと世界に“ヌキの科学”が認められたわ」


「セ、先輩……言い方……!」


「だって本当じゃない? E.O.S.の急性圧上昇に対して、

 非接触圧排で初期反応の交感神経暴走を“外側から落とす”。

 これ、治療じゃなくて“技術”。」


そして肩をすくめる。


「世界はね、こういうのが好きなのよ。“結果が出る手”が」


あいかは、すごい、と素直に思った。


ゆぃゆぃ先輩は普段、ふざけている。

コミカルで、柔らかくて、時に下ネタも遠慮しない。


だけど――


本番(処置)のときだけは、誰よりも静かで正確。


そのギャップが、今日、世界に届いた。


すると、ゆぃゆぃのポケットのスマホが震えた。


先輩は画面を見て、あいかに見せる。


そこには英文メールが表示されていた。


【E.O.S.国際研究会より:

 あなたの技術指導を“短期派遣”として招きたい】


あいかは思わず声を出した。


「え……ぇぇぇええ!!?」


ゆぃゆぃ先輩は、笑って指をくるくる回した。


「落ち着きなさいよ。“派遣”っていっても、1〜3ヶ月よ。

 アメリカの研究施設。生理反射系のラボが興味持ったんだって」


「先輩……世界に呼ばれてますよ、それ!!」


「まあね。身体の外側から膨張反応を鎮める“圧リズム”って、

 あれ、かなりデータきれいに出たのよ。

 pH、血流、神経伝達速度、全部きれいに下がる。

 世界中の研究者が、“なんで手だけで?”って目を丸くしてたらしいわ」


そう言いながら、ゆぃゆぃ先輩はファイルをトントンとそろえる。


すると――


ガラッッ


救急用エレベーターが開き、救急救命士が駆け込んできた。


「搬送です!! さっきの青年、再発症!!

 過換気+膨張率上昇、ステージ2後半!!」


あいかとゆぃゆぃの目が一瞬で鋭くなる。


現場の空気が一気に張り詰めた。


救命士の後ろに、ストレッチャー。

その上には、例の陸上部の青年。


顔面蒼白、膨張率過剰、意識混濁。

呼吸数は40近い。

瞳孔は過拡大。

自律神経が完全に暴走していた。


ゆぃゆぃ先輩が即座に状況を読んだ。


「接触刺激NG。この状態で触ったら反射が跳ね返る。お美々ちゃん呼んで!」


あいかが走るより速く――


お美々が、別室から飛び出してきた。


「聞こえました! 非接触圧排いきます!」


お美々は、ストレッチャーの上に“ひらり”と飛び乗る。

膝立ちのまま、患者の胸郭と腹部の“反応線”を読む。


救命士は、患者とお美々を乗せたままストレッチャーを押す。


「うわっ……乗るの慣れてますよね……!」


「初めましてじゃないので♡」


お美々は涼しい顔で、青年の胸に手をかざした。

触れない距離――2〜3cm。


これが非接触圧排。

 皮膚の張力変化だけを捉え、外側から“圧”の流れを誘導する。


青年の呼吸の乱れが、徐々に変わる。

浅くて細かった波形が、“ゆるい深呼吸”へと誘導されていく。


ゆぃゆぃ先輩は横を走りながら、指示を出す。


「胸腔の前壁、左側が固い。そこ、少し“抜き気味”で」


「了解! ……はい、吸って〜……吐いて〜……いい子!」


救命士は、汗を飛ばしながら走る。


「この病院……ほんと皆さん……やばいですよ……!!

 なんだその技術っ……!」


ゆぃゆぃ先輩が、ぴしっと言う。


「うちの病院はね、恥ずかしがる暇なく“命優先”なの。

 あと、この子はタイプだから丁寧にやってるだけよ」


「えぇぇぇえ!!?」


お美々が明るく補足する。


「はい、タイプです♡ だから優しいですよ♡」


青年は意識が朦朧としながらも、かすかに耳を赤くした。


処置室に着くと、あいかがジェルを準備しながら言う。


「先輩、接触圧排に切り替えます?」


「もう少し非接触で行けるわ。

 この膨張率、触ったら跳ね返りが来るタイプ。

 まず“自律神経の鍵”を緩めてから」


モニターの数値は徐々に落ち着きはじめていた。


青年はかすれ声を漏らす。


「……すみ……ま……せん……また……やっちゃって……」


ゆぃゆぃ先輩は、静かに頭を撫でる“動作だけをした”。


触れていない。

でも、触れたかのような安心感を渡す距離。


「いいのよ。また来なさい。あなた、可愛いもの」


青年の心電図の波形が、ゆっくり整っていく。


あいかは、その変化を見ながら思った。


(……この技術……世界に出るんだ……)


そして、落ち着いたところで、救命士が呟いた。


「……ゆぃゆぃさん、海外行くって本当ですか?」


ゆぃゆぃは肩をすくめて答える。


「まだ“打診”よ。でも行くと思う。

 この技術、外で揉まれなきゃ伸びないし」


青年が小さくつぶやいた。


「……い、いかないで……」


すると、お美々が笑った。


「大丈夫ですよ〜♡ あいか先輩も一緒に行くらしいので♡」


「ちょ、ちょっと!? 勝手に!?」


ゆぃゆぃ先輩は、いたずらっぽくウインクする。


「だってね、あいかちゃん。

 私ひとりじゃ世界に行けないの。

 “手のリズム”は、あなたと揃って完成するんだから」


あいかは、胸の奥が熱くなるのを感じた。


救命士がぽつりと言う。


「……なんか……この病院……世界より怖い……」


ゆぃゆぃが即答した。


「世界に負ける気しないもの」


そして処置が終わり、青年が眠りにつくと――

ゆぃゆぃ先輩は、あいかの手を軽く叩いた。


「ねえ、あいかちゃん。

 もし本当に海外派遣が決まったら――

 一緒に来てくれる?」


あいかは迷わず答えた。


「……はい。行きます。

 先輩の横で、技術、全部見たいです」


ゆぃゆぃ先輩は満足げに笑った。


「じゃあ決まり。

 世界の前で、一緒にヌキましょう」


「ああああああ!!言い方ァァ!!」


ステーションに笑いが戻る。


静かな夜に、機器の電子音がまた規則正しく鳴りはじめた。


――世界なんて、案外近いのかもしれない。

あいかは、そう感じながら、夜勤の続きを始めた。



【E.O.S.非接触圧排法の有効性と安全性に関する臨床的検討】


著者:緑川 唯(ヘブンズゲート医療センター・ナースリーダー)


要旨)

本研究は、ジェル塗布に対し皮膚刺激反応を示すステージ2患者を対象に、

E.O.S.(External Oscillatory Suppression)非接触圧排法の有効性と安全性を検討したものである。

従来の塗布法では紅斑・掻痒反応、軽度の一過性低血圧などが一定数観察されていたが、

非接触圧排法の導入により、これらの副反応を大幅に回避できた。


方法)

対象は当院外来ステージ2群の患者45例。

従来型の直接塗布法(A群)と、非接触圧排法(B群)をそれぞれ実施。

B群では多段階圧迫ベルトを用い、腹部上部から遠位へ向かう緩徐〜中速リズムの波形圧迫を行い、

最終段階で低濃度ジェルを非接触的に注入した。

皮膚刺激反応、内圧の推移、処置完遂率、看護師操作負荷を指標とした。


結果)

A群では紅斑・掻痒反応が17例(37.7%)、軽度低血圧が4例(8.8%)に認められた。

一方B群では紅斑は3例(6.6%)にとどまり、低血圧は0例であった。

内圧はB群においてより穏やかな下降曲線を描き、段階的圧迫波形と同期した安定した反応が得られた。また看護師の操作負荷は主観評価でA群に比べ平均32%減少した。


考察)

E.O.S.非接触圧排法は「粘度・pHの局所差による皮膚刺激リスク」

および「急速塗布による反射性内圧上昇」を双方抑制できる点で有用と考えられる。

特に、ジェル成分に対する軽度アレルギー反応を有する症例において、

安全域の拡張に寄与する可能性が示唆された。


結論)

E.O.S.非接触圧排法は、従来法に対する有効な代替手段であり、

皮膚刺激リスクを持つ患者において優れた安全性と操作性を示した。

今後は段階圧迫リズムの標準化と、症例蓄積によるさらなる検証が望まれる。



~緑川唯・論文コメント~


今回まとめたE.O.S.非接触圧排法の論文は、

あくまで“現場で困ったときの一手”を形にしただけで、決して大げさな発明ではありません。

ただ、アレルギー反応で処置を中断せざるを得なかった患者さんを何人も見てきた私にとって、

「少しでも安全な道があるなら提示したい」という気持ちは本物でした。

圧迫のリズムは看護師それぞれの癖が出ますし、正解は一つじゃありません。

それでも、共有すれば誰かの助けになる。

論文にしたのは、その小さな可能性を広げたかったからです。

今後も改良を続けますので、どうか気軽に突っ込んでくださいね♪


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