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☆年の瀬ギリギリ忘年会☆

 病院から徒歩十分。

 路面沿いにある小さな焼き鳥居酒屋は、赤ちょうちんが年末の夜気ににじんでいた。

 カウンター十二席のみ。本日はヘブンズゲート科の貸し切りである。


 今夜の参加者は十一名。

 院長、須志有喜事務局次長、森乃芽瑠特任研究官、緑川唯ナースリーダー、五鈴あいかナース、

 千歳美々ナース、尾美津色香ナース。

 

 ゲストとして、高坂自衛官、三輪自衛官、佐久間自衛官。

 そしてもう一人、カバラ・ファーマシューティカル社の営業マン。通称、薬屋さん。


 集合時間は二十二時だが、シフト交代の都合でナース全員が揃うのはどうしても遅くなる。

 須志は先に店に入り、コートを脱ぐと大将に軽く頭を下げた。


「今夜は面倒かけるね。まあ、うちのナース達、見た目だけならそこそこいいからさ」


 まだその“そこそこ”が一人も来ていないのをいいことに、軽口を叩きながらバッグから財布を出す。

 あらかじめ決めていた金額だけを先に置いた。

 一人七千円。焼き鳥屋としては破格だが、須志にとっては納得の数字だった。


 飲み物は全品飲み放題。焼き鳥も食べ放題。

 鍋は寄せ鍋と豚キムチ鍋を二人前ずつ四セット、計十六人分。

 揚げ物は唐揚げを中心に数種。

 おでん盛り合わせ、もつ煮。ナース達のためのサラダ三種。

 若手自衛官三名のために、配達ピザまで手配済み。


 西病棟の開院は手探りだったが、どうにか軌道に乗った。

 民間からの十五億の融資も、彼女たちの現場があってこその話だ。

 病院の金庫番としての計算と、個人としての労い。その両方が、この七千円に詰まっていた。


 まだ誰もいない店内を見渡していると、白衣姿の女性がポニーテールを揺らして入ってくる。

 緑川唯だった。


「……唯ちゃん。何故、白衣!?」


 須志の声に、唯は口元を緩める。


「内緒よ」


 そのまま大将に向かって、いつもの調子で挨拶をした。


「大将、お久しぶりです」


「やあ、ゆぃゆぃちゃん」


 言葉を交わす前に、湯気の立つお茶が差し出される。

 須志が「俺にもお茶!?」と口に出しかけたところで、無造作に湯呑みが置かれた。


「……俺、金庫番だぞ」


 それも飲み込み、黙って湯呑みに口をつける。


 次にやってきたのは尾美津色香と千歳美々だった。

 尾美津はベージュのニットワンピース。ミニ丈で、

 普段のナース服からは想像しづらい体のラインがはっきり出ている。

 須志は一瞬だけ視線を走らせ、すぐに逸らした。今夜の顔ぶれで余計な火種は作れない。


 お美々は青いパーカーにデニムのショートパンツ。

 予想通りのラフさだが、こちらもまた意外な存在感があった。


「二人とも、適当に座ってて」


 須志がそう声をかけると、ほぼ同時に自衛官三名が店に入ってくる。

 高坂、三輪、佐久間。制服姿の三人は、反射的に姿勢を正し、揃って頭を下げた。


「硬いよー。若いから硬いのは仕方ないけどね♪」


 唯の一言で空気が緩む。

 お美々も珍しく乗った。


「唯先輩、シモネタはまだ早いですって」


 そう言いながら自衛官たちに声をかける。


「適当に座りなよ。あ、唯先輩からは離れたほうがいいよ?」


 尾美津は壁を眺めているようで、実は真剣にメニューを確認していた。

 唯がふと思い出したように言う。


「そういえば尾美津ちゃん。フィリピンから来て以来、ちゃんとこの辺案内してなかったね」


 空港封鎖、第二波対応。

 気づけば皆、病院に張り付いたままだった。


 須志はその様子を見ながら、胸の内で小さく思う。

 無理をさせているのは事実だと。


 そのとき、尾美津がはっとしたように唯を見上げ、目を見開いた。


「……唯さん。何故、白衣!?」


 十一人が揃う前の店内に、年の瀬らしい笑いが転がった。

挿絵(By みてみん)

挿絵(By みてみん)

挿絵(By みてみん)


 ◇


 

 次に店の引き戸を開けたのは、五鈴あいかと森乃芽瑠だった。

 学生時代からの付き合いである二人が、示し合わせたように同時に現れるのは、

 須志にとっても見慣れた光景だ。


 あいかは相変わらずだった。

 いや、正確には「相変わらず以上」と言うべきかもしれない。

 メリハリのある体の線を隠す気のない、タイトな白いTシャツ。

 胸元は遠慮という言葉を知らず、本人もそれを理解した上で選んでいるのがわかる。

 須志は視線を逸らすまでに、ほんの一拍遅れた。

 遅れたことを自覚してから、慌てて湯呑みに視線を落とす。


 一方の芽瑠は対照的だった。

 上下黒のスーツパンツに短めの髪。

 整った顔立ちも相まって、舞台に立つ麗人役のような雰囲気を纏っている。

 立ち姿だけで、場の空気を一段引き締める力があった。


「……うちのメンバー、見た目は……いいな」


 須志は思わず、そんな感想を胸の内に浮かべる。


 残るは院長と製薬会社の営業マンだけだった。

 二人は直前まで打ち合わせがあるらしく、「先に始めていてくれ」と連絡が入っている。


 須志は乾杯の音頭を取るべく、全員に飲み物を頼むよう促した。


「とりあえず、好きなの頼んでくれ」


 あちこちから「ビール!」の声が上がる中、少し間を置いて一人だけ違う注文が飛ぶ。


「芋焼酎、水割りで」


 その声に、すぐ反応したのは唯だった。


「ちょっと、乾杯から芋いくの!?」


 お美々がすかさず続く。


「飲みたいもの飲みましょうよ~」


 あいかは涼しい顔で肩をすくめた。


「唯先輩、私いつも芋水割りですから」


 三人のやり取りを眺めながら、須志は目尻を下げる。

 そして、場をまとめるように静かに言った。


「好きなものを、好きなだけ飲んでくれ」


 飲み物が出揃ったのを確認し、須志は立ち上がる。

 院長が少し遅れること、製薬会社の営業と一緒に来ることを簡単に伝え、

 「失礼のないように」と前置きする。


「年末ギリギリまで、本当にお疲れ様でした」


 労いの言葉を口にしながら、自衛官三名に視線を向ける。


「今日はうちのナースがいる。遠慮なく飲んで食べてくれ。

 多少のセクハラじゃびくともしないメンバーだ……まあ、明日から本気で隔離されるかもしれないが」


 冗談交じりの言葉を重ねるうちに、話は想定以上に長くなる。

 ビールの泡が落ち着き始めたころ、唯が遠慮なくヤジを飛ばした。


「次長、ビール温くなるよ!!」


 須志は一瞬、「見た目だけか……」と声に出しそうになり、慌てて飲み込む。

 そして勢いに負けたように、声を張った。


「うちのナース、最高だぁ!! 乾杯!!」


「「「うぇ~~~い♪」」」


 唯、あいか、お美々の三人が、声を揃えてグラスを合わせる。

 いつもこうなのだろう。須志はその様子を見て、素直に笑った。


 乾杯の余韻が落ち着いたところで、あいかが首を傾げる。


「んで、唯先輩……何故、白衣!?」


 あいかの視線が白衣に向かうのを追うように、お美々も頷いた。


「うん。私も気になりました」


 唯は悪びれもせず、白衣の前を軽く引っ張る。


「この中、着てないのよ。下着だけ」


「「はぁ!?」」


 複数の声が重なり、店内が一瞬ざわつく。


 その隙に、尾美津が店主に向かって手を上げた。


「すみませ~ん。ヒナ皮とねぎま、タレでください」


 騒ぎをよそに、実務的な注文が飛ぶのが彼女らしい。


 芽瑠はあいかの隣で、楽しそうにグラスを揺らしながら言った。


「あぃあぃ。唯さんって、露出狂とか痴女とかなのかな?」


「下着つけてるんだから、いいじゃない!!」


 即座に返す唯の声に、笑いが起きる。


 お美々はさりげなく、佐久間の前に皿を寄せた。


「佐久間くん、せっかくだから沢山食べなよ?」


 あいかも続いて、高坂に声をかける。


「高坂くんも、お鍋一緒に食べよ?」


「ぐわー。いちゃいちゃすんなよー」


 唯が大げさに仰け反ると、芽瑠が苦笑しながらグラスを掲げた。


「まーまー、唯さん。呑みましょうよ」


 焼き鳥の煙と笑い声が混じり、カウンターの距離が少しずつ縮まっていく。

 忘年会は、ようやく本当の意味で動き始めた。

 

挿絵(By みてみん)

挿絵(By みてみん)


 ◇



 各自、好きな飲み物を二、三杯ほど重ねた頃合いだった。

 カウンターの奥で、三輪の頬がわかりやすく赤くなっているのに須志が気づいたのは、

 彼がグラスを置いた直後だ。


「唯さん。すみません」


 唐突に、しかし驚くほど綺麗な所作で三輪は頭を下げた。

 そのまま向き直り、今度はあいかの前に背筋を伸ばして立つ。

 店内のざわめきが、ほんの一瞬だけ細くなる。


「あいかさん……こんど、いつでもいいので、一度だけ、

 自分の排液処置をお願いしても、よろしいでありますか」


 言い切った直後、三輪は息を止めたまま固まった。

 あいかは一瞬きょとんとした後、すぐに唯を見る。唯は即座に須志へ視線を投げた。


「次長~。うちって、指名制とかありましたっけ?」


「ええと……基本は、本人の判断で……」


 須志が言い切る前に、唯が被せる。


「あいかちゃんが嫌って言うわけないじゃないですか。あいかちゃんですよ?」


 芽瑠も、お美々も、尾美津も、示し合わせたように何度か頷いた。

 あいかは既にかなり上機嫌で、グラスを揺らしながら笑う。


「じゃあさ、唯先輩。二人で一緒にで、どうですか?」


 唯は一拍も置かずに乗る。


「いいわ。勝負ね」


「はい」芽瑠が即座に手を挙げる。「勝ち負けの定義は?」


「大事だよね」お美々が真顔で続ける。

「最後に、出る瞬間に見つめられた方が勝ち、とか?」


 尾美津は冷静に場を見渡す。


「唯さん、正面視界をキープすると思います」


「……唯ちゃん、手段選ばないからね」


 須志のぼやきに、唯はニヤリと笑った。


「勝ちは勝ちよ♪」


 そのとき、高坂が慌てたように身を乗り出す。


「あいかさん、すみません。三輪さん、俺をタンカで運んでくれたので……その……」


 あいかは大きく頷いた。


「みんなで楽しくやろう! 年末だし!」


「「「うぇ~~~い♪」」」


 いつの間にか芽瑠もグラスを掲げ、乾杯に混ざっている。

 焼き鳥の皿が空き、鍋の湯気が立ち上る。


 尾美津が大将に顔を向けた。


「〆は、雑炊ですか? うどん?」


「雑炊もうどんも……煮込みラーメンも用意したよ!」


「うぇ~~~い♪」


 須志はその光景を眺めながら、苦笑混じりに言った。


「君たちは……本当に、好きなだけやるね」


 そのとき、店の引き戸が静かに開いた。

 冷たい夜気と一緒に、院長と製薬会社の営業マンが姿を現す。


 笑い声で満ちた店内に、年の瀬の次の空気が、そっと入り込んだ。

挿絵(By みてみん)


 ◇



 院長は、店内を一望してから小さく息を吐いた。

 赤い頬、空いた皿、湯気を立てる鍋。年末らしい雑多な光景を確認し、わずかに口元を緩める。


「……ずいぶん、楽しそうじゃないか」


 須志が立ち上がり、軽く頭を下げる。


「お疲れさまです。先に始めさせてもらいました」


 その隣で、製薬会社の営業マン──通称、薬屋さんが、場の温度を測るように視線を巡らせた。

 スーツは崩れていないが、表情は硬すぎず柔らかすぎず、商談用の顔だ。


「失礼します。今日は、忘年会と伺って」


 唯が、グラスを持ったまま笑顔で返す。


「そうですよー。年内最終処理……じゃなくて最終営業日ですから」


「唯ちゃん」


 院長が軽く咎めるように名前を呼ぶと、唯は肩をすくめた。


「冗談ですって。ほら、座ってください」


 大将が手早く椅子を整え、院長と薬屋さんをカウンターの空いた端へ案内する。

 その間も、鍋は静かに煮え、焼き鳥の追加が置かれていく。


 薬屋さんはグラスを受け取り、控えめに口をつけてから言った。


「こうして皆さんの顔を見ると……現場が回っているのが、よくわかります」


 芽瑠が視線を上げ、淡々と返す。


「回している、が正確です。止めたら終わりますから」


 その言葉に、院長が小さく頷いた。


「だからこそ、今日は区切りだ。年を越す前に、一度、力を抜いてほしい」


 お美々が箸を置き、少しだけ姿勢を正す。


「……年が明けたら、また忙しくなりますよね?」


「ああ」院長は否定しない。「むしろ、本番だ」


 その重さを和らげるように、あいかが明るく声を上げる。


「じゃあ今は、忘れましょ! 来年のことは来年で!」


 唯がすぐに乗る。


「そうそう。今夜は忘年会。忘れる会です」


 須志はその様子を見ながら、静かにグラスを傾けた。

 この空気を作れたこと自体が、今年一番の成果なのかもしれないと、ふと思う。


 薬屋さんは、須志の方を見て言った。


「……いいチームですね」


「ええ」須志は短く答えた。「だから、守りたいんです」


 院長は何も言わず、ただ鍋の湯気を見つめていた。

 その湯気の向こうに、次の年と、次の局面があることを、全員がなんとなく理解している。


 それでも今夜だけは、誰もそれを口にしなかった。


 笑い声が再び膨らみ、グラスが鳴る。

 カウンターの上で、今年という時間が、ゆっくりとほどけていった。



 ◇



 院長と製薬会社…薬屋が腰を下ろしたことで、店内の空気は一段階だけ質を変えた。

 笑い声は続いているが、そこに混じる視線の動きや間合いが、

 仕事の現場に戻りかけるのを須志は感じ取っていた。

 忘年会という看板を掲げていても、この顔触れでは完全な無邪気さなど成立しない。


 そんな中で、最初に口火を切ったのは唯だった。

 カウンター越しに軽く手を挙げ、そのまま薬屋へ向けて、遠慮も前置きもなく言葉を投げる。


「はい。薬屋さん。この人たちの排液を買い取りたいって話、聞きましたよ。で、何に使うんですか?」


 あからさまな直球だった。

 その瞬間、お美々が椅子を引く音が響き、佐久間の前に半歩出る形で立った。

 守るという意思が、動きにそのまま出ている。


 あいかも同時だった。

 目の前に置かれていた土鍋の蓋を片手で掴み、肩の位置を少し落とす。

 投げる気があるのかないのか、その判断を相手に委ねるような構えだったが、

 少なくとも冗談だけではない。


 薬屋は、場の視線を一身に浴びながら、わずかに喉を鳴らす。


「いえ、その……研究用に……」


「だったら」


 あいかは、蓋を下ろさないまま言った。


「その辺歩いてる人で、なんとかしてください」


 言葉は淡々としていたが、譲る余地はなかった。

 お美々も一歩も動かず、短く、しかしはっきりと言う。


「佐久間くんは、駄目です」


 空気が張りつめかけたところで、唯が割って入る。

 両手を上げ、場をなだめるような仕草をしながらも、声にはいつもの軽さを残していた。


「はいはい。次長が第3章でうまくやるから。ほら、落ち着きなさいよ」


 院長はそのやり取りを黙って聞いていたが、鍋の中を一瞥してから須志に視線を向ける。


「もう西病棟の段取りは終わった。須志、資金繰りは別口で済んだんだよな?」


「はい」


 須志は即答した。


「別の民間企業と国庫、それから政府政策系の枠で調整しました。

 少なくとも、ここにいる人間に無理をさせる形にはなっていません」


 その言葉に、芽瑠がわずかに顎を引く。


「……ということは」


 視線を薬屋に向けたまま、淡々と続ける。


「薬屋さんの出番、現時点ではないのでは?」


「……いらない子?」


 尾美津が悪気なく重ねると、その薬屋は乾いた笑いを浮かべるしかなかった。


 その様子を見て、高坂が静かに口を開く。


「自分たちで、何か役に立てることがあるなら……」


「駄目」


 あいかは即座に否定した。声音は柔らかいが、内容は一切譲らない。


「無理はできないんだよ。ね?」


 その一言に、高坂は言葉を飲み込む。唯は頭を抱え、大きくため息をついた。


「だから、いちゃいちゃしないでって言ってるでしょー」


 お美々は三輪にちらりと視線を向け、半ば冗談めかして言う。


「三輪くんが変なこと言うから、唯先輩の機嫌が……」


「えっ!? 自分っすか?」


 三輪は本気で驚いた顔をした。


「君だよ」


 芽瑠は即答する。


「……あぃあぃのGを選んだ時点で」


「そう」


 尾美津も静かに頷く。


「君が事の発端」


「だから言っただろ」


 佐久間が肩をすくめる。


「今夜はやめておけって」


 院長は一連のやり取りを見渡してから、あいかに向き直る。

 言葉を選びながら、しかし立場として言わねばならないことを口にした。


「あいか君。悪いが……定期的に、他の方とも、その……頼むことになる」


 唯は一瞬固まり、次の瞬間、わざとらしく天を仰いだ。


「うわー……院長、それ言います?私、ヘブンズ辞めて薬屋さん専属になろうかな。うわー」


「唯先輩」


 あいかは苦笑しつつ、はっきり言う。


「製薬会社だと、論文弱いですよ。ヘブンズゲート唯のほうが、圧倒的にパンチ力あります」


「……それ、否定できないのが腹立つ」


 唯は話題を切り替えるように声を張った。


「尾美津。おでんとサラダと唐揚げ、追加でお願い!」


「もう」


 尾美津は涼しい顔で返す。


「十分前に頼んであります」


 須志は、その光景を眺めながら、ようやく肩の力を抜いた。


「好きなものを、好きなだけ食べてくれ。帰りに持ち帰りも用意してもらおう。院長、いいですか?」


「構わん」


 院長は即答する。


「うちのナースには、金を使え」


「「「うぇ~~~い♪」」」


 歓声が上がり、再び店内に笑いが満ちる。

 議論も緊張も、すべてが鍋の湯気に溶けていくようだった。


 須志はその様子を見ながら思う。

 この騒がしさこそが、この店に集まった全員が、今年を生き延びてここに辿り着いた証だった。



 ◇



 院長はグラスを軽く持ち上げ、いつになく柔らかい表情でカウンター越しに視線を巡らせた。

 現場と責任の重みを一度脇に置いた、年に一度の顔だった。


「読者の皆様。E.O.S.も引き続きよろしくお願いします。

 ちなみに……私の名前と病院名はいまだ未定です(笑)」


 その自虐混じりの一言に、場の緊張がすっと抜ける。

 未確定なものを抱えながらも前に進く、この世界そのものを象徴するような挨拶だった。


 須志は即座に立ち上がり、わざとらしく咳払いをしてから胸を張る。

 仕事人としての顔と、年末の軽さが同居した声色だった。


「作者のあいびぃさんへ。仕事の出来る男キャラで、いいですからね?

 それと読者の皆様。うちのメンバー、見た目だけはいいですよね?」


 次の瞬間、背後で何かが風を切った。


「うわっ!? 土鍋の蓋が飛んで……!」


 言い終わる前に、須志は反射的に身をすくめ、場は一気に笑いに包まれる。


 唯は肩をすくめ、悪戯っぽく笑いながら、あいかの方をちらりと見た。


「あいかちゃん。土鍋の蓋って、すぐ割れるのよ~」


 そのまま視線を読者の方向へ向け、声を張る。


「皆さん♪ 第3章は『隔離病棟』。

 私たちが、あの手この手で……抜きますよ!!(笑)」


 芽瑠は一瞬固まり、グラスを持つ手を止めて、目を見開いた。


「えっ!? あぃあぃ……私も抜くの? えっ!?」


 本気で困惑した声に、彼女の理性派な一面が滲む。

 お美々はその横で、なぜか誇らしげに頷いた。


「佐久間くん、すっっごいんですよ!!」


 具体的な説明は一切ないが、勢いと熱量だけで十分だった。


 尾美津はそんな騒ぎをよそに、カウンターの端で院長に向き直る。

 実務と生活が自然に混ざった、彼女らしい所作だった。


「院長。お持ち帰りの……鶏唐揚げと、チャーハンと、おでん。いいですか?」


「構わん」


 院長は即答し、頷く。その一言には、労いと信頼が詰まっていた。


 薬屋の営業は、その隙を逃さず、やや前のめりに身を乗り出す。


「院長、次長……うちを使っていただいた方が、何かと……その……

 裏の組織風の兼ね合いも……はい、何卒……」


 言葉は濁り、しかし必死さだけは伝わってくる。


 その空気を断ち切るように、自衛官三人を代表して三輪が立ち上がった。

 酔いはあっても、姿勢は最後まで崩れない。


「自分のせいで……唯さん。すみませんでした!!」


 深々と下げられた頭に、場の誰もが苦笑する。


 唯が言う。「最後、あいかちゃーーーん♪」


 はい!!あいかです。読者の皆さん、今年もE.O.S.を読んでくれて本当にありがとうございました。

 忘年会で笑って、ちょっとだけムフフとして、それでも無理はしないでください。

 夜は長くても身体は一つ。下着と理性は装着、好奇心は少し緩めて。

 次章でも私たちは現場で奮闘中です。あなたも休みつつ、生きて、また会いましょう。

 来年も乾杯と処置は続きますので、どうかついてきてくださいね。

 体調管理だけは最優先で。約束ですよ。本気で。必ず。ね?


~おまけ♪「唯の夜遊び編」~


店を出た途端、年末の冷たい夜気が白衣の裾をすり抜け、唯はわざとらしく肩をすくめた。

白衣の下が下着だけだという事実は、もう隠す気すらない。

歩くたびに生地が揺れ、その無防備さが街灯の光に浮かび上がる。


あいかはその横で歩調を合わせながら、タイトなTシャツ越しに自分の体の線を意識していた。

寒さよりも、すれ違う視線のほうが肌に触れる夜だ。


「唯先輩、やっぱり帰りに露出で遊ぶつもりですか?」

 冗談めかした声色だが、言葉の端には心配が混じる。


「一人だと物騒ですし、私と芽瑠もお付き合いしますけど」

 唯は足を止めず、振り返って楽しそうに笑った。


「そう? じゃあ一緒に遊ぶ?」

 その軽さに、あいかは思わず苦笑する。

 唯がどこまで本気で、どこから冗談なのか、昔から判別がつかない。


 少し遅れて歩いていた芽瑠が、二人の間に自然と並び、夜道を一度見回した。

「……私は見張り役ね。何かあったら止めるから」

 

 三人は言葉を交わしながら歩き続ける。

 街灯の間隔が少しずつ広がり、忘年会の喧騒が背後で遠ざかっていく。


 それでも笑いは消えず、足取りは軽い。

 年の終わりの夜は、まだ少しだけ無防備で、三人を外へ誘っていた。

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