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閑話 「青年、救急搬送!?」

救急搬入口の自動ドアが、深夜特有の重いモーター音を立てて開いた。

外気には雨の匂い。ドアの向こうから、救急車の排気と血中アドレナリンのように鋭い“緊急性の香り”が入り込む。


ストレッチャーを押して疾走してくる救命士の表情は強張り、緊張で額に汗が滲んでいた。

そのストレッチャーの上には――例の青年。


坊主頭。日焼けした肌。スポーツシャツは汗で貼り付き、四肢は痙縮寸前の震え。

そして、胸郭はオーバードライブ気味に上下し、呼吸数は明らかに30を超えている。


だが今日は違った。


青年は、ほとんど目を開けていない。

呼名反応も弱い。明らかな意識混濁。


その瞬間、あいかとお美々の顔つきが、完全に“医療者のそれ”になった。



「搬入です! E.O.S.急性再発、膨張率急上昇、患者20歳男性! 意識レベルJCS2桁後半まで低下!

 血圧154/92、脈拍132、呼吸数33! 羞明反応あり! 疼痛スケール評価不能!」


救命士の声がやけに響く。


「はい、受けます! お美々、応急処置!!」


言われた瞬間、お美々は迷いゼロでストレッチャーに“飛び乗った”。


(※現場の安全配慮として本来は推奨されないが、E.O.S.急性期では移動中の初期介入が極めて有効とされる)


「呼吸パターン乱れ強い! 胸郭挙動不規則! 交感神経暴走中!

 あいか先輩、意識スケール私が見るので声かけお願いします!」


「わかった! 僕ぅ、聞こえますか? 返事できますか?」


あいかは青年の顔の横へ走り寄り、並行歩行しながら声をかける。


返答は……微かに、「ぅ……ん……」という喉鳴りだけ。


(反応鈍い……疼痛じゃなくて過負荷性混濁だ。まず脱力を作らないと悪化する)



ストレッチャーは処置室へ向けて全速移動。

救命士は後ろを押し、お美々はストレッチャー上で青年の胸側に跨がるような姿勢で固定している。


「お美々、状態どう?」


「膨張率……ステージ2後期ギリギリ! 触る前から局所温度が高い!

 交感優位が強すぎて、これ、放置するとステージ3の前駆入ります!」


「了解、ジェル準備行くよ!」


あいかは走りながらポケットから医療用ジェルを片手で開封し、もう片手でスナップを効かせて手袋に広げる。

その手の動きは、毎日100回訓練している人間の精密さだ。


「……っかはっ……っ、く……るし……」


青年は途切れ途切れに呼吸し、胸郭が痙攣するように上下する。


「大丈夫。もうすぐ処置室に着くからね。あなたは悪くないから、呼吸だけして」


呼吸誘導をしながら、あいかは意識混濁の度合いを“声の返答速度”で評価していく。

(※E.O.S.では羞恥・疼痛・交感刺激の複合作用で意識混濁が起きるため、JCSスケールに加えて独自評価が重要)



「あいか先輩、ジェル投与タイミングいきます!」


「お願い!」


お美々は片膝で青年の左わき腹を軽くロック、もう片方の手で下腹部の過緊張部位に触れる。

その触れ方は、筋緊張を読みながらも絶妙に優しい。


「触診しますよー……すごい硬さ……これは痛いですね……」


「……ぅ……っ……」


反応あり。意識は飛び切っていない。


(まだ戻せる。呼吸パターン誘導とジェルの局所鎮静でいける)


「あいか先輩、導入します!」


お美々はジェルを指先にまとわせ、接触前に“温度合わせ”をするように軽く手のひらで温めた。


そして――


揺れるストレッチャーの上で、的確に、必要な箇所へ接触。


「大丈夫、大丈夫。冷たくないですよ。すぐに楽にしてあげるからね」


触れた瞬間、青年の背筋が跳ねるように反応した。


「反射強いっ……先輩、過敏域上昇してます!」


「わかった、圧をゆっくり下げる誘導いく!」


あいかが青年の胸の横にしゃがみこむように並走する。

救命士は「ちょっ……みんなストレッチャーに密集しすぎ……」と青ざめているが止められない。




救命士

「到着まであと20秒ッ! ぶつけたら死ぬやつだこれ!」


お美々

「患者さんは死にません! あなたがぶつけたら死にます!」


救命士

「こわいッ!!」


あいか

「喧嘩しない! 呼吸数が患者の限界!」


セリフはコミカルだが、手元は本気。

あいかは青年の頬を軽く叩かず、指先で触れる“覚醒刺激”を行い、視線をこちらへ誘導する。


「聞こえる? 今あなたの身体、過緊張でキャパ超えてるの。

 もう少しで処置室だからね、意識手放さないで」


青年の目が、かすかにこちらを向く。


(いい子……戻ってきてる……)



ドアが開くと同時に、三人で息を合わせてストレッチャーをスライドさせ、処置台へ移乗。

その動きには1ミリの無駄もない。


「バイタルモニター装着!」


「酸素2L開始!」


「ジェル追加、導管周囲の緊張みる!」


一気に医療空間が完成する。


青年は意識混濁のまま、唇を震わせる。


「……や……すみ……ません……また……」


「謝るの禁止。あなたのせいじゃないよ」


あいかは低い声で断言しながら、皮膚温・血流量・筋緊張を同時に評価。

(E.O.S.急性例では、身体の“逃避反応”を抑えるのが第一。そのための声かけは医学的介入そのもの)



「では、解除処置入ります。お美々、流量制御お願い」


「了解!」


ジェルを適宜追加しながら、膨張率を“圧波形”で読み取る。

物理的な刺激ではなく、“筋反射と平滑筋緊張の同期”をずらす手技だ。


青年は半分意識が戻りつつあり、荒い呼吸のまま声を漏らす。


「……こわ……っ……」


「怖くない。あなた今すごく頑張ってる。力まないで、全身脱力して。

 私たちが全部抜き取ってあげるからね」


その声に合わせて、青年の腹筋緊張がほんの少しゆるむ。


(よし……いける)


「お美々、いま。誘導するよ」


あいかが合図を出し、二人の手技が同期する。


呼吸を整え、


腹部の反射を読み、


ジェルが神経伝達を落ち着けていき――


青年の身体が、ふっと沈むように脱力した。


「……はぁっ……う……っ……」


「はい、いいですよ。楽になってきてます。圧、下がってます」


モニターも安定帯に入る。


救命士が呆然とした顔でつぶやいた。


「なんか……すご……え、普通こんな……?」


「普通じゃないですよー。私たちがすごいだけです」


お美々がさらっと言う。



青年は数分後、意識がほぼ正常に戻り、恥ずかしそうに笑う。


「……あの……またすみません……迷惑……」


「迷惑じゃありません。ちゃんと来てくれてありがとう」


お美々も微笑む。


「再発は恥じゃないです。放置が危険なだけ。

 あなた、来院判断すごく正しいですよ」


救命士はその横で震えていた。


「こ、こんな……ハードな処置……よく走りながらできましたね……」


あいか

「慣れです」


お美々

「気合です」


救命士

「いやもう意味わかんない……」



青年がモニターに繋がれたまま安静姿勢に入った後、

あいかとお美々は、処置台から離れた所で同時に深呼吸した。


あいか

「……お美々ちゃん、走りながらの初期処置、今日のは完璧だったね」


お美々

「先輩こそ……あの声かけ、反則ですよ……安心しない方がおかしいです……」


あいか

「ふふ……タイプだったでしょ?」


お美々

「……否定はしません」


二人はわずかに笑い、

だがその目の奥には――救った命を確認するプロの静かな誇りが宿っていた。


今日もまた、

羞恥と恐怖と命が、ぎりぎりのところで揺れ動く。


それを支えるのは、

二人のナースの技術と、優しさと、ほんの少しの冗談だった。




◇お美々による読者様向け解説


「えっとですね、今回の“膨張”レベルについて──お美々が分かりやすく解説します!」


はぁい読者の皆さん、臨床技師のお美々です。

あ、はい、普段はちょっと慌てて転ぶタイプなんですけど、

医療のこととなると急にスイッチ入る人です。

……ギャップが魅力ってよく言われます。へへ。


さてさて。

今回ストレッチャーで運ばれてきた“あの青年”ですが、

どれくらい膨張していたのか?

気になりますよね。

お美々も気になります。いや、医療的な意味でね?


◆この物語世界の“膨張”を測るスケール


まず、うちの病院では患者さんの状態を

**「内圧量(リットル換算)」**で見ています。


実際に体内にリットル単位で液体が溜まっているわけじゃなくて、

“負荷の度合い”を医療的に換算した指標です。

現場では普通にみんな使ってます。はい、便利なんです。


基準はこんな感じです:


ステージ1:〜0.5 L(まだ余裕あり)


ステージ2:0.5〜1.5 L(医療介入必要)


ステージ3:1.5〜3.0 L(けっこう危険)


ステージ4:3.0 L以上(破裂寸前。お美々の心臓も止まりかける)


この数値はあくまで“この物語世界”の基準なので、

専門書探しても載ってないですよ。お美々が説明書です。


◆では、今回の青年はどうだったか?


結論から言うと──


来院時の内圧は、およそ 2.2 L(ステージ3直前)。


これはですね、

・呼吸数30超

・意識レベル低下

・交感神経の過緊張

・四肢冷感と顔面蒼白

このへんを総合評価して、

「うわこれ2L台の反応だわぁ……」というやつです。


救急の人たちも「あ、ステージ3前夜祭ですね」とか言ってました。


◆排出量で見るとどうなったか?


お美々がストレッチャーに飛び乗って処置したとき、

初発の波で 800 ml 回収。

(※波って言いますけど、医療的には“初期放出量”です。いやほんとに)


その後すぐ二波目が来て、また 800 ml。


計:1600 ml。


来院時が 2200 ml 相当ですから、

残りは 600 ml くらい。

これはステージ2の安全域にギリ戻る量ですね。


もちろん、残った分は後でゆっくり排出を促したり、

経過観察で内圧の自然低下を待ったりします。


◆ステージの意味を感覚的に説明すると


1L 台:ちょっと危ない。お美々もまだ笑える。


2L 台:かなり危ない。お美々の眉が吊り上がる。


3L 台:本気で危険。お美々の語尾が消える。


4L 台:怒涛。お美々の魂が抜ける。


今回の青年は 2.2 L。

つまり、お美々の眉はしっかり吊ってました。


◆まとめ


青年は 2.2 L級の膨張で来院


初回処置で 1600 ml 回収


残存 600 mlでようやくステージ2レンジ


ギリギリ破綻前で踏ん張った感じ


ストレッチャー飛び乗りは “お美々の得意技” です(自称)

~お美々・臨床メモ~


【症例】

急性内圧負荷症候群(本作世界特有)/青年・搬送例


【来院時評価】

・意識レベル:JCS II-20 程度(刺激で開眼は可能)

・呼吸数:30/分と亢進

・SpO₂:軽度低下(血中酸素化に負荷反応)

・皮膚:冷汗+四肢冷感

・循環:軽度頻脈。内圧上昇に伴う交感神経優位反応と判断

・推定内圧量:2.2 L(ステージ3直前)。過去既往より上昇速度も速い傾向。


【初期対応】

ストレッチャー上での応急処置を優先。

・患者の動揺と筋緊張増強を抑えるため、呼吸同期誘導法を使用

・誤嚥予防のため顎位調整

・放出誘導時は迷走神経反射に注意し、下肢挙上で血圧低下を予防

・初回放出量:800 ml

・二波目放出量:800 ml

=計 1600 ml 回収

これにより内圧はステージ2下限域へ移行し、バイタルの安定を確認。


【経過】

処置後、患者の呼吸数は 22/分前後へ改善。

頻脈も軽度改善し、顔面蒼白は消失。

残存内圧推定:600 ml。これは危険域ではなく、経過観察下で自然排圧を待てる範囲。


【注意点】

・急性内圧負荷は外因性・内因性ストレスで急増する例が多い

・“我慢”が病態悪化の主因

・再発例では、周囲が早期に変化を察知し搬送につなげることが重要


【まとめ】

今回の青年は搬送判断が迅速だったため、ステージ3への進行を回避できた。

……とはいえ、次はここまで膨らむ前に来てください。

(切実です/担当:お美々)


※この物語の排液描写は医療行為です。性的意図はありません

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