第22話 「お美々、試験会場で大暴走」
朝のナースステーション。
お美々は机にうずくまりながら、参考書と模擬問題集を必死にめくっていた。
「はぁ…あと数日でジェル施術士の資格試験…頭に全然入らない…」
──ページの文字は読めているのに、意味が浸透しない。
排液刺激の持続上限、陰圧カーブ調整、骨盤底筋の反射閾値…。
(覚えるだけじゃ意味ない…“目の前の命に使える”理解じゃなきゃ)
机の端には色分けされたフロー図が広がっていた。
排液誘導プロトコル:初期対応版
1)意識レベル評価(GCS簡易)
2)呼吸数/皮膚潤度/末梢冷感チェック
3)腹部触診による血流集中サイン確認
4)精排液起点部周囲の反射元進時は、刺激より先に抑制
図には、神経走行と血管路が交差する骨盤帯の断面図。
“求められるのは排液ではなく、自律神経暴走の消弭”と赤字で囲われている。
お美々は小さく呟く。
「排液は結果…最初に救うのは循環と反射…」
震える指で、模擬症例をなぞる。
“ステージ2後期:腹圧上昇、脈速、小汗”
最適対応:冷却ジェル薄層+低周波抑制+陰圧緩徐導入。
(教科書の言葉を、手の感覚に変えたい…!)
その声に反応したのは、ゆぃゆぃ先輩だ。
「お美々~、そんな眉間にシワ寄せてちゃ、患者さんもジェルも逃げちゃいますよ~」
「そうですよ、お美々。試験は知識と落ち着き勝負ですから」あいかが微笑む。
(あいか:
わかる…あの不安。私も泣きながら覚えたっけ。
でも――逃げない背中は、もう一人前の証。)
「ふ、二人とも簡単に言うけど…これ国家資格級なんですよ!?」
「だからこそ、きっちり抜けるように仕上げるんです!」ゆぃゆぃ先輩の声はやけに自信満々だった。
(ゆぃゆぃ:
大丈夫。お美々は手が優しい。
知識は訓練で乗る。根っこはもう医療者。)
そして試験当日。
都心の大きなホールに、受験者がずらりと並ぶ。
お美々は緊張でガチガチに固まりながら、机上の筆記用具を整えていた。
──試験科目:
・排液生理学
・循環動態と代償反応
・急性暴走症例の緊急制御手順
・薬剤反応と皮膚吸収速度差
設問には、具体数値が並ぶ。
“体内精排液蓄積量1.6L、心拍142、末梢冷感+、発汗+”
対応選択肢:
A. 強陰圧 B. 反射抑制→微排液 C. 冷却のみ
お美々の指が迷わず“B”を塗る。
(大量排液は循環崩す…段階的解放。患者を“走らせない”んだ)
(これ全部、誰かの死を一秒遠ざけるための知識なんだ…!)
試験官が注意事項を読み上げる中、
隣席の男性受験者が妙に苦しそうにしていることに気づく。
額には大粒の汗、肩で息をしている。
――まさか、これ…精液過多症の発作!?
お美々の頭の中で警報が鳴る。
(顔面蒼白、浅速呼吸、下腹部圧迫、指先チアノーゼ…急性排液暴走初期。)
だが、ここは試験会場、そして試験中。「…待ってられない!」
美々は椅子からスッと立ち上がり、カバンからこっそり携帯ジェルキットを取り出す。
試験官が「何をしているんですか?」と近寄るが、
「命がかかってるんです!」
男性の机横にしゃがみ込む。
視診→呼吸数測定→脈触診→皮膚温→強制陰圧低容量モード
(陰圧強すぎるとショック、弱いと排液停滞。ここは中間波で…!)
呼称は小声、指先は静かに。
ジェルは1/4量、貼付方向は尾骨→腹側へ“逆刺激”回避ライン。
圧解除は3秒周期、筋反応を見て段階排液。
「大丈夫、呼吸合わせて…はい、吸って…吐いて…」
患者の瞳孔が縮瞳に戻る。
「今抜きますからね~、がんばってください!すぐ楽になりますよ!」
器具の静かな作動音。
わずかな排液とともに、呼吸数が落ち、指尖色が戻る。
肩がゆっくりと下がり、患者の表情が緩んだ。
(あぁ…繋がった。生きた。)
試験後、駅前の喫茶店で待っていたのはあいかとゆぃゆぃ先輩。
「お美々、会場で何やらかしたんですか? 試験官から連絡来てましたよ」あいかが呆れ顔。
「えっ…やっぱバレました?」
(お美々:怒られてもいい。助けたかっただけ。
だって…私もいつか、誰かの“最後の手”になるんだ。)
「当然です! でも…命を救ったのは事実だから…複雑ですね」
ゆぃゆぃ先輩はにっこり笑って、お美々の肩をポンと叩いた。
「お美々、立派ですよ。ヌキ屋の名に恥じない行動でした。
あとは合否を待つだけですね!」
「…ありがとうございます!」
数週間後。
郵便受けに届いた封筒を開けると、そこには――**『合格』**の二文字。
「やったぁぁぁ!」
ナースステーションへ駆け込み封筒を見せる。
「これでお美々チーム発足の準備も整いましたね」あいかが微笑む。
(あいか:誇らしい。仲間が強くなる日、こんなに嬉しいんだ。)
「え、そんな計画あったんですか!?」
「もちろん。あいかちゃんも私も、将来は海外に行く。お美々は国内拠点のリーダーですよ」
(ゆぃゆぃ:この世界の未来は、手が作る。その手、ちゃんと育ってるよ。)
お美々は少し驚いたが、すぐに笑顔になった。
「じゃあ、私も…きっちり抜ける国内最強を目指します!」
(お美々:泣きそう。でも泣かない。だって今日は、スタートラインだもん)




