第14話 「ジェル在庫ゼロ」~そしてハンドシェイクへ~
朝から物資倉庫の前で、お美々が冷却棚にしがみついていた。目はうるうる、声は震え気味。
「……あいか先輩……ジェル、あと二本しかない……」
「えっ!? 昨日は六本あったよね!?」
在庫表には真っ赤な文字。《夜間緊急処置 四本消費》。
お美々は半泣きで説明する。
「増幅剤反応レベル七の人が三人も来て……ジェル、もりもり使っちゃって……」
「“もりもり”って表現やめよ?」
そこへ、髪が跳ねまくった寝不足のゆぃゆぃ先輩が、ゆらっと登場。
「おはよー……なんで朝からそんな顔?」
「ジェル、二本です!」
先輩の目がキラリと光る。
「じゃああいかちゃん、胸で――」
「やめましょう!? その言い方やめましょう!?」
「冗談よ。手技でいけば済むでしょ」
言い終わる前に、緊急通信が鳴った。
《搬入口到着 増幅剤反応ステージ2》
「ステージ2って……ジェル一本半必要じゃん」
「二本しかないのに……どうするんですか先輩」
ゆぃゆぃ先輩は悪役顔の笑み。
「決まってるでしょ。今日は――ハンドシェイクよ」
「その名称……改めません!?」
処置室には、既に限界に近い患者。バイタル圧は急上昇、下腹部の脈動で金属ベッドが微かに揺れる。皮膚色は赤く、張力で表面がわずかに光って見える。
「ジェル無し。圧監視と時間管理お願い」
「了解……いやほんとに手技オンリー?」
ゆぃゆぃ先輩は手指消毒して手袋を外す。直接触れた瞬間、温度と血管反応を確かめるように指先がわずかに動く。
「まずは脈波に合わせて誘導。リズム乱さない」
一定テンポ、しかし呼吸と心拍に合わせて微妙に速度調整。さすが“現場十数年の手技屋”。
「バイタル圧2.9域から上昇」
「ここで一度緩めて……再誘導」
患者の筋反射が跳ねる。私たちはモニターから目を離さない。
お美々がぽつり。
「これ……医術ですよね。いや、医術という名の……」
「続ける気なら今止めて、お美々」
圧計が閾値で点滅を始めた。皮膚表面の張り、毛細血管の充血、限界サイン。
「……あいかちゃん、ラスト十秒カウント」
「十、九、八……」
先輩の指先が一気に加速。一定リズムを崩さず、圧抜きの最適点を狙う。
「三、二、一……解放!」
バイタル圧が一気に下降し、患者の呼吸が落ち着く。モニターの警告音が止まった。
ゆぃゆぃ先輩は手を洗いながら涼しい顔。
「ほら。ジェルなんて無くても命は繋がる。手で救うのが私たち」
「名言っぽいのに、語彙がひどいです先輩……」
「医療は現場力よ」
その時、物資管理端末が警告音を発した。
《冷却ユニット 温度異常検知》
ジェルが不足しているだけじゃない。保存設備まで危険信号。
お美々が青ざめる。
「……これ、詰んでません?」
「詰む前に手技で凌ぐ」
「先輩、それ医療者のセリフですか……」
思わず笑ったが、胸の奥に冷たい予感が残った。
物資が尽きれば、救える命も尽きる。
次の危機は、もう目の前だ。




