表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
20/31

第17話 「波が来た」


「ステージ4直前──変動波形との死闘」


 警告音が、静まり返った処置室に突き刺さった。

 《搬送要請:ステージ4前段階 到着まで5分》


 ステージ4。

 それは“臓器崩壊リスク”につながる領域。

 ここまで悪化すれば、一瞬の判断ミスが命取りになる。


 「……あいかちゃん」

 「わかってます。もう全力でやるしかないですよね」


 ジェルはすでに底をつき、手技での処置以外の手段がない。

 さっきまでの連戦で腕の感覚は薄い。

 それでも止まれない。止まったら終わりだ。


 搬入口が開き、ストレッチャーが滑り込む。

 若い男性、恐らく二十代前半。

 高熱で頬は朱色に染まり、眉間に激しい痛みが刻まれている。

 呼吸は浅く速い。

 下腹部には保護布がかけられているが、暴走した勃起反応で布が微かに脈動していた。


 「初期ステージ2から、急速にステージ3後期へ悪化。

 体温39.7度、脈拍160、バイタル圧4.8域。精神混濁あり」

 救急隊員が言う。


 「変動型……厄介ね」

 ゆぃゆぃ先輩の声が低くなる。

 変動型。つまり、排出刺激に対する自律神経の反応が乱れ、波形が安定しないタイプ。


 「私が主手。

 あいかちゃん、触診と圧調整。

 お美々、モニター管理と冷却補助」

 「了解です!」


 私たちは息を合わせ、保護布の端をそっとめくる。

 腫脹部は異常に熱を帯び、皮下血管が浮き上がっていた。

 触れた瞬間、皮膚表面の温度が掌に突き刺さる。


 ゆぃゆぃ先輩が、まるで繊細な楽器を扱うように患者の付け根を指で固定し、

 排出口方向に圧の流れを誘導する。

 私は横から、血流の滞る角度を避け、筋と皮膚の張りを見ながら補助。


 体内排液が圧と共に押し出され、金属受け皿に規則性のないリズムで落ちる音が響く。

 機械音でも水音でもない、命を繋ぐ処置の証。


 「周期変わった、4秒→2秒……早い!」

 お美々が声を震わせる。


 「迷走神経反射が不安定。止めたら逆に跳ねるわ」

 ゆぃゆぃ先輩の指先は、恐ろしいほど正確だ。

 速度ではない。神経の揺れに同調していくようなリズム。


 私は腕が焼けるように重くなるのを感じた。

 だが、止まれば圧が逆流し、排出抜き中に破綻を招きかねない。


 数分が永遠に感じられた。

 汗が顎を伝い落ちる。

 指先の感覚が消える前に、ゆぃゆぃ先輩が低くささやく。


 「……来るわ、最大波。逃がさないで」

 「はい……っ!」


 熱気と脈動が一瞬極まる。

 私は手首の角度を微調整し、排出口の方向へ圧を誘導。

 先輩の動きと完全に噛み合った瞬間、皮膚下の緊張がほどけ、激しい圧が外へ押し出される。


 気圧が抜けるような音。

 モニターの警告が止まり、数値が正常域へ落ち着いていく。


 「……生きた」

 私の声は震えていた。


 「油断しないのよ。変動型は二峰性再燃がある。あと30分は監視」

 ゆぃゆぃ先輩は汗をぬぐいながら言う。

 言葉は厳しいが、手は患者の額を優しく拭っていた。


 お美々が膝から崩れ落ちる。

 「……もう、腕がプルプルです……」


 私も床にへたり込み、冷却シートを首に当てた。

 手首がまだ熱い。心臓の鼓動と手の震えが同期している。


 「ほら、泣く暇あるなら水分補給しなさい。次が来るまでに回復よ」

 「次……来ます?」

 「来るわよ。E.O.Sはいつだって群れる」


 ゆぃゆぃ先輩の悪い冗談に苦笑しようとした時、

 受付端末が鳴った。


 《一般患者1名 付添希望:お美々さんを指名》


 お美々の顔が固まる。

 表示された名前を見た瞬間、血の気が引いた。


 「……拓真」

 「誰?」

 「……元カレ」


 室内が静まり返る。

 さっきより厄介な戦場が、今から始まる予感しかしない。






評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ