佐々木優華のバレンタイン(3)
すいません。
予告時間と随分ずれてしまいました。
それでは、最終話どうぞ~。
誠が現れたのは、私が校門で待つこと一五分が経った頃だった。
「優華ー、はぁはぁ・・・悪い! はぁ・・・ちょ、ちょっと・・・
いろいろあって・・・お、遅くなった。・・・悪いな」
やって来た誠はどうやらここまで全力で走ってきたみたいで、到着するや否や
腰に手を付いていた。途切れ途切れの言葉が、誠の疲れっぷりを表していた。
誠が来た頃には、暮れなずんでいた夕日もすっかり落ちてしまい
辺りは暗くなっていた。ただでさえ耐え難い二月中旬の寒さは、
闇の世界に変わると、ますます容赦がない。
ついたり切れたりを繰り返す頼りない電灯に、身を切るようなつむじ風。
私は一人、こんな心細い状況の中で誠のことを待っていた。
「アンタ、か弱き乙女をこんな暗いなか寒いなか、どんだけ待たせんのよ!」と
いつもの私なら怒り散らしていたかもしれない。
でも、今日は天下のバレンタイン。多少のことは多めに見てあげよう。
誠だって、体力無いくせして全力で走ってきてくれたんだ。
たかたが百メートルぐらいの距離で、そこまで疲れるのもどうかと思うけど、
まぁその気持ちに免じて許してあげよう。う~ん、私ってば、やっぱり優しい。
「じゃあ、誠帰ろっか」
私はにこやかに言って、誠の腕を取る。しかし、引く力に誠の体が比例して
付いてこなかった。違和感を覚えた私が振り返ると、誠はまだぜいぜいと息を
切らせていて、顔の前で手を挙げていた。
「ちょ、ちょっとタンマ・・・。少し休憩させてくれ・・・」
・・・何で私は、こんな情けない奴の為にチョコ作ってきたんだろう?
誠のあまりの情けなさに、私は自分が分からなくなってきた。
誠の呼吸も整ったところで、私達はようやく歩き出した。
徒歩通の私と誠が登下校に掛ける時間はだいたい二十分。
二人きりで帰れるこの時間は、私にとってチョコを渡すための
ラストチャンスだった。
野次馬どもの目もないし、暗闇の中だから私が変に照れたって分からない。
いくら誠だって、現物を渡されて「いらない」なんて事は言わないはずよ。
変な空気にならないように渡せばきっと大丈夫。
あくまで自然に、それが大事よ。
私は高鳴る気持ちが暴れ出さないように、ゆっくりとした動作で
チョコの入った鞄に手を伸ばした。
今日一日の苦悩もこれでようやく終わりなのね・・・。
何となく感慨深い気持ちに浸る私は、鞄のチャックに手を掛けた。
さぁ誠、ちゃんと受け取りなさいよ。私は鞄の中のチョコを手に取った。
後は「はい」って渡すだけだった。それなのに・・・
誠は次の瞬間、耳を疑ってしまうようなとんでもないことを言い出した。
「バレンタインって、ロクなもんじゃないよな」
・・・はい?
あまりの予想外過ぎる言葉に私は固まってしまった。
今その醍醐味のチョコを渡そうってときに、この男は何てことを
言い出すんだろうか?
誠は固まる私のことなどお構いなしに、どこか不機嫌そうな口調で続けた。
「たかがお菓子会社の策略だってのに、何でみんな、ああも浮かれるのかな?
一日中そわそわ・・・鬱陶しいったらありゃしないよ。クラスの連中なんか
僕が優華と一緒に帰るからって、『てめぇチョコ貰うのか!?』とか
『お前ら付き合っているのか?』て、すげえしつこかった。今日バレンタイン
だからって、貰うかっての! 僕と優華はそんな関係じゃないって分からせるのに
時間掛かったよ。だいたい一緒に帰るのだって、近所に住んでいるんだから
いつものことなのになぁ、ゆう・・・あれ、聞いてる?」
「・・・き、聞いてるわよ」
私は取り出したチョコを乱暴に鞄の中に直した。
「優華・・・今お前、泣きそうな顔してたけど・・・どうしたんだ!?」
この鈍チンは今頃になって、私の異変に気付いたみたいだ。
遅すぎるわよ、気づくのが・・・。
「お、おい・・・」
心配そうに私のことを覗き込む誠を、私はキッと睨み付け、その顔を
ぐいっと手で追しやった。
そして
「何でもないわよ!! ばかぁ!!!」
涙声で叫んだ。
最低・・・アンタ最低過ぎよ。
普通バレンタインに女の子から誘いをかけるなんて、チョコ以外ないでしょ。
それなのにアンタは・・・鈍すぎるのも大概にしなさいよ!!
胸の中で怒りと悲しみが同居しているような気持ちだった。
泣きながら横っ面を引っ叩けたら、どれだけ楽だろう。でも中学三年に
なってまで、そんな子供じみたヒステリックな行為出来るわけ無かった。
ぐっと沸き上がる衝動を抑えることしか、私には出来なかった。
誠の不用意な発言以来、私達の帰り道には嫌なムードが付きまとっていた。
お互いに黙り込んだ状態で流れる重い空気。
私はいろんなものを押さえこむので精一杯だったし、誠は誠で私を
怒らせたことに罪悪感を感じているのか、凄く気まずげだった。
結局私達は無言を貫いたまま、互いの家に別れるいつもの十字路まで
来てしまった。ここから真っ直ぐ進めば誠の家、右に曲がれば私の家。
後は「じゃあね」と一言挨拶すれば、今日一日とさよならだった。
・・・柄にもなくドキドキしたバレンタインとも。
いつもなら、さよならを先に切り出すのは私の役目なんだけど
今日はとてもじゃないけど、そんなことを言える気分じゃなかった。
誠に対して、私は口を開きたくなかった。
十字路で立ち止まる二人。沈黙が流れるなか、今日は気まずげな顔した誠が
先に口を開いた。
「優華・・・今日は何か、変なこと言ってごめんな。別に悪気あったわけじゃ
ないんだ。でも、僕の不用意な発言がお前を怒らせたのは事実だし謝るよ。
本当にごめん。・・・それじゃ、また明日な」
誠はそう言って、ポツポツと電灯ともる道を歩き出した。
時折闇夜に消える背中はやけに小さく見えて、足取りはどこかおぼつかない。
車が飛び出してきたら、簡単にぶつかっちゃいそうだった。
・・・そうよ。あんな奴、一回車にでもぶつかった方がいいんだ。
それで頭打って、ちょっとは女の子の気持ちを考えられるようになった方が
いいのよ。
私は鞄の中のチョコを取り出した。ピンク色の包装紙で綺麗に
ラッピングされたチョコ。私はそれを指先が震え出すぐらいの力で握りしめた。
こんなもの・・・こんなもの・・・。
どうせ誠に渡したところで、あの冷血漢は喜びもしないんだ!
だったら、こんなもの壊しちゃえばいいんだ!!
私は握りしめたチョコを大きく振り上げた。
その手を振り下ろせば、今日一日中私を悩ませた諸悪の根源「バレンタイン」は
終わりのはずだった。
なのに私は・・・振り上げた手を振り下ろすことが出来なかった。
手を振り上げたまま、涙を流していた。
嫌・・・やっぱり嫌! こんな形で終わってしまうなんて絶対に嫌だ!
壊せるわけないよ・・・一生懸命作ったんだもん。
気持ちだけでもいいから、私は伝えたいんだ。
たとえ誠が喜んでくれなくても、私はこの手作りチョコを誠に!
私は涙を拭いて走り出した。
誠の頼りない、でも見ているとどこか安心する後ろ姿を追いかけた。
誠との距離約十メートル。私は叫んだ。
「誠ーー!!」
闇夜に響く私の声に、誠は振り向いた。
白い息を弾ませる私は、もう一度チョコを握りしめた。
「アンタ、これ絶対キャッチしなさいよーー!!」
「は?」
きょとんとする誠のことなんか無視して、私は大きく振りかぶった。
そして
何度も何度も作り直した真心チョコを宙へ放り投げた。
闇夜に舞うピンク色のケースに、私はありったけの想いを込めた。
誠、アンタに届け!・・・と。
パシっ!
元野球部の誠は、多少慌てたものも夜間飛行してくるチョコを
難なくキャッチした。
「優華、これ何だー?」
訝しげに尋ねる誠に、私はまた叫んだ。
「義理の義理の義理チョコよーーー!!!」
私の声が闇夜にまた木霊した。
何が起きたのかさっぱり分からないとでも言うように、誠は受け取ったチョコを
見詰めたまま、固まって身動き一つしなかった。
そんな誠に私は
「誠ーー、来月のホワイトデー、十倍返しを期待してるわよーー!!」
そう言い残して、走ってきた道を引き返した。
「・・・じゅ、十倍!?」
引き返す最中、誠の驚く声が聞こえた気がしたけど、たぶん気のせいだ。
私をこれだけ悩ませたんだから、十倍ぐらいのお返し貰わなきゃ
気が済まないわよ。
バレンタインの魔法が解けた私の足取りは、随分軽やかになっていた。
しっかしそれにしても、誠のチョコ貰ったときの顔、あれは傑作だったなぁ。
バレンタインなんか鬱陶しいだの何だの言ってた割には、チョコ貰った瞬間
鳩が豆鉄砲喰らったような顔してたんだもん。
きっと驚き過ぎて、思考能力が完全にシャットダウンしたんでしょうね。
でも誠、驚くのはまだ早いわよ。私からのサプライズはこれで終わりじゃ
ないんだからね。中身見たら、もっとビックリするわよ~♪
『MAKOTO』って名前入り、しかもハート形のチョコ・・・。
これ見れば、何で私があんなに怒ったのか分かるわよね?
本命か義理か・・・私の本当の気持ち、いくらアンタでも分かるわよね?
え~と、何とか完結しました。
初投稿だったので、至らぬ作品だったかも知れませんが
読んでくれたみなさん、ありがとうございます。
この作品は、自分のブログで書いている『現在片思い中』という
話の番外編なので、よければ本編の方も見に来て下さい。
ちなみに本編の主役は、物臭な幼馴染「藤村誠」の方です。
『CM日記 現在片思い中』で検索すれば出ると思います。
今度小説家になろうで投稿するときは、コメディ系で
いきたいと思います。
そのときは、また読んで貰えたら嬉しいです。
それでは、ありがとうございました。
※感想あったら、遠慮なくどうぞ。




