表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

【異世界恋愛2】独立した短編・中編・長編

【電子書籍化】ダヴィデには悪女がわからない

 ダヴィデの父、カプア伯爵が不肖の息子のために、縁談をまとめてきた。

 世にいう、政略結婚というものだろう。


「お前は、放っておくといつまでもやれ学問だやれ事業だとふらふらして、まったく色恋に興味関心を示さない。もう二十六歳か。ここまで誰もいないということは、もう、誰でもいいってことだろう?」


 執務室に呼び出され、自分の三十年後はこうであろうという姿の、銀髪で口ひげをたくわえた父に不穏な前触れとともに切り出されたダヴィデは、眉をひそめて言い返した。


「暴論もいいところですね。興味が無いのは、無いだけなんです。つまり無い」


「つまり、誰でもいい」


「それはもう、結論ありきじゃないですか」


「その通りだ。相手はもう決まっている。今から代えることはできない。私の学生時代からの知り合いの娘なんだが、どうにもひどい縁談ばかり持ち込まれて困っているらしい。お前なら、他よりはいくらかマシそうだからどうにかならんかと相談された」


「消去法で選ばれた……?」


 手掛けている事業が好調でありその将来性を見込まれたとか、どこかで見初められたというロマンスのひとつもなく「マシそうだから」がその理由とは。

 ダヴィデは、腑に落ちないものを感じつつ父親に問い質した。


「それで、相手の方はどうなんですか? 親同士で『誰でもいい』『他よりマシ』という適当きわまりない理由で決められた婚約について、なんと言っているのです?」


「何も。本人は『いいようにしてください』とぶん投げているらしい。ああ、つまり『貴族の娘として生まれたからには、覚悟はついています』とのことだ」


「覚悟」


 綺麗に言い換えられたが、その前に「ぶん投げている」という投げやりな発言があったことを、ダヴィデは聞き逃していない。


(それほど、婚活市場における俺の価値は、暴落しているのか?)


 さほど自分の外見に頓着していないダヴィデであるが、子どもの頃は「紅顔の美少年」などと言われていたものだ。今も、事業の関係でひとと顔を合わせる機会が多く、身だしなみには気を付けている。

 仕事で力を注いでいるのは、王都における飲食業の多店舗展開。すでに、父の爵位や領地を継ぐよりも収入が見込めるほど、景気が良い。

 飛ぶ鳥を落とす勢いの、美青年独身貴族と世間では評判なんだがお前ときたら……と、つい最近も友人に遠い目をされたばかりだが「評判が悪いわけではないなら良い」と気にしてもいなかった。


(忙しすぎたのと、同業他社ややっかみからのハニートラップを警戒して、無闇と女性に近づかないようにしてきたのはあるが。望まれるのではなく「マシ」で選ばれるとは……)


 正直なところ「父は息子をなんだと思っているんだ、資産価値高いぞ?」と切なく思わなくもなかったが、同時に「決まってしまったなら、それもいいか」と思わないでもなかった。

 なにしろ、これまで女性を遠ざけてきた理由が「万が一にも産業スパイだったりすると面倒くさい」なのである。その心配がなくて、相手も納得しているなら、貴族に政略結婚はありがちだしまあいいだろうという雑な結論に至った。


「ところで、カプア家のメリットはなんですか? いま、店で取り扱うチーズやワインの新規開拓を考えてまして、そういった特産品のある領地のお嬢さんだと良いなって思うんですけど。他にもですね」


 これだけは確認しておこうと思ったそばから、長広舌をふるいかけたダヴィデを制し、カプア伯爵は机の上で指を組み合わせて顎を置き、重々しく答えた。


「友情。ちなみに茶の産地」


「んっ?」


「メリットは、学生時代からの変わらぬ友情だよ、困った友との助け合い。後妻やら妾やらえげつない縁談が持ち込まれているという友の娘に、うちの情緒が欠落した息子を押し付けることでこの先三十年も友情が続けば、これ以上のことはないだろう」


「俺への評価が低すぎませんか。おそらく父より稼いでいますよ、なかなかいないですよ、こんなできた息子」


「お前のことだ、稼いだ金の使い道は特に考えていないんだろう。父と母でしっかり使っておくから、引き続き仕事に励むように。ああ、とはいえ、これからは家庭を持つわけだからしっかり妻や子に使うべきだな。というか、使いたくなる。家族はいいぞ~」


 ほんの三行ほどのセリフの中に、家族と金銭にかかわる波乱万丈が概ね詰め込まれていたような気がしなくもなかったが、ダヴィデはひとまず黙殺した。

 話の腰を折っている場合ではないと、身を乗り出して尋ねる。


「相手のお嬢さんについて、教えていただけませんか? お茶の使い所は難しそうですが、これから考えるとして」


 * * *


 自分は結婚するらしい。

 ダヴィデが、仕事上の部下で学生時代からの友人であるサミュエルに相手の名を告げたとき、その反応は目覚ましいものがあった。

 それはお前、思い切ったものだなと、とにかく大仰で思わせぶりな反応をする。


「何が言いたいんだ?」


 経営しているレストランの個室で向かい合って食事をしながら尋ねると、サミュエルは伊達男めいた甘い顔に、にやにやとした笑みを浮かべて言った。


「『托卵』って知ってるか?」


 ワイングラスを傾けていたダヴィデは、「野生の鳥の行動だろ」と返す。


「自分の卵を違う鳥の巣に産み落とし、元からあった相手の卵を巣の外に蹴落として始末して、縁もゆかりもない相手に我が子を育てさせる行為を指す」


 ダヴィデの返答に、ステーキを頬ばっていたサミュエルは満足げに頷いた。咀嚼して飲み込んでから、そうそう、と楽しげに頷く。


「本来、つがいの幼鳥に注がれるものだった手間や愛情や餌を、カッコウの子は横取りする。つがいは、自分の子を殺した相手の子だと知らぬまま、カッコウの子を育て続ける」


「カッコウの子に罪はないだろう。実行したのは、親だ」


「そうだな。ただし、その行動が種族の特徴となるほどに、成鳥になったカッコウは自らも同じことを繰り返す。よその巣に押し入り、卵を蹴落として、自分の卵をそこに産み付けて育てさせる、その連鎖……」


「何が言いたい?」


 自分の婚約者の話から、なぜカッコウの托卵の話題に飛ぶのかと、ダヴィデは目を瞬いて聞き返す。健啖家ゆえに、ばくばくと目の前の料理を平らげながら。

 サミュエルは、わずかに同情をにじませた目でダヴィデを見つめて言った。


「好きではない女性と結婚するとか、跡継ぎのためにベッドで義務を果たすとか、そういった男側の事情は『女性の痛みと比べられるとでも?』と往々にして軽んじられている。『妻に不満があれば、男は妾を囲うのでしょう。皆、そうしている』とも。だけど、男だって被害者になることは十分にあるんだぞ。妻が貞淑とは限らない。どこで卵を抱えてくるかわからないんだ」


 話の行方がわからずに、胡乱な視線を向けるダヴィデに対して、サミュエルは厳粛な面持ちで続けた。俺の知っていることを、全部お前に教えてやろう、と。そして笑った。


 ダヴィデ、覚悟はできているか?


 * * *


「はじめまして、カプア伯爵令息さま。マルガリータ・リジェーリです」


 顔合わせの茶会の場で、完璧な淑女の挨拶をしてきた令嬢を前に、ダヴィデは笑みを浮かべてみせた。


 マルガリータ・リジェーリ子爵令嬢の名は、社交界においては悪女の代名詞なのだとサミュエルは言っていた。

 その美貌と妖艶な肢体で男を虜にし、夜会を淫靡な場に変え、女性たちには忌避されているといういわくつきの美女。

 遊びが過ぎて、貰い手などいないと言われた毒婦なのだと。


 ダヴィデは、身長差のせいで上目遣いになりながら自分をうかがってきたマルガリータを、しっかりと正面から見つめて、観察した。


 輝きの強い金髪に、アメジストの瞳。くっきりとした意志の強そうな目鼻立ちで、肌は透き通るように色白で美しい。

 聞きしに勝る美しさだが、ダヴィデが意外に感じたのは、ずいぶんと小柄であったことだ。

 ダヴィデは色恋に疎く生きてきたので、悪女や毒婦と聞けば「自分には及びもつかない、何やらすごいもの」という巨大なイメージが何よりも先に立つ。

 それだけに、マルガリータが自分より小さかったことに驚いた。

 なんだ、普通の人間だな、という。


(毒を垂れ流しているそぶりもないし、淫魔だなんだと言われているそうだが、耳が尖っているわけでも先がハート型になった尻尾がついているわけでもない。いや、もしかしてあのドレスの奥にあるのか? さすがに見せて欲しいと言うわけにはいかないな)


 あまりにもダヴィデが見つめるせいか、目をそらすタイミングを失ったようにマルガリータもまた視線をぶつけてくる。

 無言のまま見つめ合う二人の背後には、それぞれの両親がいた。


 ダヴィデの母は「お可愛らしいお嬢さんとはいえ、見すぎですよ。あなたは情緒に欠けるところがあるから、失礼とは何かをわからないのでしょうけど」とハラハラとした調子で息子へ声をかけた。

 すかさずダヴィデの父が「しっ。私達の教育の敗北だと思われることは結婚後まで知られないように」と妻へ小声で囁きかける。小声だが、相手に聞こえないということはない音量であり、むしろ聞かせようとしているのではないかと、ダヴィデは思った。


 固唾をのんで見守っていたリジェーリ子爵夫妻は、緊張した顔で若い二人と伯爵夫妻へ交互に目を向けた。夫妻で顔を見合わせてから、子爵が改まった口ぶりで言った。


「ふつつかな娘ではございますが、なにとぞ」


 すぐに夫人も、黙っていられなかったように目を潤ませながら言い添える。


「この子には、悪い噂もありますが、あれはすべて嘘なのです。私どもにとっては、かけがえのない、何より可愛い娘です! どうぞ、マルガリータを信じて……」


 思わず前のめりになった夫人を振り返り、マルガリータは表情をこわばらせて「お母様」とその嘆願を遮った。


「こちらの事情を押し付けるのは、失礼というものですわ。私のように、悪評にまみれた娘を引き取るとおっしゃってくださったご一家に、これ以上あれこれ注文をつけるのはおやめください。私は、べつに、どこでも」


 そこまで言って、マルガリータは唇を引き結ぶ。

 澄んだ青い瞳を瞬かせ、その言葉を聞いていたダヴィデは、首を傾げながら口を挟んだ。


「どこへ嫁ぐのでも、相手が誰でも構わないと、そういう意味のことを言おうとしましたか?」


 両家の親が、いっせいに顔色を失う。黙っていられないカプア伯爵夫人が「ダヴィデ、お前は本当に情緒がない。それは思っても、いまこの場でいきなり質問しない! そういうのは、後で二人きりのときにゆっくり話しなさい!」と叫んだ。

 なるほど、と頷いたダヴィデは、マルガリータへ向かって再度尋ねる。


「二人きりになることはできますか?」


 その瞬間、マルガリータがハッと息を呑んだ。さらには、子爵夫人も悲しげに顔を歪め、唇を噛み締める。子爵は難しい顔で、押し黙った。三者三様の反応を見て、ダヴィデは自分の問いかけが曲解されていることに、遅まきながら気づいた。


「卑猥な意図はありません。『今のうちに言っておきたいけど、ひとに聞かれたくないこととか、知られたくない内容なのであれば、こっそり聞きます』と、そういうつもりでした」


 すると、マルガリータは貼り付けたような笑みを浮かべて「いいえ、いいのですよ」と言う。


「私はこの顔ですとか、体のせいでこれまでずいぶんと男性に可愛がられてきましたの。いまさら、婚約者に出し惜しみするような貞節はありませんわ。なんでもお申し付けください。こんな評判の悪い私を引き取ってくださる方には、私だって心を入れ替えて従順にお仕えしますから」


 歴戦の悪女らしいセリフを言い切ったマルガリータをしげしげと見つめ、ダヴィデはあっさりとした、感情のこもらぬ声で告げた。


「そこまで露悪的に、いきなりテンション最高潮で盛り上がられても、まったくついていけません。あなたはご自分の意識の中では悪女なのかもしれませんが、俺はまだ悪女ぶりを見ていないんです。状況が全然整っていない。そういう悪そうなセリフは、もう少し俺を納得させてからでなければ効果を発揮しないものです。俺の言っていること、わかりますか?」


 マルガリータは呆気にとられた様子で「私の噂、知らないんですか?」と、口にした。


「噂は、そういうのに詳しい友人がわざわざ言いに来ましたけど、ちょっとよくわからなかったんです。わからないものは、わからないんです。俺のこの感覚、わかりますか?」


「なぜご友人を信じないんです。私は悪女ですわ」


 ダヴィデは、自分の頭の高さに手をあて、それをすっとマルガリータの上へ移動した。


「こんなに小さいのに。俺の半分しかない。それでどんな悪いことができると」

「大きさで、人間を判断しないでくださいませ!」

「ちなみに俺は大きい男なので、大きさで判断してくれて大丈夫です」

「ひとのはなしを聞いてください!」


 え、なんなの? という顔をしているマルガリータに対し、カプア伯爵が確信をもった声で言った。


「息子はいわゆる、ウドの大木です。仕事だけは優秀です」

「どうして私生活にはその優秀さが反映されないんですか? そもそも、見た目も家柄も稼ぎも良いのにどうしてこれまで結婚できていないんです? 性格ですか? あっ、すみません」


 言い過ぎたことを悔いるように、マルガリータが口を閉ざす。時、すでに遅し。

 ダヴィデは声を上げて笑ってから、マルガリータへ好ましいものを見るような目を向けた。


「いまのは俺にもわかりました。そういうことを口にしてしまうのは、なるほど悪女だ。間違いない」


 * * *


 二人で肩を並べて庭を歩きながら、マルガリータが切り出した。


「きっかけは、夜会の席でとある貴族の令息が、私の従姉妹に手を付けようとしたことなんです……」


 慣れぬ酒をすすめられ、前後不覚に陥った従姉妹が、男にどこかへ連れられていくのをマルガリータは目撃してしまった。

 従姉妹が結婚間近なことを知っていたマルガリータは、これは何かの間違いで、少なくとも本人の意思とは無関係なことが行われていると気付き、大声で騒いで事を荒立てたのである。


 しかしその場では、「卑しくも、正体を失うほど飲む女にも非がある」と従姉妹も責められてしまい、その体面を保つために両成敗のような形で有耶無耶に終わらせることになった。

 それ以降、恥をかかされたと逆恨みをした男は、標的をマルガリータに移したのであった。


「ありもしない話が、次々と飛び出しました。私が社交界に顔を出すと、誰彼構わず色目を使うと言われ……。噂が噂を呼んで、好色な女と蔑まれるようになり、婚約もまだの私には足元を見たような縁談ばかりが舞い込むようになりました。傷物をもらってやるのだから、ありがたいと思えと」


 二人が歩く道は、見晴らしの良い場が選ばれ、声が届かぬところには屋敷の使用人たちが配置されている。建物の中からも監視はあり、間違いなど起こりようもない状況であった。

 これを提案したのはダヴィデであり、マルガリータも「お好きになさってください」と同意していた。

 それはいささか投げやりでもあり、噂話に汚された身ではもはや何もかもどうでもいいという諦念が滲んでいた。言葉の端々にも、ダヴィデが自分を信じると思っていない節がありありと感じられる。


(なるほど、ぶん投げている、か。他人に期待する気持ちがまったく感じられない)


 ダヴィデは「男の嫉妬や逆恨みからの報復は存外陰湿です、嫌な奴だ」と共感めいた言葉を言うつもりはなかった。男や女という話でもなく、胸糞は等しく胸糞なのである。

 一方で、傷ついたマルガリータに対して「それは大変でしたね」と気休めを口にすることもできない。マルガリータの言葉だけを、いまこの場で全面的に信じることはできないからであった。


 同情をひこうとしている態度にも思えないが、なにしろダヴィデには悪女がわからない。

 もしかしたら、しおらしい態度にほだされて、コロッと騙されているだけという恐れもあった。

 どうしたものか、と思いつつも初志貫徹、当初の目的を果たすことにした。


「話はだいたいわかりました。婚約ということでよろしいですか。結婚はいつにしますか?」


 マルガリータが、足を止めた。二、三歩進んでから振り返ったダヴィデを見上げて、驚愕を通り越した怒りを瞳にたぎらせながら、早口で食って掛かる。


「本当にわかっていますか? ふつう、面倒事を避ける意味でも、私のような女は拒否するでしょう。急いで結婚なんてしようものなら、婚前交渉で婚約者以外の相手の男の子を孕んでいたのをごまかすためだなんだと言われますよ? 托卵ってご存知です?」


 サミュエルが口にしていた通りの言葉を聞き、本人の耳にも届いているのか、と彼女に対するいじめの周到さにダヴィデは怒りつつも、顔には出さなかった。


「では、結婚は急ぎません。ただ、俺にはこの縁談を避ける理由は特にないので、進めたいと思います。あなたには、断る理由はありますか?」


 理由……とマルガリータは呟いてから、ひどく言いにくそうに口を開いた。


「体目当て……で、婚約期間に散々弄んでから、捨てられるのかと思いました。他の男とも遊んでいたとか、噂に悪ノリしたようなことを言われて」


 ダヴィデは、自分の頭の高さに手をあて、それをすっと空気を切るようにしてマルガリータの頭上へと移動してみせた。


「体を弄ぶのは、もう少し大きくなってから」

「私は子どもではありません。これ以上身長が伸びることはないかと」

「わかりませんよ、諦めなければ伸びるかも。ひとまず、一年くらいは手を出さずに様子を見ることにしましょう。ついでに、部下が退社することになりまして、ビジネスパートナーを探しています。しばらく一緒に仕事をするというのはどうですか。結構ブラックなので、男と遊んでいるひまないですよ」

「ブラックだとわかってらっしゃるなら、改善なさっては」

「従業員はこき使ってません。経営者が倒れかけているだけです」

 

 率直な現場の状況を伝えたのに、マルガリータは困ったように眉をひそめて考え込んでしまった。

 そして、どうしてもわからない、といった様子で呟いた。


「いったい、あなたは何がしたいのか……」


 独り言のようにも聞こえたが、ダヴィデは真剣にその問いを吟味して、慎重に答えた。


「俺は、自分の意思で行動したいのです。生きていると、自分では選べないまま、ただ決められた状況に放り込まれただけというのが、多々あります。今回のような政略結婚も、そうですね。ですが、こういう本来自分の意思を交えようのないところに『自分の意思で選んだ』という意識を持つだけで、その後の人生が全然違うと思っています。単純に、パフォーマンスが上がるんです。これはすべて、自分がやりたくてやってることだって、自分で納得ができるから」


「選んだんですか? 押し付けられただけではありませんか? 政略結婚とも言えない親同士が決めた縁談ですよ?」


「俺は、選んでますよ。あなたが俺の婚約者だとして、ここから最大のパフォーマンスを上げるのはどうすれば良いのか? あなたの気持ちはどうにもできないけど、俺は俺の意思であなたを愛することはできます。そうすると、ある程度のことが円滑に進むでしょう」


 マルガリータは、またしばらく考え込んでから、ダヴィデに問いかけた。


「どうして私のことを、そこまで愛してしまったんですか」

「まだそこまでではないです。でも、死ぬときには『わが最愛の妻』みたいな詩をたくさん書き殴って、あなたに看取られながら死ぬのが幸せ、そのくらいの愛を育む予定ですね」

「死」

「人間、いつ死ぬかわからないので、早ければ早い方がいいです。できれば今日から始めませんか?」 


 真剣に言い切ったダヴィデを前に、マルガリータはまたもやしばらく考え込んでから「まだそこまで、あなたを愛せるかはわかりませんが」と断りを入れた上で、愛を前提としているプロポーズを受け入れたのだった。


 * * *


 ダヴィデは、事前にサミュエルからマルガリータ悪女堕ちの経緯を聞いていた。そこに関わったとある貴族令息の名も。彼が、王都で道楽めいた高級レストランを経営していて、同業他社で競合していることも含めて。


「実は客層がかぶっていて、しのぎを削っているレストランがあります。あちらの店は、期間限定のディスカウントで、一気にこちらの店の客を取りに来た。さて、俺はやり返したいと思っているんですが、あなたはどうするのが良いと思いますか?」


 ダヴィデは、ビジネスパートナーとなったマルガリータに、経営の相談をよくした。マルガリータは、そのとき話題にのぼった店の経営が、因縁の相手と知っているかは定かではなかったが、ダヴィデの問いにはいつものように真剣に返事をした。


「安くすると、たしかに一時的にお客様は増えると思うんですが、そのお客様がお店に期待するのは『安さ』になるんですよね。だから、今回その値段が適正価格だと感じた場合、次の値下げ期間まで再訪はしないでしょう。それに『安い店』とイメージのついたお店は、上流階級から敬遠されるおそれもあります。ですからこちらは、安さで対抗するのは得策ではないと思いまして」


「高級路線の強化ということであれば、高いワインを、いま以上に取り揃えますか」


 意見を取り入れながらダヴィデがそう言うと、マルガリータは「それも大切かとは思いますが」としっかりとした口ぶりで自分の意見を言う。


「お酒は高級品がたくさんありますが、お酒を召し上がれない方も多いです。飲みたくない状況というのもあるでしょう。そういう方が、水や今まで通りの品揃えのお茶を飲んでいるだけでは単価は上がりませんけど、たとえば高級ワインに匹敵する高額のお茶を用意してみるのはいかがですか? 羽振りの良さのために、無理に得意ではないお酒を飲んでいる方も、安物を頼んでいるわけではないことでメンツが保たれます。単純に、男女問わず人気が出るかと思います。たとえば、私の実家の領地には希少種のお茶がありまして……」


「なるほど。俺にはない視点です。たしかに、お酒を飲みたくない方には、高い酒に匹敵するお茶というのはありがたいかもしれませんね」


 目端がきいて、自分の意見を言うことにも物怖じをしないマルガリータは、ダヴィデの仕事のパートナーとしても遺憾なく力を発揮した。

 二人で案を出し合って経営をしているうちに、いつの間にか競合店は現れてもすぐに敗退していくのが常となった。無理な値下げに手を出した店は、大きな負債を負って、経営者は目も当てられないほど落ちぶれ社交界から消えたとも聞く。

 二人の間でそれが取り立てて大きな話題になることはなかった。二人とも、もはやその相手を、重要な人物とはみなしていなかったからである。




「悪女ですよねえ、私も。あなたにのせられて、小娘の頃からは考えられないほど遠くに来てしまいました」


 ある日、経営するレストランの個室で向かい合って食事をしながら、皺のある目元に笑みを浮かべてマルガリータがそう言った。

 最近は、以前ほど量を食べなくなったダヴィデは、不思議なことを聞いたように目を瞬く。


「俺の奥さんは、悪女なんですか? よくわかりません」


 そして、ティーカップに口をつけてから「ところで、そろそろ『我が最愛の妻の詩』を書き始めようと思いまして」と冗談めかして言い、マルガリータに「まだ早すぎます」と言い返されると、「そろそろだと思うんだけどなあ」と呟きつつ、満ち足りた笑みを浮かべてみせた。


*最後までお読み頂き、どうもありがとうございました。


*ビーズログ文庫「離婚するつもりだった 私が顔も知らない旦那様に愛されるまで」発売中です!

お手にとっていただけますと、嬉しいです(*´∀`*)


↓↓↓広告の下のバナークリックで、作品情報へとびます。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
✼2025.2.13配信開始(リブラノベル)✼
i924809
*画像クリックで書報へ*
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ