E.O.S.対策局 内部資料及び観察ログ / 初期症例
ここにあるのは、数字でも症例でもなく、
ひとつの体が、ひとりの生を耐えていた記録です。
私たちは治すためにここにいる。
けれど、まだ治す術はない。
だからせめて、見失わないように残します。
意志が追いつかず、体が先に崩れていく人たちを。
そして、崩れゆくその瞬間、
誰もひとりではなかったという証を。
――以下、観察記録。
分類:体内精排液恒常性破綻症候群(E.O.S.)
機密区分:臨床観察用(限定配布)
記録形式:初期症例サマリ/三例
症例 No.001
年齢/性別:34歳・男性
背景:既婚・子どもあり(2名)、在宅勤務
初期訴え:抑制不能な排出衝動、倦怠、夜間覚醒
経過:
発症前2週間:軽度全身疲労、熱感
発症後:外部刺激と無関係に排出反射の再発
自律神経所見:頻脈/軽度振戦
精排液量は不定、排出後の疲弊顕著
患者コメント
「子どもに変な顔を見せたくない。
病気ならいい。ただの自分じゃないと信じたい。」
臨床所見
内分泌ホルモン値:揺れ幅大、周期性破綻
精排液性状:濃度変動あり、炎症所見なし
精神面:羞恥と恐怖、自責強い
担当医メモ
自らを責め続ける傾向。
これは“欲の病”ではなく“恒常性の暴走”であることを
家族理解のもとで支える必要がある。
症例 No.002
年齢/性別:27歳・男性
背景:未婚、営業職、対人高ストレス環境
初期訴え:持続的骨盤部圧迫感、集中困難、極端な疲労感
経過:
発症直後:断続的な排出反射と頸部発汗
夜間覚醒→日中傾眠
社会機能低下(対面業務不可)
患者コメント
「最初は“性欲”だと思われるのが怖かった。
今は、それより“自分じゃなくなる”感じが怖い。」
臨床所見
自律神経過覚醒と失調の交代
排出後すぐ再び反射準備状態(性反応と異なるパターン)
意欲低下というより神経系疲弊
担当看護記録
視線が曇る瞬間がある。
「大丈夫ですよ」より、「ここにいます」が効く。
不用意な励ましは不安を悪化させる。
症例 No.003
年齢/性別:48歳・男性
背景:管理職、責任負荷大、家族とは別居
初期訴え:突発的体内圧上昇感、全身脱力、顔面蒼白
経過:
発症初期:周期性排出(本人意志無関係)
循環反応:一過性血圧低下、発作後の眩暈
自尊感情の急低下、“社会から離脱したい”発言
患者コメント
「身体に、仕事も家族も奪われるのなら……
せめて最後は、誰かに見ていてほしい。」
臨床所見
明確なストレス起因ではない
生体維持系信号の逆転疑い
記憶・判断力は保たれるが、孤立感顕著
担当医メモ
知性と自責が同時に残る症例は心が痛む。
社会的役割を失う恐怖が疾患そのものに重なる。
観察だけではなく“そばにいる”という姿勢が必要。
総括
本症候群は、
疾患・自責・羞恥・孤立が同時に発生する。
医学的管理と同時に、尊厳保持が不可欠。
“治す”前に、まず“失わない”医療が求められる。
それが、いまの現場の真実。




