3.疑惑と怒りの神々
怪しい。怪しすぎる。いくら何でもこれはブラック企業のうたい文句と同じではないか。葉月は、もしかして姫は疑うことを知らず騙されているのではないかと思った。
「あのねラウェルナ様ってどんな神様なの? 昔からの知り合いなの?」
姫はラウェルナの事を思い出しているのか、楽しげな表情を見せる。
「今回の研修で初めて会ったのだ。親しみやすくとても話しやすくて、すぐ仲良くなった。妾は人見知りなのだ。今まで研修に参加してもなかなか知り合いもできなかった。今回は天照大御神様から見聞を広めるように言われ、嫌々参加したのだ。だから座学やディスカッションもただ受け流しているだけだった。
そんな妾に話しかけてくれ他の神々とも引き合わせてくれるなど、ラウェルナが居たからこそ研修は楽く有意義なものになったのだ。葉月の異世界転移をやってみようと思えたのも、ラウェルナのおかげとも言えるのだ。
そのチラシは神界の研修の最終日に喫茶室に呼び出されて『貴女を大切な友達だと思ったから、この事を知ってもらいたいの』と妾が特別だと言われて手渡されたものなのだ。怪しいものではない」
それって、マルチ商法の誘い方!
「何かビジネスのお話しとかお金持ちになれるって言われなかった?」
葉月はマルチ商法についてはちょっと詳しいのだ。
表立っていじめられてはいなかったが、グループを作るときにどこにも入れない様なポジションだった葉月には友達がいない。そんな葉月にも成人してから年に一回位話した事もない同級生や先輩後輩に呼び出される事がある。大体、隣町のファミレスに集まる。「貴女と仲良くなりたくて、特別な情報を教える」そのようなことを言い、楽しくお話しするのだ。時には焼き肉パーティー、占い、お料理教室、ヨガ教室又はエステ等々に誘われる。スケジュール帳に楽しそうなイベントが増える。ある程度仲良くなると「大切な友達だから……」とビジネスのお話しがあり偉い人に紹介され、その偉い人のキラキラした贅沢な生活のお話しを聞く大規模なパーティーに参加させられる。大量の商品が自宅に送られてきて、妹の弥生に怒られ、クーリングオフが効く分は返品する。買い取った商品が無くなるまで弥生の嫌み、もとい注意を受け続けるまでがワンセットなのだ。
ある意味スペシャリストである葉月からしたら、姫が騙されているようにしか見えなくなってしまった。
「そんなことはないぞ!異世界転移の実績を積めば神気が高まり、神の位があがるだけだ。まず妾が『親』になり、他の神を『子』にするのだ。そして『子』である神が異世界転移を行い実績を積めば、『親』の妾もさらに神気が高まるシステムになっているのだ。決して金儲けの為ではない!」
葉月は、いや、まんまマルチ商法! だと思った。神様にとって、神の位が上がる事がお金儲けより魅力的なのだろうと考えた。
「姫、やっぱり怪しいよ。天照大御神様に、異世界転移を沢山させたら本当に神の位が上がるのか聞いてみてよ」
葉月がしつこく疑う為、姫は少しだけ気分を害したのか語気強く言い放った。
「ああ、わかった。天照大御神様のお手を煩わせる事はない。研修先に問い合わせて、異世界転移をすると神気が高まるのか聞こう」
葉月は、姫の様子からこれ以上言っては関係を悪化させるのではと思い、話題を変えてみる事にした。
「それはそうとラウェルナ様って何の神様なの。姫は武と子育ての神様でしょ」
「妾も初め渋々参加していたのでな、自己紹介は聞きそびれていたのだ。そうそう。マニュアルの巻末に今回参加した神々の紹介欄と連絡先があったな」
姫はマニュアルの巻末を探している様だ。そして一瞬顔を強張らせて葉月を見た。
「ラウェルナ。ローマ神話に登場する盗人の女神。盗人や詐欺師たちの守護神……だそうだ」
姫はその美しい顔を怒りで紅潮させ、眉間のシワを深くし、拳を固く握り締めていた。葉月は、信頼していた分、騙されたと思うと怒りが湧いてくるのだろうと考えた。しかし、そもそも本当に騙されたのかもはっきりしない。
「姫。疑ってる私が言うのもなんだけど、盗人の神様だからって悪い事してるだけじゃないと思うよ。たぶん……。ほら純粋に姫と仲良くなりたいだけかもだし。チラシも先着一名様限り無料ってあるから、本当に特別に教えてくれたのかも」
「このままラウェルナを疑っている方が信頼していないようで辛い。研修先に問い合わせてハッキリさせる」
姫は手鏡から奥の方に移動した。足元だけが手鏡に映し出されていた。イライラしているのか、盛んに爪先で床を蹴っているのが見えた。手鏡の奥から途切れ途切れに会話が聞こえてきた。
「はぁ? 本当に……か?」
葉月は気になって仕方がなかった。姫の周りのドス黒いオーラが見えるように感じた。葉月の今後の異世界生活にも関係があるから、真偽は確かめたいと思った。
「姫、ひめーー。どうだった。何か怒ってるよね。やっぱり怪しいお話しだったの。ねぇー」
姫は怒り心頭の様子でこちらに向かってきた。葉月は、さすがに武の女神、迫力が違うと感じた。手鏡に近付くだけで、空気がビリビリして感電しそうだった。
「ラウェルナよ。妾を騙すなど万死に値する! 妾は武の女神の名において今から神界のローマ神話支局に行ってラウェルナをぶちのめす!」
姫はボクシングの会見の様に手鏡越しに葉月に宣言した。そこで通信が突然切れ、手鏡はぽかんとした葉月の顔を映している。
「ちょっ。ねえっ。姫! ひめーー! 私、結局何も聞いてないよー!」
葉月の悲痛な叫びは暗い森に吸収されていくだけだった。