第16話 「総力戦!ハンドシェイク地獄」
――搬送予告:E.O.S ステージ3~4/複数名。到着まで3分。
サイレンの音が近づく。
処置室の時計が、じりじりと3分→2分→1分30秒を刻む。
空気が静電気みたいに張り詰め、誰も言葉を飲み込んだまま。
「……よし、気合入れなさい、あいかちゃん」
ゆぃゆぃ先輩が淡々と言う。いつもののほほん感はゼロ。
目だけが、獲物を見据えるハンターみたいに鋭い。
「もう気合しかないですよこれ!」
「気合と筋持久力よ」
「そんな医療技術ないですから!」
お美々は震えた手でタオルを並べ、私は消毒スプレーを握る。
手袋?そんな余裕はない。今日の戦場は素手だ。
――自動ドア開放。搬送開始。
ストレッチャーが連なり、五台。 救命士が汗だくで走り込む。
「ヘブンズゲート科!患者5名搬送!全員ステージ3以上!」
最初の患者は20代前半、大学陸上部の体型。
ジャージ姿、首には学生証。腕に装着したスマートリングが、赤く点滅している。
「路上で倒れてました!走行中に急激なバイタル圧上昇!」
次――
中年スーツ男性、鞄の中に抗ストレス剤とカフェイン錠、
通勤中発症。革靴の片方が脱げていて、誰かの手に引かれた跡がある。
三人目、配送員、作業服。胸ポケットに温めたエナジーバーと緑茶パック。
労働中の発症。汗と埃が混ざり、息が荒い。
四人目、若いフリーター風。
フードコートの制服。ポケットに「休憩10分」のメモ。
多分、知らずに外部刺激――増幅剤入りの飲料?
そして五人目、
痩せ型の作業服男性、胸ポケットに未承認ジェルの残袋。
ゆぃゆぃ先輩の目が鋭く光る。
「……やっぱり市場に出回ってる」
救命士が叫ぶ。
「全員、バイタル圧2.9〜3.3域へ上昇中!治療猶予、最長4分!」
ゆぃゆぃ先輩が私とお美々に振り向く。
「私が1番と2番。あいかちゃんは3番。お美々は4番と5番ね」
「二人分!?」
「あなたは手首のキレが良いもの」
「褒め方がブラックホスピタル!」
「安心しなさい、私の方が時速出るわ」
「速度競技じゃないですってば!」
――素手消毒。姿勢確認。呼吸整える。
処置開始。
「テンポは140BPM、心拍抑制は同期、無駄な摩擦は禁止よ」
「なんですかそのプロ根性解説!?」
リズムを合わせる。
私の手首が跳ねる。
患者の喉が震える。
モニターの数字が上がるたび、手元の動きも上がる。
「お美々、力みすぎ!弾くのではなく流す!」
「流せませんって!人間なんです私!」
汗が頬を伝い、腕が震える。
「3番、バイタル圧3.5域!急峻曲線!」 「はいっ、加速!」
「4番、反応弱い!このタイプは末端血流から優先、テンポ落として圧を逃して!」
「先輩、なんでそんな冷静なんですか!?」
「経験値よ。あと気合」「最後のいらない!」
——1分経過。
1番、解圧。
2番、モニター青点灯。
3番、安定域。
だが4番、5番が耐えていない。
「5番、限界!助けてください先輩!」 「交代っ!」
ゆぃゆぃ先輩が横滑りで入る。 私は1番を抱え直し、右手と左手の二刀流。
「同時処置とか聞いてないですよ!?」
「医療は状況判断と努力と気合よ!」
「気合比率高い!!」
心臓の鼓動と手首の動きが一致する。 視界がかすむ。でも止めない。止めたら、死ぬ。
――3分53秒。
「……!行くよ、フィニッシュ!」
「10、9、8……!」
全身の力を込め、患者の全身が跳ね、波形が落ちる。
全員、安定。
お美々はその場に座り込み、肩で息をする。
「……助かった、ほんとに……」
私は手首を押さえ、震える声で笑う。
「人の底力って……こういう時に出るんですね……」
ゆぃゆぃ先輩は汗をぬぐい、にこり。
「そう。医療は理屈と勇気と筋持久力」 「最後だけ体育会系!」
――その瞬間、通信端末が赤点滅。
《搬送予告:ステージ4疑い/単独/到着まで5分》
「今の聞き間違いじゃ…」
「いいえ。ステージ4よ」
「ジェルは?」 「ゼロ」
処置室の空気が、再び凍りつく。
地獄ラウンド2、開始5分前。




