表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
浅葱色の奇跡  作者:
多摩編
8/22

奉納試合1


意外なことに勘次郎は、千代が奉納試合に行くことを

すんなり許した。


「え、行っていいの?」


「お()()さんも見に行くということだし、一緒に居させてもらいなさい。」


「父さんは行かないの?」


「ああ。見に行きたい気持ちは勿論あるが…

その代わり、当日はいつも着ている薄紅の着物で行ってくれ。」


勘次郎が着物を指定してきたのには訳があった。

しかし、この時の千代は、奉納試合の許可があっさり下りたことに対して驚いていた。

故に、普段、服装に無頓着な勘次郎が、着物を指定したことなど気にも留めなかったのである。



***


奉納試合当日の朝。

千代はその時になって、勘次郎の命令に少し疑問を抱きながら、薄紅色の着物に袖を通した。


勘次郎は出かけた後である。


千代の家から高幡不動までは、四半刻(30ぷん)以上かかる。

いつも通り身なりを整えてから早めに家を出ようとした。


「あんた、その格好でいくの?」


その様子を見ていた母が声をかけてきた。


「え?うん。よく分からないけれど、この着物を着ろって父さんが。」


「あらやだ。あの人はまったく…

1番重要なことを何も言わないんだから…」


心底呆れた、というように、千代の母はため息をついた。


「え?なに?どういうこと?」


「いいから、ちょっとこっちに来なさい。」


そう言うと、千代を再び鏡の前に座らせた。


「ごめん母さん、ちょっとあんまり時間がないんだけど…」


「今日は、お見合いも兼ねてるのよ」


化粧道具を取り出しながら、母が言う。


千代は言葉を失った。


「…どういうこと?」


しばらくして、やっと声を出すことができた。

頭の中は疑問だらけである。

千代は、奉納試合を観に行く予定なのだ。

それが突然、見合いだなんだと言われても、理解が追いつかないのが普通だろう。


いつの間にか、千代の顔に何かを塗り始めていた母が、ため息混じりに話し始めた。


「父さんが選んできたお相手に、千代を直接見てみたいって言われてねえ。

会って話をする前に、遠くからでもいいから、まずは一目見てみたいと。

ちょうど本人が、今日の奉納試合に出るって言うので、ならばそこに来る娘を見てくれっていう話をしたらしいのよ。」


「…つまり、私の品定めをしたいということ?」


困ったように眉を下げる母が、鏡越しに見える。


父が着物を指定した理由が分かった。

試衛館に付いている娘で、薄紅色の着物を着ていると伝えておけば、女人の少ない奉納試合の場では、一目でどれが千代だか分かるという寸法だ。


「まあそんな珍しい話でもないからねえ。事前にお相手の事を知っておきたいっていうのは。」


「そうかもしれないけど、だったら私にもお相手の事を教えてくれないと!」


あまりにも不平等である。


「だから、てっきり父さんが伝えてると思ったんだよ。

…千代があまり乗り気じゃなさそうだから、言いづらかったのかねえ。

奉納試合に行くのをやめるとか言われるのが、嫌だったのかも。」


まんまと父の策略に嵌められた訳である。

道場面子(メンバー)にはすでに観戦に行くと伝えており、

のぶともどこで落ち合うか、話を通してしまっている。

今さら行かない、というのは世話になっている人達を裏切るようで、千代にはできない。


「はあ…分かった。それで、お相手はどういう人なの?どこの道場の所属で出る予定なの?」


「それが、母さんもよく知らなくって…

名前はせいじゅうろう?って聞いた気がするけど。」


名前だけ分かったところでどうしようもない。


「はあ…」


普段化粧をしない千代である。

薄く白粉を(はた)かれ、紅を引かれた自分の顔が鏡の中に見え、

さらに気持ちが重くなった。


***


身支度は、化粧だけでは終わらなかった。

着物の下に着る襦袢も色柄物に変えさせられ、

髪には(かんざし)も挿された。


案の定、千代が到着した頃には、すでに1回目の試合が終了しており、2回目の試合がまさに行われようとしているところだった。


境内はやはり人で賑わっていた。

男ばかりの観衆の中に、見慣れた(うぐいす)色の着物を見つけると、千代は声をかけた。


「のぶさん!」


「あら千代ちゃん!遅かったわね!

 …あら?なんか今日雰囲気違う?」


「すみません、諸事情で…」


普段ならもっと追及して来そうなものだが、

あっさりとした突っ込みで終わった。

のぶの隣にはもちろん、彦五郎もいる。


「試衛館はどうですか?」


「一回戦は楽勝だったわよ。先鋒から中堅まで全員勝って終わり。」


奉納試合の規定はこうだ。

まず、各団体5人対5人で、先鋒・次鋒・中堅・副将・大将の順に、1対1の個人戦で1本勝負を行なっていく。

個人の勝ち負けを合算して、勝ち数が多いほうの団体がその試合の勝者となる。

そのため、予定している5回の個人戦のうち、3人が勝った時点でその試合の決着がついてしまうというわけだ。


試合に参加する道場は8団体あり、組み合わせは事前に定められている。

勝った団体が、勝った団体と次の戦いを組まれていくという、いわゆる勝ち抜き戦である。

一回戦に勝利した試衛館は、残り2回、試合に勝ち続ければ優勝といった具合だ。


複数団体が参加しているため、2試合目までは境内での野試合、最終戦のみ本堂の中で行われる。


「試衛館の面子(メンバー)の順番は?」


「先鋒が総司くんで、次鋒が源さん。

中堅が歳三で、副将が…ええっと…」


「副将が斎藤一くんと言って、江戸の試衛館からわざわざこちらに来てくれた青年だ。

で、大将はもちろん勇さん。」


名前を失念していたのであろうのぶに代わって、

彦五郎が答えた。


(斎藤一…どこかで聞き覚えがある名前だな…)


やはり新選組にいた人間だろうか。

軍医、もとい藩医と共に新選組に出入りしていた千代であるが、

接点があったのは怪我や病気をした隊士のみである。

また、一度顔を合わせた程度では記憶に残っていない可能性も高い。

ちなみに、総司を覚えていたのは、病気の介抱を何度かしたことがあり、印象に残っていたためだ。


時々、千代は時間溯行(タイムリープ)前の自分を恨む時がある。

もっと歳三と、故郷や隊士についての会話をしておけばよかったと。


「あっ、来たきた!」


隣にいるのぶが呟く。


休息をとっていたのだろう。

試合に出場する試衛館の面子(メンバー)が、今回の試合のために設置された天幕の中から出てくるのが見えた。


いよいよ、試合の始まりである。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ