タイトル未定2025/02/12 22:42
重ね重ね、誤字報告、ありがとうございます。
耳にタコが出来るかと思えてしまうくらい同じ言葉を、何度も聞かされてきた。
幼児期からそれを耳にしているくらいだから、そのうち耳にタコ焼でも出来るのではないか……などと馬鹿げた独り言を笹野梨夏は机の隅に落とした。
休み時間ともなると他のクラスメイトは校庭や屋上で自由にバレーボールやバドミントン等を楽しんでいるが、梨夏の時間の過ごし方は専らラジオドラマを聴くこと。
聴取するのは主に声優が演じる創作ドラマだ。
好きな声優が出演するドラマを聴いている時間だけは、嫌な現実から逃げる事が出来る。
耳元で囁かれるイケボに酔うだけで、苦痛な日常から解放されるのだ。
(声優さんなら、私に対しても普通に接してくれるだろうか……)
密かに胸の奥で想像を描いてみた。
(声優さん……なら……ないか。
私には普通に接してくれない事くらい、分かってる)
梨夏の記憶に昔誰かに言われた言葉が甦ってきた。
《人間として一番大切なのは、顔じゃなくて心よ》
その言葉を云うときは力を込めるくせに、いざ異性から言い寄られると手のひらを返したように云うのだ。
《ごめんなさい、嬉しいけど……ワタシに貴方は勿体ないわ》
《絶対嘘だろ、嬉しいなんて微塵も感じてない癖して、当たり障りのない断り方すんじゃねえよ!》
過去に面と向かって、そう云った事がある。
正しいと思って云ったのに、何故だか梨夏は周りから非難された。
《よく知りもしないで勝手な事を云うな!》
《そんな風にひねくれてるから誰からも好かれないんだよ!》
《顔だけじゃなくで、中身からブスだな!》
正論だと思い発言した事が、周りからは歪んだ言動にしか思われなかった。
告白を断られた男性の容姿は正直いって負の方向の側だったので、断りを入れた理由は唯一それしかないだろう……梨夏の胸にはその感情が今でも渦を巻いている。
(忘れよう……あんな性根が腐った奴等の事なんか)
前向きに生きようとするも、あの日云われた言葉が梨夏には鋭利な武器として精神的な部位を抉り続けているのだ。
今、自身は好きな声優のラジオドラマを聴けて、最高に幸せなんだと言い聞かせている。
なのに、心の奥にある隠したつもりの感情がしつこいくらいに疼いている。
(私は誰よりも、時間を楽しんでるんだ……誰よりも……)
「あっれえ?
名前負けのぼっちが何か聴いてっぞ?」
教室に男子が数人入ってきた。
休み時間は十分ほどで終了するので、彼らはいち早く校庭から戻って来たとみえる。
体が強張り、聴取への意識が遠退く。
この男子生徒たちは何かと梨夏に悪態をつく連中で、彼女にとって日常を壊す存在なのだ。
「名前敗北、相手いなくて教室でぼっちタイム?」
「後ろ美人、何聴いてんの?
ブス専用「容姿悩み相談』って、そんな番組ないっつうの!」
「アイドルの曲とか?
似合わねえ……鏡見て聴くモン選べよ!」
好き放題云う男子生徒たちを無視して、梨夏の意識は声優のイケボに向いている。
表情を変えないよう、グッ……と唇を噛み締めた。
男子生徒たちの事など気にしないふりをし、創作ドラマに聞き入る梨夏。
そんな彼女が聴いているイヤホンを一人の男子生徒が外し、ふざけた口調で声をあげた。
「片耳、貸して……って要らねえ!
パスッ!」
「わ……っ!
あっぶねえ、もうちょいで当たるトコだったよ」
外したらイヤホンの片方を外した男子が、別の男子へとそれを放り投げた。
イヤホンは机からぶら下がり、それが外れた梨夏の耳から、彼らの声がクリアに聞こえ始めた。
(何なんだよ、五月蝿い……原始人みたいにギャアギャア、汚い雑音撒き散らすなよ!)
はしゃぐ男子たちの事など目もくれず、梨夏は外れたイヤホンを手にしようとした。
だが、男子の一人がイヤホンをラジオから引き抜いて窓から投げた。
「だから何、聴いてんだよ!」
「投げたあ、あり得ねえええ‼」
イヤホンは外へと投げ出され、梨夏だけが聴いていたラジオの音声が教室に響いた。
『はいっ、ではここでプリティーボイスコンテスト略して〈プリボコン〉の結果をお伝えしまっす!
〈プリボコン〉グランプリに輝いたのは、東京都品川区にお住まいの笹野梨夏さんです!』
梨夏はラジオに釘付けになり、男子たちの動きは停止した。
『グランプリに輝いた笹野梨夏さん、おめでとうございます!
梨夏さんには来年公開されるアニメ映画『虹から夢が溢れ落ち』のヒロイン役として出演して頂きます!
詳しい事は今からお電話するね』
「えっ?」
思わず驚きの声を出した梨夏の胸のポケットから着信音が鳴る。
慌てて着信に出た梨夏の声は、本当にヒロインが慌てるボイスになった。
「も、もしもし!」
『ヤッホウ、もしもーし!
梨夏さんかな?』
「はいっ!
梨夏ですっ!
ラ、ラジオ聴いてましたあ!」
『ありがとうっ!
そんで、グランプリ……おめでとう!
テープで聴くより、プリボだね!』
「ありが、とうございます!
でも、私は顔ブスですけどヒロイン役なんて、良いんでしょうか?」
電話の向こうで人気声優、碧ワタルがイケボイスで返す。
『俺さ、梨夏さん、美人さんだと思うよ。
マジなブスって、俺的に性格が悪いことだと思う。
で、本題だけど……』
正直いってイケボイスの憧れタイプ声優から何を云われていたか覚えていない。
けれど梨夏は今、最高にハッピーだ。
来月のアフレコに向けての打合せ等が後日あるらしい。
『最後に質問!
梨夏さんの好みの男性を教えて』
「私は偏りがちな偏恋でして、好みの男性のゾーンは狭いです。
思いやりがあってですね、イケボイスな方……です!」
(ワタルさんみたいな、って云えない!)
『ありがとう!
つまりは、俺だね!
んでさ、そのアニメのヒロインの相手役、俺なんだけどアフレコ宜しくね!
次に話すのは、事務所でだね!
じゃあ、またね!』
電話が切れた後も、梨夏は放心状態だった。
側でラジオの音声を聴いていた男子たちが、梨夏に向いている。
「あの……アニメとかに出るの?」
「声、良かったんだね」
梨夏はそんな連中どころではないので、早速これからの計画をメモに書き留める。
(貯金おろして、服買いに行って、サロンにも行こう)
梨夏は心に楽しさを弾ませながら、一度しか逢えない声優との時間を想像する。
(最初で最後のワタルさんとのふれあい、大事に本気でアニメに挑もう)
梨夏は一度きりのつもりだが、彼女は二年後にワタルと結ばれる運命にある。
憧れの方との実りは夢ですよね。
宜しければ酷評、改善点の指示をお願い致しますm(._.)m