奉納試合2
試衛館と対戦する相手は、士学館という、ここもまた江戸を拠点に剣術を広めている道場であった。
両団体の面子が向かい合うように、横一列に並んで礼をする。
試衛館側に見慣れない顔を見つけ、あれが斎藤一か、と千代は思った。
身長が高く、日本人にしては珍しい、彫りの深い顔立ちである。まだ少しあどけなさが残る顔は、総司と同じくらいの年齢に見えた。
試合場は地面に四角い線で囲われており、見物客はその線の外側から観戦する形となっている。
この線より外に出てしまった場合や、自分の竹刀を落としてしまった場合は、反則と判定され、相手側に1本ありとされるようだ。
1番最初に戦う、先鋒の総司がその中心部に行くと、
対戦相手が出てきて、総司と向かい合った。
どちらからともなく中段に竹刀を構えると、
審判と思われる男が試合開始の合図をした。
「始め!」
両者が間合いを取る。
先に仕掛けたのは、総司である。
千代は、剣道のことはよく分からない。
道場での稽古は散々見ているが、こうした試合をしっかり見るのは初めてである。
しかし、総司の剣筋は素人目に見ても無駄がなく、的確に相手の隙を狙っているように思えた。
最初は総司の攻撃を上手く受けていた相手側も、次第に隙が目立っていく。
そしてついに、バシン、と、相手側の脇腹に総司の一撃が入った。
「胴あり!勝者、試衛館!」
おお、と観衆がどよめいた。
中には2人を労うように、拍手をする者もいた。
総司は面を外しながら、自身の陣営に戻っていく。
その表情は、心なしか少しホッとしているようにも見えた。
次鋒は源三郎である。
おなじく、試合場の中心で相手と向き合い、試合が始まる。
源三郎の相手は、身長が6尺ほどありそうな、巨漢であった。
身長差があるため、その分不利に思われたが、源三郎は臆せずに相手と間合いを詰めていく。
何度か鍔迫り合いを繰り返していたが、一瞬の隙に相手の竹刀が源三郎の面を捉えた。
「勝者、士学館!」
「やっぱり、二回戦ともなると簡単にはいかないのねえ…」
隣にいるのぶが呟く。
続く中堅戦を担うのは、歳三である。
源三郎と入れ替わりで試合場の中に入ると、
前の2人よりも、やや竹刀を右側に開いた状態で構えた。
千代はこの構えを稽古で何度も見てきている。「平青眼」と呼ぶそうだ。
おそらく、彦五郎の道場に通う面子の中では、歳三が1番強いと千代は思っている。
練習の中で、歳三が1本を取られるところを、千代はほとんど見たことがない。
しかし、中堅戦は勝敗がつかぬまま、長引いた。
「歳は喧嘩は強いが、こういうのには弱いからなあ…」
「やり方がいつも姑息なのよ。弱点を知ってる相手の、そこばかり狙うんだもの。」
彦五郎とのぶが批評する。
身内からの評価は辛口であったが、最終的には相手の左小手に打撃を入れ、1本を勝ち取った。
ここまでで2勝1敗。
残り1勝すれば、2回戦における試衛館の勝ちが決定する。
副将の斎藤が試合場の中へと入り、相手と対峙する。
試合開始の合図と共に先に仕掛けたのは、斎藤の方である。
間合いをとって様子をみることもせず、初手からの猛攻だ。
初めて見る斎藤の剣筋は、これもまた沖田と同様に美しかった。
強いて言えば、総司が相手の隙を的確に狙っていく…いわゆる技で戦っているのに対し、斎藤は力と素早さで相手を圧倒しているように見えた。
自らの体格をよく活かした戦い方である。
激しい鍔迫り合いの末、追い詰められた相手側は、ついに試合場の外に押し出された。
「反則、一本あり!勝者、試衛館!」
やった!とのぶは千代の手を取るとぴょんぴょんと飛び跳ねた。
「また俺の出番がなかったなあ、少しは格好つけさせてくれよ!」
ガッハッハと笑う近藤の声が風に乗って聞こえてくる。
斉藤の背中をバシバシと叩き、言葉とは裏腹に満足そうな笑みを浮かべている。
源三郎のみ眉を下げ、少し困った様子で振る舞っているが、総じて全員ほっとしたような表情で一礼し、試合場を去って行った。
最終戦は四半刻後、本堂で行うと審判が告げると、その場にいた観衆は散っていく。
「ところで、次の試合で優勝すると、何かいいことがあるんでしょうか?」
試衛館が勝ったことはもちろん嬉しいが、ずっと疑問であったことを千代は尋ねた。
「そりゃあ、試衛館の名前が広まって評判が良くなれば、門下生が増えるもの!
師範や勇さんの顔を立てるために、きっとみんな必死よ。」
のぶの答えに、なるほど、と千代は思った。