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浅葱色の奇跡  作者:
多摩編
7/22

縁談



「千代もそろそろ貰い手を探さないとなぁ」


年の瀬が近づいたある日。

家族で夕餉(ゆうげ)を食べていた時に、父はぽつりとつぶやいた。


千代は、箸で持っていた沢庵を落としそうになる。


「え?嫁に行けってこと?」


千代が聞き返すと、千代の父ーー勘次郎は、曖昧な返事をした。


「お前ももう、来年には19になるだろう?子供の1人や2人いてもいい年じゃないか。」


「それはそうだけど…」


良家の娘であれば、とっくに嫁に行っている年頃である。


「うちの仕事はどうするの?私がいなくなったら誰が継ぐのよ?」


「お前がいなくなったら、養子でもとるさ。そりゃあ婿養子になってくれる奴がいれば一番いいけれども。」


勘次郎は続けた。


「そもそも、うちは親父の代からやってるだけで、歴史ある家業という訳ではないからなあ。

そんなことより、お前に幸せに過ごしてもらうことの方が重要さ。できれば孫の顔も見たいしな。」


「…」


千代には兄がいたらしいが、千代が産まれる前に、病にかかって亡くなった。

故に、両親には千代しかいない。


時間溯行(タイムリープ)前も縁談の話が上がったが、それから逃げるように武家屋敷へ奉公に出て、そのまま京へ行くことになった。

軍医…もとい、藩医の下で医学を学べば、実家に貢献できる算段であったが、

花嫁修行のつもりで奉公を承認した両親の目論見は、見事に外れた訳である。

思えば、親孝行できずに命を落としたんだな、

と千代は思った。


しかし、それとは別に、千代には引っかかることがあった。


(本来、縁談の話題はもう少し先だったはず…)


奉公に出る直前の話だったから、具体的には今からちょうど一年後くらいのことだったろうか。


「…どうして突然そんな話を?」


「別に前々から考えていたことではあったさ。

それに…最近はほら、若い男と接する機会も増えてきたじゃないか。

嫁入り前の娘の浮名が立つと、よくないだろうと思ってな。」


勘次郎は少しだけ言いづらそうに、言葉を選びながら言った。

千代はすぐに察した。先日の歳三の件である。


歳三は、高幡不動からしっかり千代の家までおぶって送り届けてくれた。

家に着く頃には完全に日が沈んでいたが、道行く人には目撃されていただろう。背負われているのが千代だと分かった人間が、勘次郎に告げ口してもおかしくない。

狭い世の中である。


夫と娘のやりとりを見て、何かを感じ取った母が口を挟んだ。


「千代は前向きじゃなさそうね?誰か、お慕いしている方がいるの?」


千代はどきっとしたが、努めて平静を装った。


「特段そういった人はいないけれど…ただちょっとびっくりして。

私はまだまだ、家のことを手伝うつもりだったから。」


なるべく本音を、素直な気持ちを伝えたつもりである。

視界の隅で、勘次郎がホッとした表情をしたのを、千代は見逃さなかった。




***




そんなこんなで、年が明けると勘次郎は本格的に縁談に向けて動き始めていた。

千代は焦る。


千代の家は、商いをしているとはいえ、由緒あるお家柄という訳ではない。

もし千代がこの人と結婚したい、と言えば、考慮してもらえる可能性はそれなりにある。

しかし、相手が誰か、ということが問題なのではなく、この時期(タイミング)で結婚をしていいのかどうか、というのが今の千代の悩みだった。


言わずもがな、現在の千代の目標は、自分と歳三の死を回避すること。

そのきっかけとなる新選組の結成を防ぐため、歳三の周辺の様子を伺っている。


(いっそ、歳さんと結婚したいって言ってみる?)


とりあえず結婚だけでもしてしまえば、歳三の動向を把握するのに苦労はしない。

そう思ったが、父ーー勘次郎が歳三に対してあまり良い印象を抱いていないのは明白である。

また、父を説得したとして、歳三が断る可能性も大いにある。

さらには結婚したとして、身を固めたことを理由に京に行くという可能性もあるため、良い案とは言えなかった。

女と違い、男は何をするにも自由が効くのである。


(ならば縁談を進めてみる?)


勘次郎とて、そう遠方の家と縁談を進めることはないだろう。

日野宿周辺で身を固めてしまえば、千代自身の死はおそらく回避できそうだ。

しかしそうなると、歳三の周辺状況を知るのは難しくなるだろう。

不貞を疑われ、三行半(みくだりはん)を突きつけられては敵わない。


縁談をなくすにはやはり、何らか理由をつけて奉公に出てしまうのが平和だが、

それも、以前と同じ武家屋敷への奉公となると、やはり歳三の周辺状況を知るのが難しくなる。

何より以前と同じ末路を辿る可能性が高まるのではなかろうか。



「はあ…」


「あれ、千代さん。浮かない顔ですね?」


いつもと同様、彦五郎の道場に来ていた千代に、稽古終わりの総司が話しかけてきた。


「ああ、総司くん…お疲れ様。」


「それ、大変ですか?」


総司が見ているのは、千代が手に持っている布である。


縦が1尺(30センチ)、幅が6寸(18センチ)ほどの黒い布に、白い文字で「試衛館」と縫い付けられている。

試衛館とは、周助が江戸で開いている道場の名前だ。


千代は、稽古の見学がてら、裁縫をしていた。

剣術の団体試合では、各々防具を付けるため、誰がどこの道場の者か分からなくなる。

そこで、防具の(たれ)ーー腰部分に、目印として道場の名前が入った布を付け、所属を判別することになっている。

試合に出る5人分、同じものを作成しなければならないため、大変と言えば大変だ。


なぜそんなものを製作しているのかと言うとーー


「奉納試合、総司くんも出るの?」


「うーん、多分。

まだ分からないですけど、30歳以下っていう決まりがあるみたいなので、若い面子(メンバー)が出る事になるんじゃないですかねえ。」


千代は知らなかったのだが、毎年、年明けに高幡不動で剣術の他流試合が開かれているというのだ。

武芸の上達を祈願するために神仏に奉納する試合、と言う事で、奉納試合と言うらしい。

各道場から5名を選出し、団体戦形式で勝ち負けを競うと聞いている。

そこに、彦五郎の道場に来ている面子で出ようということで、「試衛館」の所属として準備を進めているのである。


「そうなると、源三郎さん、勇さん、歳三さん、総司くん…あと一人足りなくない?」


「多分、江戸の試衛館に来ている人を連れてくることになるかと。」


「ああ、なるほど。」


本体である江戸の試衛館道場には、多くの門人がいると聞いている。



「試合、見に行けるかなあ…」


ため息混じりに、千代は言った。


「え、千代さん当日来れないんですか?」


「あー、いや、うん。まだ分からなくて…」


縁談の話が出てから、勘次郎の目は厳しくなっている。

勘次郎の稽古について行くという体で、彦五郎の道場には通えているが、剣術の試合となるとどうであろう。


素性の知れない、しかも若い男達が数多く集まる場所に行くことになるため、勘次郎がいい顔をしないだろうなと千代は思った。



「総司くん、どこかいい働き口知らない?」


16になったばかりの青年に、伝手も何もありはしないだろう。

頭では分かっているが、今の千代は誰かに悩みを相談したかった。


「職探しですか?なんでまた?」


「このままだと結婚させられそうなの。逃げたいの。」


千代は勘次郎の位置を確認しつつ、小声で言った。


「それは…そうですか。心当たりはありますので、聞いてみます。」


総司はいつになく真剣な表情だったが、千代はそれに気付かなかった。


「ありがとう。お願いします。」


千代は冗談混じりに依頼をした。




この時はまさか、本当に総司が働き口を見つけてくるとは思わなかったのである。

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